『どうして』10
塞ぐ手の隙間から囁かれた声にゾクッとする。
何度も言ったはずですが、と続く結城さんのそれは、少し不機嫌そうだった。
理由は……言わずもがな。説教コースは覚悟済みです、すみません――。
「自分の女もサンプリングかよ。最低だな」
「そこらの女性を片っ端からそそのかして食い物にするそちらより、マシだと思いますがねぇ。……ああ! そうでした。ナンパ、成功したコト無いんでしたっけ? 今回の女性はどうなのでしょう」
「…………」
結城さんが登場した途端に、険悪ムードが最高潮だ。
双子も私も優海さんも、結城さん特有の、闇を背負っている様な威圧感オーラに気圧される。
(魔王と名乗ってもバレなさそう……)
「テメェがいつも台無しにしてんだろうが」
「そりゃあ、秩序を乱されては困りますので。全力で潰しますよ。何事も手は抜かない主義です。――それから貴女、」
結城さんの視線が優海さんへ向いた。
ニッコリと笑う結城さんに、強張る彼女の青白い顔。
この場合の彼の笑顔は、何を意味しているのか……。
「いや~良かった! やっと会えましたね~!」な感じじゃないのは確か。
ならば――。
「何故、死神の迎えを待てなかったのですか」
微笑みに毒を盛るのが結城さんの得意技だ。
丁寧な口調は、より冷淡に聞こえる。
零さんとの力関係も見せつけられたばかりだ。
――優海さんの怯え方は尋常じゃなかった。
小刻みに震える体と唇。短い呼吸。汗に濡れた額にべったりと張り付く前髪。
美しい姿といえど、死を扱う者の存在は、普通の人間にしてみればやはり恐怖そのものなんだと思う。
「こんな男に騙されなければ、今頃は夢から醒めていたかもしれないのに」
「騙してねーよ。彼女は俺の話を全部聞いて、最後は自分で決めたんだ」
「零、お前の話が全て真実だと、誰が証明を?」
(これはこれで怖い……火花散ってる……)
「花音さん〜」
ピリピリした空気の中、全然動じていないナユタ君がおっとり声で私に駆け寄ってきた。
あのね、と内緒話の態勢の彼に合わせて、私も少しかがむ。
「なんとかして、この子たべれませんかねぇ」
「え」
その話、まだするの⁉ しかも今⁉
「駄目だよ、ナユタ君。それは駄目!」
「え〜……でも、僕達ごはんまだなんですよ……。だいふくばっかりじゃお腹いっぱいになりません」
「…………」
聞いてはいけないワードを聞いてしまった気がする。……その大福が“普通の大福”である事を願うばかりだ――。
獣化してるセツナちゃんと少年の姿のナユタ君が、ケロッとした顔で人間を食べてる姿を想像すると、ゾッとする。
だけどそれは、私も同じじゃないか……。
欲を満たすために人を、生きたいがために人を、喰らう。
喰われた魂は、消化され消滅する。そこに安らぎはなく、輪廻転生の救いも奪われて。
無、だ。
「優海さん、自分がどうなるか分かってたのに、私の手を離さなかった……の?」
「……」
「それが条件だったからな」
優海さんではなく零さんが答えた。