『どうして』9
「ねぇ、花音さん」
ナユタ君はいつもと変わらない姿だった。
――が、オッドアイを輝かせ無邪気に聞いてくる少年は、やはり人の子ではない。
優海さんの髪を掴み、高々とかかげて、
「このコ、喰べていいよね?」
「だ、駄目っ!」
「や……め、て……」
「えぇ〜。だってキミ、花音さんのこと殺そうとしたでしょ?」
苦しそうに呻く優海さんの顔を覗いたナユタ君は、腕を上下させ彼女の頭をヨーヨーの様に扱った。
さらに苦しそうになる優海さんの声。
ナユタ君は、力はもちろん心も、常軌を逸していた。
「おいナユタ、よく見ろよ。それはお前のエサじゃねーぞ」
転がっていた零さんが気怠げに起きながら言う。ナユタ君はもう一度優海さんの顔を覗いた。
「わ! このコ、お手つきじゃないですか!」
「ああ、そうだ。分かったら離せよ。こっちに返せ」
「……」
……人間の魂なのに。
この二人の中では違うのだ。手段だったり、腹を満たすものだったり。
常世から離れた人間は、ここでは“手にした者にとって都合の良いモノ”になってしまう――。
(じゃあ私って? 結城さんは……)
首を振って不安を飛ばした。
「今まで花音ちゃん放っておいたクセに、今になって出てくるって何なんだよお前ら。護衛サボり?」
「僕達、ちゃんとお仕事してますっ!」
服についた砂をはらい、乱れた髪は手ぐしで直す。メガネを拭いてる零さんに、ナユタ君はムスッと言い返した。
セツナちゃんも、ウウウウゥ……と低く唸り声を出し、今にも零さんに襲いかかりそうだ。
撫でて落ち着かせようとするも、どこまでセツナちゃんの零さん嫌いを宥められるか……。
ミツキさんのアドバイスがよぎる。
――セツナには気をつけてちょうだい。あの子はヒトと相性が良くないから。
(零さんはヒトじゃないけど相性最悪だしな。いつ食べられてもおかしくないよね……)
「花音さんへ悪意が向けられた時“だけ”、お守りしなさいってマスターに言われてますからねっ」
「あ? んじゃ、それ以外の非常時は。お前ら黙って見てる“だけ”か」
「えっ!? 非常時!?」
ナユタ君の目がまん丸になった。
「う、うーん……。それでも、『主に従うのみ』です……。セツナはよく、僕達をうまく使えるからこそ、『結城 紡』はマスターであるって言います」
(……それはどういう意味なんだろう?)
「セツナって時々難しいこと言うんですよねぇ」
聞きたくても、獣化セツナちゃんは人語を操れない様でパタパタと尻尾を振るばかり。
私とナユタ君は首を傾げる。
でも、
「クソッ、アイツ……。私は何でも分かってます、とでも言いてぇのかよ……ッ!」
零さんはいきなり激昂して、メガネ拭きを地面に叩きつけた。
「ひゃっ!」
濁った太い声に、ナユタ君がビクッと体を揺らす。セツナちゃんの唸りは大きくなる。
零さんのこの様子――彼には結城さんの意図が分かったんだ……。
私には……よく分からなかった。
結城さんは、私の心の中を読みながら会話が出来ちゃう人。タイミング良過ぎじゃない?
という行動を取る人。
何もかもを見透かしているのが死神なのか……。だったら、私(人間)なんかじゃあ到底理解不能だわ。――はじめからそう思っているせいもある。
悪魔はどうなんだろう?
零さんはやたらと結城さんを「エリート」呼ばわりして(実際エリートなんだろうけど)、常に警戒してる。
結城さんも結城さんで零さんの行動を監視しているし、それに、零さんに限らず低級な者への目は厳しい……。
相手に悟らせず先読み行動?
――あり得る。今のキレ方ならあり得る。
「花音ちゃん……アンタやっぱり、あの男と付き合うのやめた方が良いって。花音ちゃんが俺らに呼び出されて、一人で、のこのこココまで来るの分かってるよ。
それに、双子にわざと行動の制限かけてる」
零さんが舌打ちした。
「わざと……ですか」
「分からない?――ま、そっか。花音ちゃん、自分で考えるコト放棄してるもんな~」
舌打ちから一転、零さんの表情が意地悪く歪んだ。
情報に流された私をまた笑って悦に浸っている――。
「人間のサンプルとしては申し分ないでしょう? 良くも悪くも平均的で」
「えっ!?」
「ですが、花音さんは違うのですよ」
背後から甘い香りが。
ひんやりとした手が、私の耳を塞ぐ。
――結城さんだった。