『どうして』7
足がフニャフニャになり立っていられず、へたり込む。零さんがクスリと笑った。
「良かった? ……どこがよ」
苦しげな表情で私を睨む優海さんに歩み寄った零さんは、ウンウンと腕を組み頷く。
手を貸してあげる気は無いらしい。そのくせ傍らにピッタリと寄り添っている。
零さんは、こうして彼女との上下関係を私に見せつけているのだ。
「だよなぁ。俺は面白いから全然構わないけど。花音ちゃんの激しい一面も見れたし、読みが当たってたのも分かったし~」
「読み?」
「ま、優海ちゃんにとっちゃあ、面白くないか。せっかくのチャンスが無駄に終わったあげく、嫌~な気分にさせられてさ」
「九条さん……。それ、もしかして、もう駄目ってこと?」
「はい、時間オーバー」
「そんな……!」
「彼女の自称カレシ、面倒な男なんだよ」
零さんは顎で私を指した。猫っ毛をかき上げながら、眉間に皺を寄せる。
「ネチネチしててさぁ……どこが良いの? アイツ。今だって、花音ちゃんのコトどっかから覗き見してるぜ、きっと。ストーカーかよ」
「結城さんがなんでそんなこと」
「俺と同じく、アンタの影の部分が見てぇんじゃね? ったくよ~、自分は動かねーで人ばっか使うの、どう思うよ? これだからエリート様は」
零さんの話を聞きながら公園の周りを見渡した。
――何かが居てもおかしくない雰囲気だけど、人影はなかった。
「影の部分……それ欠点って事ですよね……」
「良い意味じゃないくらい分かるでしょ」
「欠点のない人間はいないよ。“選ばれし者”だって所詮は人の子だしさ」
二人の冷ややかな視線と声が、怖かった。
一歩前に出て私を見下ろす零さんは、「ね、花音ちゃん?」と目を細めた。フレームの向こう側の三日月形が、不思議の国に住む嘲笑う猫と重なる。
「あんたは最近、ちょっとイイ気になってたと思うんだけど。どう?」
どう? と聞かれても……。
「認めるのは癪だけど、結城は“美人で有能だ”っつーのは死神と悪魔の間じゃ有名な話だ。カミサマのお気に入りだって噂も立ってるもんだから、逆らえない奴はごまんといる。
人間から見ても似たようなもんなんだろ? 隠しきれない存在感てやつ?」
「……」
「そのイケメン様に口説かれながら『貴女は特別です』とか囁かれちゃえば、舞い上がるのも無理ねぇわ。んで、『そっか、私って他のヒトと違うのね!』てな感じになる」
「……」
「いや、確かにトウメイさんは特別だぜ? だけど、心の中まで透明、澄みきった人な訳ねーじゃん」
反論は無かった。――出来ない、と言った方が正しい。
零さんは、それを分かってる上で喋っている。
一時でも考えた、人には見せたくない心の中を、この人は見つけてズバズバ言ってくる。
結城さんもだけど、零さんも、その辺容赦なかった。
「花音ちゃんは普段おっとりしてるし、他の人間に比べりゃ純粋でマジメだねぇ……。その分怒るとヤバいタイプ? さっきの自分思い出してみ?」
拳を振り上げる彼を見ると、胸がひゅっと冷える。
感情のままに動いた私の行動を、零さんは笑いながら再現した。そして、続ける。
「彼女にイライラしただろ。『何言ってんだ、この子――自分勝手な女ね……。聞いてた通りじゃないの!』」
舞台で演技する時は、表情やアクションを大きくし意識する――テレビドラマと違い顔や行動のズームアップがないからだ。広い劇場では、オーバーな振りでも観客からは自然に見えたりする。演劇部でやってきた事。
零さんに舞台経験があるかは知らない。だけど、女性になりきった彼の声のトーン、表情、動きは、まさにそれで。
誇張された分、嫌味が増す。不自然さが、私を責める。
「あんたも……」
「だって、週刊誌の前情報しか入ってないもんねぇ。ツイッターの悪口だけ見てたんだもんねぇ」
「あ……」
「受け身ばっかで流されてる方が楽チンだし。さほど興味も無い話なら、深く知ろうとも思わねぇよな」
――頭を殴られるより衝撃的で辛かった。