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隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『甘いモノ、お好きでしょう?』
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『甘いモノ、お好きでしょう』6


 ――駅の人込みは苦手だ。


 人の波は不規則で、自分の行きたい方向をすぐ遮られたりするから。


 それに、街中を行く人達より先を急ぐ人が多いせいか、構内の空気は数秒濃縮されてる気がして目まぐるしく息苦しい。


 考えも上手くまとまらなくなってくる。


 だから“コレ”はそのせい。


 自分の考えを見透かされた事に動揺するより、結城さんの発言に動揺してるとか。可笑しすぎるもん。


 苦手な人ごみにもまれて、私の頭はオーバーヒート気味なんだ。


「何か怒ってませんか? 花音さん」

「いいえ? “ません”が?」


 足に力が入って、靴音が乱暴に聞こえる。苛々してる気持ちを口調では誤魔化しても、こういう細かなところで出してしまえば台無しだ。


「やっぱり怒ってるじゃないですか。口調も歩調も」

「……」


 しまった。


 歩調だけだとばかり思ってたのに、口調もどうにも出来てないらしかった……。


「別にそんな事無いです。普通です。いつも通りですっ」

「へぇ……。私はてっきり、勝手についてきて何様なんだ! 位に思われてるかと」

「……」

「では、逆に少し自惚れる事にしましょう。花音さんの今のそれって……、つまりはヤキモチってコトですよね?」

「は?」


 はい? ヤキモチ?


 ちょっとちょっと。話をよーく聞いてほしい。まったくもって何故そうなっちゃう?


「どこからそんな話が! それになんで私がヤキモチなんて!」

「だって花音さんの怒り方、すごく可愛らしかったものですから」

「へっ!? かわ……っ!? や、やめてください変な事言うのっ」

「ホラ、そういうのですよ。コロコロ変わる表情も……本当、可愛いですねー」


 可愛いという言葉を抵抗なく使うのは大体女性、と相場が決まってる。男性が躊躇無く使うなんて、何か裏がある時。


 と、私は考えることにした。結城さんという人間の存在を知ったからだ。


 案の定、結城さんは裏に何か隠してるっぽい。ニコニコ笑う姿が怪しげに見えてならない。


 ……そう思うのは、警戒心強過ぎ?


 いやいや。彼相手にそれはないだろう。


「ヤキモチって。そういう風に見えるなんて、結城さん変ですよ。私は……ただイライラしてるだけですから」

「イライラ? 何に?」

「何にって……」


 そういえば。なんだろう?


 考えてみる私。結城さんはそんな私を首を傾げながら見ていた。


 刺さりそうな視線を感じて、歩きながら思わず目を逸らす。


(見過ぎでしょ! やりづらいなぁ。もうここは思考に徹して無視しとこう……。えっと、イライラの元は?)


“雑貨屋に付き合うのは慣れてる”っていうことに、疑問が沸いています、ってコト……?


 一体誰に付き合って行ってるんですか?


 さっきの女性? それとも別の?


 やっぱり結城さんってモテるんですね!


「…………」


 ――ヤ、ヤキモチみたいじゃんっ!


「いやっ、これは違います!」


 突然発した私の言葉に、数人が振り向いたり二度見したりした。……まあ、無理もないか。駅の人込みで叫んだら。


 一方の結城さんは、無言だったけど顔を逸らし思い切り肩を震わせている。笑われてるのは一目瞭然だった。


 その様子で、私の考えてる事が結城さんには全部お見通しなのだと分かってしまう。


 わー……。逃げたい気分なんですけど。


「とにかく! 私は今日気分転換をして帰りたい日なんです。独りで物思いに耽りたい日なんです!」


 足早に、というか最早駆け足に近い状態で、私は改札口を目指した。目的地は人が多いせいでやけに遠く感じる。


「だから……」


 すぐ真後ろに長身の存在を感じながら、それでもそれから一歩でも離れたくて、歩幅を意識して大きくした時だった。


 身体が、グイッと後ろに引っ張られた。


 手首に圧力。すこし痛い位の刺激に驚く。


「それなら尚更、」


 結城さんはニッコリと笑う。


 私の手首を掴む力とは真逆な柔和な笑顔が、かえって怖い気がした。


「私は花音さんにお付き合いしなければね」

「え……。なんでですか」

「独りになるなんて許せませんから。特に今日は」

「は? ……えっ!? ちょ、結城さん! どこ行くんですかっ」


 ――嘘の笑顔だ。


 彼の張り付いた様な微笑みを見て、咄嗟にそう感じた。


 私の手を掴んだままの結城さんは、そのまま回れ右をしてズンズン歩き出す。引きずられる勢いで私は来た道を戻るはめになった。


 でも、「嫌だ」とその手を振り払えない。


 もちろん、力で勝てないからという理由もあるけれど、それ以上に気になる事があったからだ。


 全く分からない、前を行く結城さんの表情。


 何故こんな事をするのか読めない心理。


 結城さんは私の事をなんでも知ってるみたいなのに、私は彼の事を何一つ知らない。


 ……また悪い癖が出てるようだった。


『怖いモノ見たさ』

『ちょっとした好奇心』


 気になる。気になる。


 気になって仕方がない。


 結城さんの背中と斜め後ろから見上げる彼のシャープな顎のラインを盗み見ながら、私は速いスピードで景色が変わっていくのに驚いていた。


 結城さんは人込みを歩くのが凄く上手い。


 まるで、周りの人が結城さんの為に道を開けているんじゃないかと錯覚する程スムーズに前へ進む。


(すごい。ちょっとした特技だよね、コレ)


……そんな小さなくだらない事でも、知りたい欲求が満たされ喜んでる自分がいた。なんか意外。


 あれ?


 もしかして、今一番気にすべきコトっていうのは、自分のこの感情なのかもしれない――?


 

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