表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/62

◆◇◆アーリアの想い◆◇◆

 カイが言ったように、ワレは純粋な狼ではない。

 狼犬として生まれ、家の中で暮らしていた時期もあったが、分けあって今は野で暮らしている。

 餌は与えられるものと思っていたワレは、餌の取り方も知らないで、食べるものと言えば落ちている木の実くらいなもの。

 当然栄養状態は悪く、だんだん衰弱していった。

 ある日、森の王ハインツェさまが通りかかり餌を分け与えてくれ、ワレを仲間に入れて、狩りの仕方や狼の作法などを教えてくれた。

 ハインツェさまは灰色の狼で、王と呼ばれるにふさわしい品格と威厳の持ち主だった。

 だがある日、手下のクローゼの裏切りに会い群れを追われた。

 もっとも、このことは後になってから知ったことで、当時のワレはまだ幼かったのでハインツェさまがクローゼに騙し討ちにあったことなど知る由もなかった。

 ハインツェさまを追い出すことに成功したクローゼだったが、次に訪れたのはお決まりの覇権争い。

 まだ幼い俺の世話をしてくれていたバッファと言う男が、クローゼと群れの主導権を争った。

 覇権争いの結果バッファはクローゼ破れ群れを去った。

 残されたワレは、そのままクローゼの群れに取り残された。

 大人になって初めてハインツェさまが居なくなった事の真相を知ったワレは、クローゼと仲違いして群れを飛び出した。

 しかしいざ独りになってみると、ナカナカ獲物を見つけられなくて、森の中を彷徨うばかり。

 獲物は幾つも居た。

 シカの親子、つがいのタヌキ、巣の中で親を待っているツバメのヒナ。

 しかし、どれも手を出す気にはなれなかった。

 口に入るものと言えば野ネズミや鳥の死骸、時には蛇やトカゲも食べたが、そう腹の足しにはならない。

 崖から転落した山羊の死骸にありついた事もあったけれど、そんな幸運な事は滅多に有りはしない。

 誰も、死肉は与えてくれはしない。

 腹ペコでイライラしていた時に、山猫と一緒に居る猿を見つけた。

 “こいつらなら”

 正直そう思った。

 恐ろしく背の高い、のろまな猿と、コマッシャクレな山猫のメス。

 二匹一緒に居られては手出しが出来ないけれど、分断するのは簡単だ。

 山猫は頭が悪いから、挑発すれば直ぐに乗って来る。

 案の定、唸り声をあげてみると、猿の肩の上でシャーっと凄んで図に乗っていた。

 山猫の猫パンチは厄介だが、殺傷能力は低い。

 だからパンチを打たしておいて、のど元をガブリと噛み付けば、こちらの勝ち。

 山猫を殺してしまえば、猿はいつでも殺せると思っていた。

 ところがこの大きな猿は、山猫を肩に乗せたまま離そうとしない。

 そればかりか、武器も持たずに泉の中に入る。

 最初は泉の中に逃げたのか、それともそこで戦うつもりなのかと思った。

 猿の腰くらいの深さだと、こっちは泳がなくてはならないので手が自由に使える猿のほうが有利だから。

 ところがこの大きな猿ときたら全く戦う素振りもなく、のん気に魚を取り出しておまけにそれをワレにくれた。

 獲物を取る能力も優れているし、慈悲深い。

 それに、どこで覚えたのかワレの扱いも上手い。

 今まで誰にも心を許してこなかったワレが、簡単に落とされた。

 広い心の前では、暴力は無意味だ。

 そう。

 その大きな猿と山猫が、カイとルルル。

 カイは、ワレを温かい火の傍に呼んでくれ、ワレを抱くようにして寝てくれて、なんとなく懐かしい気がした。

 そして今日、カイが一緒に食料を取りに行こうと誘ってくれた。

 正直嬉しかった。

 一緒に歩きながら、沢山お喋りをした。

 カイと話しをしながら食料を探すのが楽しくて、ついうっかりクローゼたちが近くに来ている事さえ気が付かなくて、ようやく気が付いた時はもう手遅れだった。

 もう嫌われても構わないから、なんとかカイを助けたくて咄嗟に裏切る芝居をした。

 カイを木の上に逃がして、戦う。

 クローゼ以外は雑魚。

 奴を倒せば、彼らはワレに従う。

 そう思っていたが、クローゼは一騎打ちを拒んだ。

 木の上のカイに出来る事など期待などしていなかったが、カイは確り木の上から硬い実を投げて援護して、ワレに雑魚どもが取り付かないようにしてくれた。

 それだけでも充分なのに、木の上から降りて来て雑魚どもを蹴散らしてくれた。

 なによりもワレの心を熱くさせたのは、カイがワレを信用していてくれたこと。

 カイと仲間だと思われたら、最初からお芝居は見破られるので、裏切ったのに。

 もちろん、本当に裏切ってはいないけれど、もしもカイがワレの事を嫌いになったとしても、それで助けることが出来るのなら良いと思っていた。

 でもカイは全てお見通し。

 飄々とした態度のまま、クローゼを威嚇して、ワレに倒されるときも全然疑っていない。

 全面的に信用してくれている事が、何よりも嬉しくてしょうがない。


 “この人となら……”


 そう思うだけで、心が熱くなり、いつまでもカイの顔を舐めていた。

 屹度これが……。


 そういう感情なのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ