◆◇◆攻勢に出た僕が押し倒されて……◆◇◆
「クローゼ、お前もボスならボスらしくワレと1対1で勝負しろ!」
「ヤダね。群れのボスである以上、仲間を危険から遠ざけなければならない。もちろんその中には俺も含まれている」
「フン。意気地なし!」
「何とでも言え。それが狼の群れの戦法。勝利の法則だ」
木の下ではアーリアがクローゼたちに囲まれていた。
1対多数。
完全にアーリアが不利な状況。
それでもアーリアの威嚇に、部下たちの腰は引けている。
クローゼも積極的には責めないところを見ると、アーリアはズバ抜けて強いに違いない。
たまに後ろから不意をついて襲い掛かろうとする奴がいたが、そんな時は僕が木の上からまだ熟していない硬い実を投げつけて牽制してやった。
これじゃあ、まるで“猿蟹合戦”の猿だな。
何度も硬い実を投げつけて調子に乗っていると、何度か木から落ちそうになり、そのたびにこの強くしなやかな枝に助けられた。
“この枝、ひょっとしたら使えるかも“
一本枝を折ろうと思ったが、全然ビクともしなくて、素手では無理だった。
ベルトのバックルを外して、そのギザギザの部分を擦りつけて、ようやく1本の枝を手にすることが出来た。
沢山の実を支えているその枝は、まるでバネのように固くしなる。
ムチとして使うには柔らかさが足りないが、弓の部品には使えそうだ。
しかし残念なことに、この木にはツルが絡んでいなかった。
ツルさえあれば弓が作れたかもしれないのに残念。
僕が木の枝に夢中になっている間に、木の下では相変わらずアーリアとクローゼたちが戦っていた。
クローゼの攻撃に呼応して仲間の何匹かが四方八方から威嚇してくるので、アーリアはその攻撃をかわすので精いっぱいと言うところ。
長期戦になり肩で息をしているアーリアの不利な状況は、上から見ていても直ぐに分かる。
これが狼の戦い方。
強い相手を体力的に弱らせて、徐々に傷を負わせていくやり方。
あんまり気は進まないが、一丁僕もやってみるか。
そう思って木の上から飛び降りた。
もう木には登れないから、後戻りはできない。
僕が助かるためには、こいつらを根こそぎ蹴散らすしかない。
木から飛び降りた僕に気が付いたアーリアが振り向いた。
その瞬間、クローゼの仲間がアーリアを襲うため飛び掛かる。
“キャイン!”
轟く悲鳴。
だが、悲鳴を上げたのはアーリアじゃなくて、飛び掛かった方。
僕の持った5メートルほどの木の枝が、飛び掛かる狼を捉えて弾き飛ばした。
木刀のような衝撃と、その後から来る細い枝によるムチのように針を刺す痛みは、全身硬い毛で覆われている狼にも有効なようだ。
思った以上に使える。
「さあさあ、次に痛い思いをしたいのは誰かな」
そう言って、地面を叩く。
“パシィッ!”
と鋭い音が響き、狼たちの肩が一瞬飛び上がり半歩後ろに下がる。
手下とはいえ、さすがに賢い。
仲間への一撃を見ただけで、この武器の威力を理解したようだ。
僕はゆっくりとアーリアの後ろに着いて、クローゼの手下どもを威嚇した。
ここでアーリアに襲われたら、僕は“いちころ”なんだけど、ここはそうならないように願うだけ。
「さあ来るのか、来ないのか。僕は君たちと違って左程我慢強くはないぞ。来ないのなら去れ!さもないとこっちから行って一匹ずつ片付けようか?」
言い終わると直ぐに地面を打った。
狼たちがその音に反応してまた半歩後ろに下がる。
“ヒューン”
棒を横に振り高い風切り音を鳴らし狼たちに向かって走ると、不気味な風切り音に半身になった奴らは一目散に森の奥へと散らばった。
完全に逃げ出したわけではない。
離れた所でまだ僕を見ているが、その眼からは既に戦意は消えていた。
「さあ、お次は君たちだ。二人で協力して僕を狙うか? それとも二人が決闘して勝ったものが僕と闘うのか、どっちか決めてくれ」
「アーリア……」
クローゼが名前を呼んだ。
「悪いが、こいつはワレの獲物。お前などと共闘は御免だ」
「チッ」
クローゼが舌を鳴らし、少しずつ後ろに下がる。
僕の予想通り、二人は戦わない。
二人がお互いに傷つけあって、漁夫の利を得るのが誰かと言う事を充分承知しているから。
「もしもお前がこの人間を仕留めたとしても、無傷では済むまい。今度会った時は覚悟するがいい、傷ついたお前を餌にしてやる」
「好きにするがいい。お前がその時まで生きていたならな」
「あいかわらず生意気な小娘だ」
そう言うとクローゼは仲間を連れて森の奥に消えた。
クローゼたちを睨んでいたアーリアが振り返って、今度は同じ目で僕を睨み低い唸り声をあげる。
僕も木の棒をムチのように撓らせて、地面を叩く。
「どうした。来いよ」
長い睨み合いに耐えかねた僕が、二発目の威嚇で地面を叩いた瞬間、アーリアの後ろ足が蹴られ前足が宙に浮く。
僕はその攻撃に倒される。
“ギャァ~~~~ッ!!!!”
不意をつかれた僕の声が森の隅々に響く。
倒れた僕の体に馬乗りになるアーリア。
既に木の棒は手から離れ、無残にも地面に横たわる。
アーリアの前足が僕の肩を押さえて、体の動きを止める。
狙いを定めるように上から見下ろしたあと、かぶりつく様に顔を目掛けてその大きな口が降ろされる。
息を止めた僕の呼吸を許さないように、何度も何度も口が襲う。
でも、ガブガブではない。
それはペロペロ。
「いつから分かっていた?」
一旦口を離したアーリアが僕を見つめて聞いた。
「木に追い詰められたときに分かった。あの木なら僕にとって丁度登りやすいだろ。それにしても、どうしてクローゼたちの接近を許してしまった?」
「それは……」
「それは?」
アーリアは、まるで聞かないでくれと言わんばかりに、それ迄よりももっと激しく僕の顔を舐めて来た。
なさけないけれど僕はアーリアの、なすがまま。
なにせ50キロの狼に押さえつけられているんだから、逃げようがない。
もっとも逃げる気なんて、これっぽっちもないけれどね。
そう思っているときにアーリアが僕の耳元で囁いた。
「悪いがワレの体重は50キロもないぞ」
「そっ、そうか。じゃあ何キロなんだ」
思っていたことを読まれて焦って聞き返す。
「それは、秘密だ……」
そう言って、アーリアは気の済むまで顔を舐め続けていた。