◆◇◆早くも裏切り!?◆◇◆
アーリアと俺が森の中で食べ物を探していると、細長いハート型のツル植物を見つけた。
”山芋だ”
掘ってみると、畑で栽培されているものではないので、小振りだけど数が取れた。
これから先の事を考えると、保存できるものは取れる時に充分取っておきたい。
買い物袋でも有ればいいのだが、それが無いので着ているシャツを脱いで、それを袋代わりにした。
芋を掘りながら、黒曜石やサヌカイトといった石器に成りそうな石を探してみたが、やはりこういった石を森の中で探すのは効率が良くない。
山や森の場合は、直接そう言った鉱石群を見つけなければならないから、様々な石が上流から流されてくる川の方がこういう探し物には向いている。
兎に角、調理用の小物が欲しい。
その中でも一番欲しいのはナイフと、強い紐。
この二つさえあれば、なんでも作れる。
とりあえず町に降りるまでに、金に換えられそうなものを用意しておかなくては……。
「アーリア、ここから近くの町まで、どのくらいあるか分かるか?」
「町?」
「そうか、町には行った事が無いのか。じゃあ一番近い村は?」
「村?」
「村も知らないのか? 人間が沢山集まって住んでいる所だよ」
「人間が沢山住んでいる所……」
「おいおい、まさか人間を知らないって言うことじゃないよな」
アーリアは僕の言葉にハッとした様に「知っている」と答えた。
「じゃあ、その人間の所に連れて行ってくれよ」
「人間のところに!?」
“ガサガサッ”
その時、草の鳴る音が聞こえた。
どうやら山芋を掘ることに夢中になり、周囲の警戒が疎かになっていたようだ。
耳の悪い人間の僕は迂闊だったが、それにしても狼犬のアーリアまで気が付かなかったとは……。
そう思ってアーリアの顔を見てハッとした。
そこに居たのは、素直な狼犬のアーリアではなく、獲物を狙う狼そのもの。
鋭い目で僕を睨み、唸り声をあげている。
「おっ、おい……」
じりじりと間合いを狭めて来るアーリア。
それとは反対に、その間合いを開けようとする僕は後ずさりするほかはないが、すでに大きな木に退路を塞がれていた。
このまま後ろを振り向くと確実に襲われるし、この木によじ登っている隙など与えてくれないだろう。
そしてアーリアの後ろから現れたのは狼の群れ。
「よう、アーリア久し振りだな」
群れの中で一番大きな黒い奴がアーリアに話し掛けていた。
「邪魔をするな、クローゼ! これはワレの獲物だ!」
どうやら、群れのボスはこの黒い狼でクローゼと言うらしい。
「おいおい、滅多にお目に掛かれない上物を独り占めしようってのかい、それは頂けねえ」
「やかましい!邪魔をするな!!」
いきなりアーリアがクローゼに襲い掛かる。
獲物を前にして仲間割れ?
敵の見せた隙をどう使うか、一瞬で判断しなくてはならない。
走って逃げるのか、木に登るのか。
どんな木なのか、背中越しだったから分からないが、僕は後者を選択した。
もしも直ぐに登れないようだったなら、僕の命はここで終わる。
まあ走って逃げた所で、それは同じだろう。
人間の身体能力で、野生の捕食者から逃げることは不可能だ。
振り向いて見上げたところ、思った通りの大木だったけれど枝がいい感じで直ぐに登る事が出来た。
「逃げたぞ!!」
アーリアたちから少し離れていた奴らが、木に昇る僕に気が付いて襲い掛かって来たが、僕の方が一瞬早く狼のジャンプ力が届く範囲より上に上がることが出来た。
運の良い事に、枝には幾つもの実が成っていて、試しにその一つを取ってみた。
丁度、前の世界で言えばリンゴに似たような果物。
少しかじってみると、少し酸っぱい。
“まだ、熟れていないのか?”
そう思って見ると、リンゴのように真っ赤ではなく、下半分がまだ緑色をしている。
きっと果実全体が赤くなる頃が、食べ時なのだろう。
他の枝に赤いのがないか探してみると、上の方に真っ赤なものがあった。
そこまで上って食べてみると、リンゴのようにホンノリと甘い。
なるほど、これなら町へ持って行けばいい値で売れる。
しかし何故アーリアは町を知らなかったのだろう?
そして村さえも……。
果実を頬張りながら、考えていたが結局この世界の事を何も知らない僕には答えを導き出すことは叶わない。
それにしても、この木の上から見る景色は格別だ。
青い空に、どこまでも続く緑の木々、そして遥かに見える山々。
工場もなければ、ビルも見えない。
自動車の騒音も聞こえない。
のどかな風景が、どこまでも続いている。
木の下が騒々しいのは少し困りものだが、これは仕方がない。
僕を狙っていたアーリアと、それを横取りしようとしたクローゼたちが小競り合いをしている。
どっちが勝っても奴らはこの木の下を離れはしないだろう。
しかし、この木には沢山の実がなっているから、俺は特に降りなければならない用事がない。
狼たちとの我慢比べになると思うが、ここはコアラかナマケモノにでもなった気分で、当分木の上で生活することになりそうだ。