◆◇◆作られた平和①◆◇◆
ルルルを無事逃がした後、牢屋を元の通りにして使ったロープや滑車も元の場所に戻しておいた。
これで僕たちがルルルを逃がしたことが隠せるとは思っていないし、隠し通そうとも思っていない。
ただ問われない限りは、自ら話さないだけ。
「ライシャ、悪いな。面倒に巻き込んでしまって」
片付け終わってテントに戻り、寝る前にライシャに謝った。
「よせよ、一緒に旅をして来た仲間の為じゃないか。それにしても別れる時、ルルルのあの可愛い笑顔が見られてよかったなぁ~」
「ひょっとして、ライシャはルルルの事、好きなの?」
「まっ、まさか!あんな“跳ねっかえり”……でも、もう会う事もないと思うと寂しいなぁ」
「会う事もないって、なんで?ルルルは、あの小屋で待っていると言ったんだから、会いに行けばいいじゃないか」
「無理だよ。だってルルルはミカールの手下で、そのミカールが長年命を狙っていたユーラシウスのアジトを見つけ、そこで彼を仕留めたんだぜ。ルルルがミカールの国に帰れば、たちまち英雄さ。そしてあの器量だから、もしかするとミカールのお妃様に抜擢されるんじゃないのかな……」
「そっか……」
ライシャの言う通り、普通ならお妃様とはいかないまでもルルルには最高の幸せが訪れると誰もが思うだろう。
だけど僕は、そうは思えなかった。
人を殺めた人間に、本当の意味の幸せが訪れるのだろうか?
倫理的な問題も去ることながら、ミカールは自分が手を焼いていたユーラシウスをいとも簡単に殺害してしまったルルルを手放しに喜んで側近として迎え入れるだろうか?
もし僕がミカールだったとしたら、いつ自分の寝首を掻くかも知れない存在として認識し、一応英雄としての体裁は整えるものの決して身近には置かず常に監視の目を光らせるだろう。
それに、なにか自分のしたことが間違いだったような後悔の念がしてならない。
この不安は一体何だろう……。
朝目覚めると、予想通りルルルが逃げた事で外が騒々しくなっていた。
直ぐにホークさんが他の者を連れて僕たちのテントを訪れた。
「捕まえていたルルルさんが逃げ出したのですが、何か知りませんか?」
状況とは裏腹にホークさんらしい、やけに落ち着いた言い方。
ライシャの方を振り向くと、この騒動にも動じず昨夜の作業のせいかまだグッスリ寝ている。
僕は再びホークさんの方に向き直り、素直に質問に答えた。
「ルルルを逃がしたのは僕です」と。
ホークさんはある程度疑っていたらしく僕の回答を聞いても左程動じることもなく、僕一人の所業なのかと聞いて来たので、そうだと答えた。
「ライシャさんは?」
「彼は夜中に僕が出て行った事は知っているかも知れないし、同じ質問を彼にすれば自分も手伝ったと言い出すかもしれない。でも彼は何も知らない」
ホークさんは、僕の答えを聞いても暫くは何も言わないでジッと僕の目を見ているだけだった。
「……そうですか。ではカイさん、私に着いて来て下さい」
「分かりました」
ホークさんはそう言うと踵を返し、背中を僕に向けて歩き出す。
特に手をロープで縛られることもなく、ホークさんと一緒に来た人たちに小突かれる事もなく普通に。
違うのは列の中心に居ると言う事だけ。
行った先は、ルルルが入っていた牢屋。
「カイさん。本当に貴方が逃がしたとすれば、どうやったのかもう一度してみて下さい」
「それは構いませんが、どうしてです?」
「1本100㎏近くある丸太を、土に打って作った堅牢な牢屋です。それがご覧ください、この牢屋の杭はそのままでルルルさんは逃げていることになります」
「つまり、ルルルは元の山猫に戻って逃げた。それだと、何か問題でもあるのですか?」
僕の質問にホークさんは目を大きく開けて答えた。
「大ありです。もしそうだとしたなら、ルルルさんは3つの呪いのうち「変化の呪い」を自由に操ったと言う事になります」
3つの呪いと言うのは、ユーラシウスやミカールがこの星に転生するよりもずっと昔の王が掛けたと言う「結界の森」「嵐の高原」「変化の呪い」と言う3つの魔法。
この3つとも、その後に此処に来た魔法使いたちが自由に操る事が出来ないまま命を落としていった。
ルルルがこの変化の呪いを自由に使い分ける事はないから、もしそれが出来たとすればミカールの所業に違いない。
もしそうなれば、たとえユーラシウスが死んだとしても、ユーラシウスの志を継ぐ者達を元の動物の姿に変えようとするだろう。
でも、ルルルが逃げたのは、そう言う理由ではない。
僕は彼等の為に、昨夜やった事をもう一度繰り返し、滑車を使って牢に打った杭を持ち上げてみせた。




