◆◇◆彼女の名はアーリア◆◇◆
“ワレ!?”
声の方に顔を向けると、そこに居たのは狼犬ハイパー。
「喋る猫の次は、喋る狼犬か?」
犬が喋るのなんて、携帯電話の広告でしか見たことがない。
もっとも猫が喋るのも実際には見たことはなかったが、映画や小説に出てくる猫はたいてい喋るのでルルルが喋ったことについて左程違和感はなかったが、犬が喋るのは珍しいし喋ったとしてもそれは大体男の声だと思っていた。
「君、女の娘だったんだ」
カッコイイ狼はオスだと勝手に決めつけて疑わなかったが、男女両方が揃っていないと子孫の繁栄はないから、普通に女の狼が居ても何の不思議もない。
それに今思い返してみると、昨日は僕が思っていた以上に早く懐いてくれたことにも合点がいく。
男と女が惹かれ合うのは人間に限ったことではない。
人間と動物だって同じ。
つまりメスの狼を懐柔するのは、男の方がやりやすい。
もっともこれには人間同士の場合にも言える決まりが有る。
それは、元々惹かれ合うべき要素をお互いが持って居ること。
そんなことを考えながらボーっとハイパーを見つめていると、向こうがハッとした様に急に目を逸らしたので僕の考えもそこで止まる。
「ハイパー、お前もついてくるか?」
「ハイパーは止めろ。私にはチャンとした名前がある」
「チャンとした名前?」
「そう。ワレの名は“アーリア”!」
「んっ、じゃあアーリア行くよ。ルルルを起こして留守番させといて」
先に行こうとしたが、返事がないので振り向くとアーリアはお座りした姿勢で前足を交互に地面を踏みつけて地団太しながら僕を見ている。
「どうした?」
「……」
「なに、なに!?」
「ったく、カイ。気が付いてやれよ、鈍いんだからぁ」
「なに?」
アーリアの傍で寝ていたルルルがムックリ起き上がって言った。
「アーリアが名乗ったのよ。そこスルーしちゃいけないポイントでしょ! 水戸黄門だって角さんが“この紋所が目に入らぬかぁ~!”って言ったら“ふぅ~ん”なんて気楽に返しちゃイケないポイントよ。それなのになによ“じゃー行くよ”なんて、有り得ないでしょう。それにっ……」
マダ話足らないそうなルルルの口をアーリアが塞いで「もうイイから、ありがと」と恥ずかしそうにしていた。
「行こう!」
「ああ」
「ところでカイ、お前は何者だ?」
「僕は人間だ」
「どこから来た?」
「地球」
「その地球で何をしていた?」
アーリアに聞かれて、言葉を詰まらせた。
ここに来て、何気に過ごせていたが、肝心の僕とはいったい何者なのだ?
どうして猫のルルルや狼犬のアーリアが、自分と話せることを受け入れられるのか、どうして話せないと思っていたのか?
そもそも映画や小説とは、どんなものだったのか……。
自然に出来てしまうことと、考えても思い浮かばないこと。
これが転生と言うものなのだろうか。
「実は、僕は自分のことが分からないんだ」
「自分の事が……」
「そう。狼の習性とか、魚の取り方とか、自分に関係ない知識は何も考えなくてもスラスラと出てくるんだけど、自分自身の身の上の事になると全然駄目」
「でも、名前は憶えていたじゃないか」
「名前?」
「そう、カイって言うんだろ。お前の名前」
急に可笑しくなって笑い、そして涙が出て来た。
「どうした?」
「あのカイって言う名前は、出まかせさ」
「出まかせ?」
「まあ出まかせって言うより、テキトーって言った方が良いかも知れないな」
「どうして?」
「だって、ルルルに名前を聞かれた時、丁度貝殻を足で踏んだんだ」
「それでカイ」
「そう。カイガラじゃゴロが悪いだろ」
「まあな」
アーリアがフッと笑った。