◆◇◆ユーラシウスの死②◆◇◆
ルルルが、どこに連れて行かれたかは意外にも直ぐに分かった。
それはカンカンと慌てて杭を打つ音が聞こえて来たから。
ここに到着した時は人気もない静かな所だったのに、この音は滝の音と同じくらい大きい。
おそらく処刑まで逃がさないように檻を作っているのだろう。
音のする方に用心深く近付いてみると、太い蔓で体をグルグルに縛られているルルルが見えた。
ルルルを縛っている蔓は、近くの太い木に巻き付けられていて、周囲を3人の見張りが取り囲む。
檻は、その向こうにあり、直径10㎝ほどの杭を同じ間隔で並べられていた。
杭の隙間も10㎝ほどで、手や足は出せるが体や顔は通らない。
“コ”の字型に組み終わった後、縛られたままのルルルが入れられて、その後で更に杭は打たれて“ロ”の字型に閉ざされた。
天井になる部分に滑車で吊るされた人間の胴体ほどもある太い木が何本も乗せられて、更にその上には人の頭の2倍近くある石が敷き詰められた。
杭は50㎝ほども地中に打ち込まれているからテコの原理を使ってもそう容易く隙間を広げられそうにもないし、この出入口の無い構造は、万が一ルルルの味方か内通者が居たとしても、この檻から逃がすことは不可能だろう。
ルルルを助けるなら、檻の中に入れられてしまう前に何とかしなくては……。
でも、どうやって?
今飛び出していったとしても、ルルルの傍には3人の見張りが居る。
彼等がどのくらい強いのかは分からないけれど、僕自身1対3で戦って倒せるほどの格闘技のセンスはないはずだし、しかも瞬殺しなければ直ぐ近くの作業員も加勢に来るだろうし仲間を呼ばれたら泥沼になってしまう。
しかも、そうなれば一緒に旅をしてきたライシャばかりではなく、ここに連れて来たアーリアにも迷惑が掛かる。
裁判もなしにルルルを処刑しようとする連中なら、この不用意な行動により捕まった場合、僕たちの運命もルルルと同じ方向に導かれてしまうであろう。
なにしろ、絶対的に慕われていたユーリシウスが殺されて、彼等は今神経質になっているに違いないのだから。
“ガサッ”
僕が隠れている草むらの直ぐ傍で、足音がした。
「造り終わったら早くその娘を放り込んで、荼毘の手伝いをしてくれ。見張りは1人残して、あとの者たちで周囲の警戒に当たる。手が足りない状況だと言う事を忘れずに各自、速やかに且つ注意深く行動してくれ。わたしはこれから旅人の所へ行くから、急用が有ればそこに来てくれ」
ホークさんの声だ。
ヤバイ。
こんな時にウロツイテいるのがバレたら、僕まで疑われてルルルの心配どころじゃなくなってしまう。
同じ地点からヨーイドンで同じ目的地に行く場合、人に見つからないように隠れながら進まなくてはいけない僕の方が、堂々と道を進めるホークさんより遅くなることは決まっている。
もちろん道を使わないで最短距離で進むことも出来るが、ここの周辺は殆ど手入れのされていない森の中だから、慎重に歩かないと草や木を掻き分けたり踏んだりする音がしてしまい直ぐにバレてしまう。
これは大変な事になったぞ……。
こうなったら、疑われることを覚悟で、自首してしまうか?
自首したとしても、やはりアーリアやライシャには迷惑を掛けることになるだろうが、コッソリ抜け出したのがバレた時よりはマシかと思った。
……いや、本当にそうだろうか?
もしも僕が今のホークさんの立場だとしたら、いきなりこの草むらから自ら降伏してくる人間をどう思うだろう。
素直で真面目な人間だと思うだろうか?
いや、僕なら逆に大胆な行動だと思い、何か屹度ウラがあると余計警戒する。
まだ遅れて与えられたテントに戻って来て、抜け出したことがバレる方が、馬鹿な扱いやすい人間に思えるだろう。
ユーリシウスの死によってピリピリした状況だ。
その後の事は分からないが、結局僕は後者を選択することにした。
「おい、そこ。もう少し丁寧に」
不意に近くに居たホークさんが、檻の工事現場に歩き始めた。
最後の調整で、柱1本1本に蔓を巻き付けて、広がらないようにしている人のやり方が雑なのが気に入らないで指導しに行った。
屋根の上ではドスンドスンと最終の踏み固め作業をしている。
僕にとって、思ってもいなかったチャンスが来た。
ホークさんの目は蔓を結ぶと言う細かい作業に奪われ、耳は屋根の踏み固め作業の大きな音で塞がれているのも同然。
僕は今のうちに、急いでテントに戻ることにした。




