◆◇◆ユーラシウスの里へ①◆◇◆
もう一つの湯溜まりにも川の水を引き込んで男湯にして、隣り合う二つの湯の間には林の中で取って来た笹を地面に立てて、ついたてとした。
「なにこれ!綺麗って言うか、何か風情があるよね」
ルルルが早速、笹越しに話し掛けて来た。
「こら!覗くな!」
「この笹って、そう言う意味?!」
「そうよ。だからアンタはこっちで、おとなしくするのよ」
ルルルの胸を隠すように手で抱きついたアーリアの胸が、ルルルの背中に押しつぶされて肩越しに丸いラインが強調される。
「えーっ、つまんない!なんで?」
「カイとライシャが、のぼせちゃうでしょ」
そう言ってアーリアが僕の目を甘く睨む。
上気して淡い桃色に染まった顔に、潤いに満ちた優しい白い肌と、クールで哀しそうな濃いグレーの瞳が対照的で妙に気を引く。
「アーリア、目的地は近いのか?」
「ええ、もう直ぐよ」
笹で仕切られた隣り合う浴槽で、お互いに背中を向け合って話した。
「でも、なんで、分かったの?」
「君の心の余裕かな」
「私の心の余裕?」
「そう。ユーラシウスは君にとって親同然の存在。嬉しくなるのもそうだけど、君にとって最も信頼がおけて頼りになる人物との再会だ。心に余裕が出来て当然だろう?」
「そうね」
アーリアが可愛らしくクスッと笑う声が微かに聞こえた。
その日はそこで野営をして、のんびり温泉に浸かり長旅の疲れを癒した。
洗濯もして、熱い温泉の湧き出る風上に干し、夕食にする事にした。
メインディッシュは、目の前の綺麗な川で取った魚と野菜を、岩ガニの出汁で煮込んだもの。
調理には火を使わずに、一番熱い温泉の湧き出ている所に土鍋ごと浸して置いて温めた。
折角、久し振りに新鮮な魚が取れたのだから、焼いたものが食べたい!と主張するルルルがいつまでも食い下がって来た。
僕だって焼き魚にして食べたいけれど、もう直ぐユーラシウスに会えると言う場所まで来て、いままで特別な理由が無い限り我慢して来た事を覆す訳にはいかない。
いつもは僕が説明すると渋々でも従ってくれていたのだが、この時は執拗に「もう追っても来ていない事は分かっているはずなのに、何故いけないのか」と聞いてくる。
そう。
あの、ずぶ濡れになった雨の日以降、僕とライシャが交代して何度か峠に居残って敵の追跡が有るのか無いのかを見張って確かめた。
長い旅だから、体調維持のため時には焚火で体を温める事も必要になるだろう。
見えない追手に怖がってばかりはいられない。
そのために追手を確認した。
超える峠によっては半日間から2日間ほど居残って、追手の確認を行ったが、結局僕たちの後から来る者は誰も居なかった。
だからと言って、毎晩パーティーのように焚火をする訳にはいかない。
焚火は思わぬ遠くからでも確認が出来てしまうので、常に必要最小限に抑えなくてはならない。
ここで焚火をしてはいけないのは、追手に対して見つからないようにすると言う、今までの理由の他にもう一つある。
それはユーラシウスに対して、我々が信用できる者達であることを証明してみせるための証。
「なんで、そうなるの?焚火をしていればユーラシウスだって、ああ誰か来るんだなって分かるじゃない」
「その通り。だけど僕がもしユーラシウスの立場だったなら、あの者たちは毎晩不用意に焚火をして、敵味方に自分たちの位置を知らしてきたんだろうと思う」
「どうして、そうなるのよ!私たちは物凄く用心深く旅をしてきたわ。焚火だって豪雨に見舞われた2回だけしかしていない。でも実際には豪雨に見舞われた日は3回あったし、その他にも雨でずぶ濡れになった日は何度もあったわ。ここまで我慢して、なんで今、いけないの!?チャンと説明すればユーラシウスだって分かるはずよ!」
確かにキチンと説明すれば大部分は分かってもらえるかもしれない。
ただ一つだけ、おそらく一番重要な事だけが分かってはもらえないはず。
それは明日着くぐらい近い距離、しかもこの高台から見ても、ユーラシウスたちが暮らしているという痕跡が確認できないという事。
それだけ日頃から、用心をしているという事だろう。
もしもここからユーラシウス達の焚火が見えたのであれば、こちらも焚火をしても構わないだろうし、むしろ焚火をしないで気配を消したまま近付く方が逆に怪しまれるだろう。
しかしユーラシウス達は焚火もせずに気配を消している。
僕たちが、ここで焚火をする事は、ユーラシウス達の本拠地を知らせる“のろし”と思われても何の不思議でもないのだ。
そして、その夜、事件が起きた。




