◆◇◆新しい仲間◆◇◆
「凄いよ、カイ!とうとう野生の狼を手懐けたね。どんな魔法を使ったの?」
まだ狼を警戒しているルルルが、僕に聞いて来た。
「なぁ~に、どうってことはない。狼は相手の恐怖心に敏感だから、こっちが怖がっていない事を証明してみせただけさ。怖がっている奴は、何をしでかすか分からないからね」
「度胸を見せた訳か?」
「いや、少し違う。どんなに度胸を見せた所で、狼はナカナカ屈しないから、俺が見せたのは心さ」
「こころ?」
「そう、君に危害は加えないと言う事と、君と友達になりたいと言う心。だから体を触って、嫌がれば逃げずに慣れるまで待ってあげた」
「餌をあげたのも、その中のひとつなのか?」
「いいや、餌は彼らにとって信頼関係を生むために重要なものじゃないんだ。むしろ逆に作用することもある」
「逆って?」
「食事を用意する“しもべ”と勘違いされる危険性も持っているってこと。それよりも餌を取って見せたと言う事の方が重要だった」
「それは?」
「こんなに強い狼が獲物にありつくことできずにいるのに、この男は簡単に餌を取ったってこと。狼など群れで生活する動物にとって、リーダーの能力は重要だからね。それにこいつは正式に言うと狼じゃない」
「こんなに大きいのに?」
「ああ、狼犬。狼よりも頭の良いハイパーウルフドッグだ。だから仲間にしたかった」
「ハイパーウルフドッグ……って何?」
「野生の狼と、犬のハーフってこと。だから人に慣れやすく知能も高い」
「かっこいいね、でも、長い名前だな。ハイパーちゃんで良いか」
そう言って、ルルルは僕の脇の隙間からハイパーちゃんを覗き込んだ。
「怖いのか?」
「いや……でも、やっぱり怖い」
狼が現れたときの、あの威勢の良さは何処に行ったのだろう、覗き込むルルルは腰が引けている。
僕はルルルの背中を掴むと、ハイパーちゃんの脇にひょいと置いた。
「わわわ!やめろ!!私は餌ではない!!!」
「心配するな、ハイパーちゃんにとって、僕たちはもう家族だ」
置かれたハイパーちゃんの脇の間から、恐る恐る首を伸ばすルルル。
ルルルの顔を目で追うハイパー。
「こんにちはハイパーちゃん」
ゆっくりとハイパーが首を上げ、顔をルルルの方に向けた。
ルルルは目を瞑って、小さく「怖くない怖くない」と呟く。
その顔をハイパーの舌がペロリと舐める。
「えっ!?」
予想外の出来事に戸惑うルルル。
「こちらこそ、宜しくだってさ」
僕の通訳にルルルの顔が、パッと明るくなった。
「君ってモフモフだね、気持ちいい」
デレデレに甘えるルルルに少しだけ迷惑そうな顔をして僕に助けを求めてくるハイパー。
誰一人身寄りもないこの異世界に来て、直ぐに二人の仲間が出来たことが堪らなく嬉しかった。
その夜、夢を見た。
夢に出て来たのは、あの金髪の美少女。
「君はいったい誰!?」
僕の問いかけに、金髪の美少女は悪戯っぽく微笑むと、揶揄う様な仕草で駆けだした。
追いかけようとする僕。
しかし、その僕の肩を掴む者が居た。
「止めておけ」
振り返ると、そこに居たのは見た事も無い銀髪の女戦士。
元居た世界では背の高い方だった俺に比べても、遜色のない背の高さ。
濃いグレーの眼は涼しい。
一見すると、きつそうにも見えるが、よく見るとその顔は愛情に満ちていて優しい。
「誰だ!」
「そのうちに分かるさ、あの女の正体もな」
言い終わると女戦士は足音もなく暗闇の中に溶けるように姿を消した。
それは、まるで……
夢が遠のいて行くのとは反対に、現実が近くなるのだろう何かを抱いている腕に感覚が戻って来る。
モフモフした温かい感覚。
目を開けると、僕が抱いていたのは昨日の狼犬。
アラスカンマラミュートの血が少しだけ入っているのか、ナデナデしていて気持ちが好いが、彼の方はそういうふうに撫でられることに慣れていないから濃い灰色の眼を横にしてジッと睨んでいた。
「おっと、失礼」
狼犬に謝り、辺りを見渡すとルルルが居ない事に気が付いた。
「ルルル!」
まさか寝ている間にハイパーに喰われちまったのではと思っていたら、なんのことはないその狼犬の懐に潜り込むようにスヤスヤと寝ていた。
犬と猫の組み合わせだから、反目し合うのかと思っていたのに、仲が良くてホッとした。
僕は起き上がったついでに消えかけている焚火の世話をするため、枯葉や小枝を集めて来て火が大きくなるように息を吹き込むと直ぐにパチパチと音を立て炎が上がったので、朝の獲物を取るために森へ向かう。
「どこへ行くつもりだ」
「森へ食料を探しにな。朝から泉の中に入るのは辛いのでね……」
聞かれたから、答えたが、問題は誰が聞いて来たかだ。
ここに居るのは僕の他には、ルルルとハイパーだけのはず。
そして声は確かに女の声。
でも、ルルルの可愛い声とは違う……そう、夢で見たあの女戦士の様な、どこかクールな声。
「まさか!」
慌てて周囲を見渡したが、女戦士は見当たらない。
どこか、木の上にでも隠れているのだろうかと思いキョロキョロ見上げてみるが、そこにも居る気配はないようだ。
「おい、なにをキョロキョロしている。ワレはここだ」