◆◇◆Mrホーク③◆◇◆
天気のいい日、僕たちはいつもルルルとライシャを探しながら食料などを集めていた。
食料の他には綿花も集めた。
何日も何日も二人を探しながら歩いたので、食料も四人揃っても充分に冬が越せるほど貯まったたし周囲の地理も充分に覚えたが、肝心のルルルとライシャはいまだに見つからない。
人間の姿になった以上、馬だったライシャはその辺りの草を食べたとしても消化できなくてお腹を壊すだけだし、山猫で機敏だったルルルは獲物より遅いスピードでしか動けないから、さぞお腹を空かしている事だろうと心配で堪らない。
そろそろ木の実も少なくなってきた。
雪が降り出すまでには見つけ出さないと、体毛のなくなった体では凍死してしまう。
しかしこればかりは焦ってみたところで、なにもならない。
自分で作った糸車を回しながら、何かいい方法はないかと考えていた。
「なあ、アーリア。何かいい方法はないかなぁ?」
僕が作った簡単な”はた織り機”をパタパタ動かしているアーリアは、少し手を止めて考えて「火を使えば、どうかしら?」と言った。
「火?」
「だって、火を使うのは人間だけでしょう。そうすると火のある所には人が居るって言うことにならないかしら? もしもルルルとライシャが困っていたとしたなら屹度人を頼りにするしかないもの。それに人間になって気が付いたのだけど、人は良く空を見たり遠くの景色を見るでしょ」
なるほど! 火か、それは確かに良い考えだ。
たしかに夜に火を焚けば遠くから見ても明るく見えるし、昼間なら草を集めて燃やせば煙が良く出て“のろし”代わりにもなる。
「ありがとう! さすがアーリア、頭が良い!」
僕は外で火を燃やそうと思い、糸車を止め慌てて外に出て庭に木を集めた。
先ずは小枝と枯草を集め、火打石で火を付けようとした時、暗闇の影に誰かが居る気配を感じて手を止めた。
「誰?」
僕の声を聞いて月の光を背にした長い影が伸びて来る。
頭に変な帽子……。
「ホークさん?!」
「ああ、カイさん。この前はどうも。ここにお住まいでしたか」
「はい。しかしこんな夜更けに、一体どうしたのですか?」
「すみません。実は磁石を失くしてしまって、道に迷っていたのです。それよりカイさん、貴方こそこんな夜中に外に出て何をされているのですか?」
ホークさんの言葉に違和感を覚えた。
確かに磁石がないと道に迷ってしまうだろうけれど、それよりも肝心の手押し車が無い。
商売道具の運搬に使う大切な手押し車ごと失くしたのであれば、そっちの方が重大な問題のはずだから“手押し車ごと磁石を失くしてしまった”と言うのが普通ではないのか?
仮に一旦自分の家に戻って、そこに手押し車を置いて来たとするならば、今度は何かの目的のためにこっちに来たと言う用件が言葉の最初に来てから“磁石を失くして道に迷った”と言う話しを続けるべきところ。
ただ単に“磁石を失くしたから道に迷った”という言いかたはホークさんのような紳士には似合わない。ましてこんな夜更けに人の家を訪ねる場合は特に。
不審そうにホークさんを見つめていると、彼の方も僕のことを不審な目で見つめている事に気が付いた。
「どうしたのですか?」
「いや、こんな夜更けに、まさか焚火でもするつもりですか?」
「そうしようと思っていますが、なにか?」
「お止めなさい」
「火事の心配なら大丈夫です。今宵は風もないし僕がチャンと見張っていますから」
「私も見張ります」
玄関の戸の所で、アーリアが半身を出して言った。
「いや、そうではなくて……。居場所が分かってしまうからです」
「ですから僕は、はぐれた仲間にこの場所を知らせようと思って夜は焚火を、昼は“のろし”を上げようと思っているのです」
僕が平然として言うのを、ホークさんは困った顔をして見て「それは止めた方が良い」と言う。
僕が「何故ですか?」と聞くと「お友達以外の者たちも、呼び寄せてしまうことになります」と答えた。
ホークさんが言うには、先日森で僕たちと出会ったあと町へ商いに行ったとき聞いた話を教えてくれた。それによると僕がこの世界に来たことと、無事に嵐の高原を越えたことは既にミカール王の耳に入っているらしく、捜索隊が僕たちを捕まえるために街を出たらしいということ。
「いや、それを聞いて私は慌ててしまって、商売道具も放って貴方にお知らせするためにこうして飛んできたと言うわけです」
「じゃあ、捜索隊は直ぐ近くに?」
「いや、あいにくここには町に通じる道が繋がっていないから、そうそう見つかることはないと思いますが、夜に炎で夜空を照らしてみたり昼に煙を出されては直ぐに見つかってしまうことでしょう。そして奴らは凶暴な猿ですから、ただでは済みません。及ばずながら私もご友人を探すのを手伝いますので、火や煙はお止めください」
「分かりました。でも何故、僕たちのために、そこまでして下さるのです?」
「何故でしょう……あえて言えば、貴方が私の知っている人に似ているからかもしれません」
僕たちの会話を聞いて、安全を確認したアーリアがホークさんにスープを温めたので部屋に入るように言ってくれた。
ホークさんも喜んで部屋に入ってくれて、アーリアの作った美味しいスープを飲んだ。
スープを飲みながら、物珍しそうに部屋を見ていた。
「これは何ですか?」
「糸車です」
「これは?」
「はた織り機と言って、これで服の生地を作ります」
「ご商売をされるのですね」
ホークさんが覗くような目をしながら笑う。
「いえ、僕はこれでアーリアの服を作ろうと思っているだけで、商売なんか考えてもいません」
「ほう……。ところでここに沢山吊ってあったり、ザルに干してあるのは何ですか?」
「それは干し柿に切り干し大根、干し芋に勝ち栗。全部保存食です」
「折角いい弓をお持ちなのに、干し肉は無いようですが、如何されたのですか?」
「出来るなら動物は殺したくないので……だってそうでしょう、この嵐を越えた世界では動物たちが人間の姿になっている。と言う事はキツネの肉をキツネが食べると言う、現実ではほぼ有り得ない事も起きてしまうわけで、動物を殺して食べると言う事はひょっとしたらその切っ掛けを作る事にも成り兼ねないでしょ」
「なるほど、その通りだ……」
ホークさんは、しきりに感心してくれた。
寝る時にベッドを進めたが、ホークさんは薪割り小屋で寝ると言い出して聞かなかった。
「では、僕もご一緒しましょう」と言うと「ご婦人を守る人が居なくなる」と怒られて渋々部屋に戻った。
屋根があるだけで壁が半分しかない薪割り小屋では朝はさぞ寒いだろうと、アーリアが早起きしてスープを持って行ったが、その時はもうホークさんは旅立って居なかった。
「磁石も持たずに出て行ってしまったけれど、ホークさんは無事に帰れるのだろうか」とアーリアが心配して言った。
「彼は大丈夫だと思うよ」
僕がそう言うと、アーリアは不思議そうな顔をして「何故?」と聞いて来た。
「ホークさんは道に迷ったのではなく、焚火をすることでミカールの手の者に見つかってしまうことを忠告しに来ただけだから」と答えた。
「何故?」とまたアーリアが聞き返す。
僕はただ「良い人だから」と答えると、アーリアも「そうね」と言って頷いてくれた。




