◆◇◆Mrホーク①◆◇◆
草原に寝転がるアーリアと僕。
二人ともまだ、余韻を楽しむように横になったまま顔を近づけ合い、お互いに瞳を合わせ時折唇を突き合っていた。
ホンノ少しのきっかけがあれば、また直ぐにでも二回戦に突入してしまいそう。
いまは、どちらが先に音を上げるかの我慢比べの時間。
正直、勝てる気はしないが、この時間も僕たちにとっては大切な時だから、いつまでも甘え合っている。。
甘え合っているうちに、ひょっとしたらアーリアの方が降参してくるかもしれないし、彼女の性格上それも充分に考えられるかもと思っていた。
人前ではいつもクールな女性を装っているが、本当は、とびっきりの甘えん坊なのだから。
しかし現実は、それを許さなかった。
ガサガサと派手に森の中を進んでくる音と、時折枝が折れるパキンという高い音が、僕たちの方に近付いて来る。
「ライシャか……?」
起き上がって僕は、そう口に出して言ったが、アーリアは四つん這いに身を起こしジッと音の方を見つめたまま「違う」と答えたまま目を離さない。
透き通るようなグレーの瞳が凛と美しく、しかし氷の刃のように鋭く光る。
「じゃあルルル?」と聞き返してみると、この時は「ルルルなら、きっと音を出して近づいては来ない」と言った。
たしかにルルルは、元が山猫で用心深いだろうから、こんなに派手に音は立てない。
バッファは今度来るときは手紙をよこすと言っていたし、クローゼたちが僕たちを追ってきたとしても音は立てず、こちら側に悟られないようにやって来るはず。
いずれにしても、この音を出している主に敵意はなさそうに思う。
僕の安心した顔を見たアーリアもニッコリと微笑んでくれた。
「カイが大丈夫と判断したのなら屹度安心だよね。でも私は元が狼だから警戒心が強いの、だからもう少し森から離れましょ」
「そうだね、森を出てくるまでは何者かも分からない。それに誰かに追われている危険性だってあるから」
森から少し離れた所まで下がり、一応左手に弓、右手には矢を持って直ぐに撃てる準備だけはしておいた。
音が近くなる。
「さあ、お出ましだぞ」
“バサァッ”
派手な音と共に森から飛び出してきたのは、籠のような台車を追いかける痩せぎすの紳士風の男。
「お―い、手押し車を止めてくれ!」
さっきからの騒々しい音は、この音だったのか。
だが、何があるか分からない。
もしもこの男が悪人で僕たちを殺すことが目的だった場合、手押し車を止めると言う事は両手を塞ぐことになるばかりか受け留めて踏ん張ることにより、万が一攻撃を仕掛けられた場合、一手どころか二手も三手も対応が遅れてしまう。
幸い相手は一人で、僕たちは二人。
僕は手押し車を正面から支えずに、取手を持って追いかけるように走った。
手押し車を先頭として次が僕、その次が紳士風の男、そして最後がアーリア。
この配列なら、万が一紳士夕の男が僕を襲おうとすればアーリアが直ぐに気付く。
逆に男が立ち止まってアーリアを襲おうとした場合は、ついて来なくなった足音で僕は気が付く。
だから僕はこの体勢で、相手の出方を耳で探りながら、ゆっくりと減速していった。
「ひゃあ、ありがとうございます。坂の道を踏み外してしまい、そこから急に手押し車が勝手に走り出してしまい。なにせ商売道具と全財産が入っているでしょう。もう追いかけるのに必死でしたよ。ホント助かりました」
頭には黒のマリンキャップを乗せ、上等な白いドレスシャツの上には上等な生地で仕立てられた黒のベストとスーツ、何故かズボンだけが白いけれどそれは被っているマリンキャップと良く似合っていて何の違和感もない。
ただ黄色い靴を履いていることを除けば、全体的に悪人ではなさそうだ。
「商売をすると言っても、買う人は沢山居るのですか?」
「ええ、いますとも。しかも高く買ってくれる人たちが、わんさか」
「えっと……オジサンは一体何を売って歩いているんですか?」
「オッと失礼、申し遅れましたが私はホーク商店の主、ホーク・ブライアントと言う者です。呼び方はホークで宜しい。えっと、それから何でしたっけ?」
「なにを売っているんですか?」
「そうそう、そうでした。見て下さいこの石と鉄。何だかわかりますか?」
「火打石!」
「……よ、よくご存じで。 ではこの紐に吊るしてある石は何だか分かりますか?」
「磁石でしょう」
「せ、正解です。貴方は良くご存じですねぇ、たいていの人は知らなくて、使い方を教えて初めて驚くと言うのに……まるで本物の人間見たいですな」
最後の言葉だけ半トーン、声の高さが変わった。
おそらく探りを入れているのか、警戒しているのかのどっちかだ。
ここは正直に言うより、少し回り道をするべきだと思い、以前こういったものを持っている人に教えてもらったと答えた。
「その人も、私と同じ商人だったのですか?」
「いいえ、知識を人々に教えることをしていましたが、それが仕事なのか趣味なのか僕は小さ過ぎて分からなかった」
つまり小学校の先生のことだから、教えてもらったことに嘘はない。
「ほほう、そんな人が居るんですね。ちなみに貴方がたは?」
「ああスミマセン、僕はカイ。そしてこちらの女性はアーリア」
「恋人同士ということですか?」
他人から言われるのは初めてだったし、いざ言われてみると滅茶苦茶恥ずかしい。
お互いの赤くなった顔を見合わせて「ハイ」と小さく返事をした。
「この辺りの人?」
「いいえ、家はもっと向こうです」
「ここへは何をしに?」
「はぐれた友達を探しに来ました」
「そうですか、まだこれから探されるのですか?」
探すのは朝出てお昼までと決めていたので、これから帰ると言った。
知らない土地で暗くなったら何が起こるか分からないからと言う事も付け加えると、ホークさんは商売物の火打石のセットと磁石をくれた。
「いいえ、こんな高価な物を頂くわけには……」
「いいのですよ。押し車を止めてくれたお礼です。それから何か困ったことがあれば、ここにいらして下さい」と一枚の薄い板切れに書いた地図を渡してくれた。
「あっチョッと待って」
帰ろうとするホークさんをアーリアが止める。
何だろうと振り返ると、真っ赤なリンゴと黄色いミカンが両手いっぱいに盛られていて、振り返った僕に“いい?”と目で聞いて来た。
“もちろん!”と答えた後“ありがとう”も付け加えた。
高価な物を頂いたのに、僕はお返しすることをスッカリ忘れていたので、チャンと気が付いてくれたことが嬉しい。
こっちの世界に来たばかりの貴方たちには貴重な食べ物なのではと気遣ってくれるホークさんに、アーリアが「カイは食料を調達する天才なんですよ!」と笑い、ホークさんは礼を言って果物を手押し車の中に丁寧に仕舞った。
「ご立派な弓をお持ちの様ですが、やはり鹿とか水鳥とかを狙うのですか?」
帰り際に弓の事を聞かれたので、今までに生き物はウサギを一羽撃っただけだと答えると、貴方の腕なら獲物も沢山取れるでしょうと言われたので、動物を殺すのはそのウサギを殺してしまったときに後悔して止めたことを正直に話す。
「それでは、折角の弓も使い物にはならないじゃないですか」と笑われたので、僕も「こんなもの何故作ったんだろう」と笑った。
たしかに余程の事がない限り、これで獲物を獲ることはないだろう。
ホークさんには言わなかったけれど、この弓は威嚇としてならかなり有能な武器。
既にクローゼたちや、ルルルをさらおうとした大鷲、それにバッファたちを蹴散らしている。
ホークさんは何か感じ取ったのか「良い物です。大切になさってください」と弓を褒め、それから僕とアーリアに握手を求め「では、お幸せに!」と言ってホークさんは押し車を押して、再び森の中に消えて行った。
「良い人で良かったね」
アーリアが素直に笑ってくれ、僕の心も癒してくれる。
たしかに悪い人物ではない。
しかしアーリアが言うように良い人とは言い切れない。
彼は、何かしら僕たちを探ろうとしていたのには間違いがない。
ただ偶然に僕たちに会って僕たちに興味を持ったのか、それとも僕たちに近付くためにわざわざやって来たのか……もし、後者だとしたら何のために……。




