◆◇◆招かざる客◆◇◆
足を忍ばせて、上手く侵入者の背後に回り込む。
横幅のある男の後ろ姿。
この男の後ろ姿は、見覚えがある。
私たち人間に変化したものは、直感的に元の姿が分かる。
こいつはクローゼと仲違いして群れを飛び出した男。
「バッファ」」
声を掛けると、バッファは背後を取られたことに左程驚きもせず、ゆっくりと振り向いた。
「よう、アーリア久し振りだな」
「何をしに来た」
「お前が人間と一緒に森を出たって聞いたものだから、心配して会いに来た」
嘘だと言う事は直ぐに分かった。
合いに来るのなら、こんな夜にコソコソと覗き見するようには来やしない。
「目的はなんだ」
バッファがニヤッと笑う。
「目的? おいおい同じ群れの仲間だったじゃないか、その俺がこうして心配して会いに来たって言うのにそれはないだろう」
「心配して会いに来るのなら、昼間に堂々と玄関から訪ねに来ればいい。そうすれば嫌々でも会ってやる。それを日の暮れたこんな時間に、何のようだ」
「なぁに、群れでもとびっきりの美人だったお前が人間に変化した姿がどんなものだろうって気になってな。とっくり拝ませてもらったぜ、その美しい顔も艶めかしいその体もな」
“こいつ、どこからか風呂場を覗いていやがった!”
体中が、かぁっと熱くなり、心が冷たくなった。
「この野郎!」
バッファに殴りかかろうとした途端、何者かに体を抑えられた。
「貴様、仲間を潜ませていたな!」
「当たり前だろ、お前とサシで戦う程、俺は馬鹿じゃない」
両手両足、そして首に腰を六人の手下に抑えられた。
更にバッファの両脇にも二人の男。
「くそう、罠か……どうするつもりだ!」
「人間と一緒に居たってロクな事にはなりゃしない。連れて行く」
ジタバタしようとする体をロープで縛られ、六人の男が私の体を抱えた。
“ヒューッ”
風を切る音。
一瞬手下たちの動きが止まりバッファの金色の髪がパラパラと地面に落ち、バッファの頭を霞めた矢が木に突き刺さる。
“カイ!”
家の方を振り向くと、玄関の前に裸のカイが次の矢を弓に掛けていた。
「アーリアから手を離せ! さもないと、次の矢は確実にお前たちのボスの頭に突き刺さるぞ」
緊張が沈黙の時間となる。
長い長い沈黙。
「武器で俺たちを支配しようと言うのか?」
バッファが、その沈黙を破るようにカイに話し掛ける。
「支配はしない。ただアーリアを離せと言っている」
「お前の女か?」
「アーリアは持ち物ではない。今は俺と居るが本人が俺と一緒に居るのが嫌になればどこへでも好きに行かせるつもりだ。だがお前たちは今、嫌がるアーリアを無理やり連れて行こうとしている」
「だから?」
「許すわけにはいかない」
再び訪れた静寂に、キリキリとツルの軋む音。
「どうする? 俺の腕もそう長くはこの弓を引いては居られないぞ」
「アーリアを離したあと、俺たちをどうするつもりだ?」
「どうもしない。だが再びこの様な非道に出れば、今度は警告なしに弓を放つまで」
「逃がすと言うのか?」
「逃がすとは言わない」
「じゃあ、関わるなと?」
「それも違う」
「じゃあ、なんだ?」
「君たちが好意的なら迎える。そして好意的でない場合は迎え入れることは出来ない。それだけだ」
「手下になるなら迎えると?」
「手下になりたいと思うなら二度と近寄るな。そのような繋がりはいつまでも続かない事くらい、既に身をもって知っているはずだろう」
「……」
三度目の静寂。
「離せ」
バッファの言葉に手下たちが、ゆっくりと私を地面に降ろし、縄を解く。
フッとバッファが笑う。
「負けたよ。カイとか言ったな。でも覚えておけ、こんな手はミカールとミカールの手下には通用しないってことをな」
バッファはカイに背中を向け、私に話しける。
「邪魔したな。もう、こんな真似はしねえ。今度会う時は手紙でも出して会いに来る日を知らせる。そして堂々と玄関の戸をノックするぜ」
そう言うと、音もなく闇の中に消えて行った。
バッファたちが居なくなると、直ぐにカイが飛んできた。
「大丈夫か!?」
「ああ。でもスマナイ。行くなと言われていたのに」
カイの注意を聞かずに迷惑を掛けてしまった自分が情けなくて、涙が出そうになるのを堪えて謝った。
「なに、好奇心は誰にだってあるし、それを止めることは難しいものさ。まして風呂に入って無防備な僕をかばってくれようとした君を咎めることなど僕には出来っこない」
カイは、そう言って優しく私を抱き、髪を撫でた。
“クシュン”
カイに抱かれてホッと気が緩んでしまい、無理に止めていた涙と一緒にクシャミも出た。
「お互いに、すっかり冷えてしまったね。一緒に風呂に入り直そう」
「じゃあ、私、薪をくべるね」
「いや、一緒に薪をくべよう。そして一緒にお風呂に入ろう」
「でも、バッファたちが……」
「いや、もう彼らは襲っては来ない。むしろ、その逆」
「逆?」
「ああ、寒い、寒い。ほら薪をくべるぞ!」
二人で薪をくべ、玄関のドアに閂を掛けて私は服を脱いだ。
そして、カイに手を引かれ一緒に浴槽に浸かる。
「もう、ぬるくなっている!」
「今、薪をくべたばかりだからな。でもこうしていれば直ぐに暖かくなる」
カイは私を抱き寄せてキスをしてくれた。
“温かい”
私もカイを抱き、キスを返す。
二人が動くたびに、お風呂の水が波を立て湯船から零れる。
そして、中と外から火が燃えだし、のぼせるくらい体が温まっていた。




