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◆◇◆揺れる森の木◆◇◆

 薪を割り終わると、近くの小川にお風呂に使う水を汲み行く。

 僕が何度も水を汲むために往復している間に、アーリアは昼食の支度を始めた。

 家から小川までは10m程しか離れていないけれど、それでも浴槽を満たすだけの水を汲むとなると大仕事。

 “明日は風呂場の傍に井戸を掘ろう”

 丁度、水を汲み終わって、切り株に腰掛けて休憩しているタイミングで昼食が出来て、二人で仲良く話しながら食べた。

 食べ終わった後に、散歩がてら食料の調達のために二人で森に入こうと提案すると、アーリアは「ピクニック!?」と、まるで子供のように喜んでくれた。

 でも僕は知っている。

 僕が動けなくてベッドに寝ている間に、少しずつだけどスープの具材が少なくなっていくのを知っていた。

 そしてさっきの昼食のスープも……きっと食料が尽きて来たのだ。

 僕は体が上手く動かすことが出来なかったので、それを知りながら只黙っている事しか出来なかった。

 そしてアーリアもまた、僕に心配を掛けないように、僕の寝ている間に食料になるものを探していたのだろう。

 しかし、収穫は左程見込めなかった。

 それでもアーリアは僕の前では、ひとつも暗い顔を見せなかった。

 アーリアは元々狼犬なので、獲物を獲るのは上手いけれど、食べられる野山の植物を探すのは不得手なのだろう。

 だからこうして一緒に探すことで少しずつ覚えてもらおうと思って誘った。

 もっとも、食料の心配が全く無かったら、僕は屹度本当にアーリアとピクニックに行っただろうことは間違いない。


 森の中に入って行く道すがら、アーリアの目線を見ていると、山歩きとか山菜取りに慣れていない人達がそうするように下ばかり見ていた。

 地面を見ていると視野が狭くなり、広範囲に分布しているものに気が付きづらい。

 これから温かくなる季節なら、フキノトウとかツクシやワラビと言った物も見つかるだろうけど、今はその逆で寒くなっていく時期。

 枯葉に覆われた地面にあるのはキノコ類くらい。

 しかも、そういう場所に生えているのは、食べられないものが多い。

 食べられるキノコと食べられない毒のあるキノコの見分け方は難しくて、実は僕も図鑑を持っていない限りハッキリとは分からないから、よほど食料がない限り手を出さない方が無難な食べ物だということを教えておいた。

 あとは、葉が美味しいものと、土を掘った先にある根が美味しいもの。

 葉が美味しいのはシソやニラ、クレソンやアセロラなどがあるが、残念だけどキャベツやレタスと言った野菜は野山には無い。

 逆に根の美味しい野菜は野山でも沢山ある。

 サツマイモに長芋、ニンジンにゴボウ、根っこじゃないけれど落下性も土の中にある。

 あとは実物の野菜、キュウリやエンドウ豆にオクラやナスなどが有るけれど、この辺りのものは花が咲いたあと実が育つ関係で、日照時間が短くなって行く晩秋から早春にかけては実がならない。

 だけど果物の方は秋でも多く手に入る。

 ミカン、柿、リンゴを筆頭にクリやナツメ、アケビにザクロ、葡萄や梨、その他にも沢山有る。

 甘い木の実と、酸っぱい木の実、それに渋い木の実と味の種類も豊富。

 特に柿は、保存にも適しているので、なるべく多く収穫しておきたい。

「あれ、それさっき渋くて食べられないって言ったよ」

 僕が木からもぎ取ったものを見て、アーリアが言った。

「ああ、直ぐに食べようと思うと渋くて食べられないけれど、これはある事をすることによって渋味が消えて甘くなるんだ」

「えっつ、どうするの?」

「それは帰ってからのお楽しみ。ただ直ぐには食べられないけれど、そのかわり保存食になるよ」

 この世界の季節感は分からないけれど、日に日に寒くなっているのは確かなようだ。

 だから収穫できるもの、特に保存がきくものはなるべく取れるだけ取っておきたい。

 ネギを見つけて、手を伸ばし掛けて止めた。

 ネギはイヌ科やネコ科の動物にとって与えてはいけない食材で、その成分は血液中の赤血球を破壊してしまい、熱を加えてもその毒性は無くならない。

 木に成った柑橘類を取るのに夢中になっていたアーリアが、急に立ち止まってしまった僕に気が付かずにぶつかって転びそうになる。

 僕は慌ててその体を抱くように支えた。

 バランスを崩したアーリアの持っていた籠が落ちて、オレンジたちが草の上に広がる。

「ごめんなさい。わ、私、収穫に夢中になっていて――」

「いいさ、それよりも君が転ばなくて良かった……」

 抱くように支えた顔が近い。

 お互いが、戸惑いながらも見つめ合わずにはいられない。

「む、向こうで林檎も見つけたよ――」

「僕はさっきフユイチゴの白い花を見つけた。あと二ヶ月もすれば真っ赤な美味しいイチゴが食べられる。あ、アーリア、きみイチゴは好き?」

「えっ、ええ、好きよ。か、カイは……」

「す、好き――」

 お互いのおでこを擦り合わせながら、もじもじと喋っていたけれど、それももう限界。

 堰を切るように、一緒に声を張って同時に言った。

「「でも君“貴方”の方が、もっと好き!!」」

 その言葉を合図に僕たちは、互いの唇を求めあう。

 激しさが徐々に増して行き、僕は我慢が出来ずにアーリアの背中を木に押さえつけるようにして抱く。

 アーリアの方は、僕の首に手を回し、片足を腰の位置まで上げてぶら下がるように甘える。

 僕はその上げられた足を支えるように手を回し、その体を木に押さえつけた。

 風のない静かな森。

 抜けるような青く高い空、風のない穏やかな森の中に、僕たちの木が揺れていた。

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