◆◇◆ぬくもり◆◇◆
次に目が覚めたとき、僕はベッドでひとりで横になっていた。
窓から差し込む暖かい光。
部屋中に広がる美味しいスープの香り。
そして優しく微笑む彼女の整った綺麗な顔。
白く細い指から、僕のまだ紫色に腫れた手に温かい器が乗せられる。
「スプーンは使える?」
小首を傾けて尋ねられ「使える」と言って受け取ろうとしたが、スプーンを落しそうになった。
「まだ無理なようね。じゃあ器だけ自分で持っていてね」
優しく言われ両手で器を持つと、その温もりが手のひらから指へと伝わる。
「君は一体誰?」
「当ててみる?」
「うん」
既に僕は彼女の正体を知っていた。
だけど言い出せなかったのは、それが余りにも突飛で普通なら有り得ないことだから。
でも彼女は僕の思っていた通り賢い。
ナゾナゾ形式にしてくれたから、突飛な考えだって言いやすい。
「君は、アーリア。だ・よ・ね……」
「うん……」
「僕はいったいどうなったの? それからルルルとライシャは? そしてなぜ人間の姿に?」
僕の口に温かいスープを運んでくれながら、アーリアが質問のひとつひとつに答えてくれた。
「貴方は、あの猛吹雪の中で動けなくなり、指は凍傷になってしまったの」
僕の指を体で挟んでいた訳が分かった。
アーリアは僕の意識が戻るまでずっと、その体で僕の体と指を温め続けてくれていたのだ。
「ルルルとライシャは?」
「二人とも吹き飛ばされて、どこにいるか未だ分からない」
「どうして君は姿が変わったの?」
「私の体が人間の姿になったのは呪いのせいなの」
「呪い?」
「そう。そもそもの原因はあの猛吹雪。あの場所を通り抜けた者は呪いにかかる。人間の世界はその呪いの向こう側だから」
「君たちは、それを知っていたの?」
「うん」
だから僕が人間を探していると言ったとき、みんな答えてくれなかったし、良い顔もしなかったのか……。
猛吹雪で動けなくなった僕がここに居るのは直ぐに分かった。それはアーリアが助けてくれたから。
おそらく吹雪で身動きが取れなくなった僕を、アーリアがここまで運んでくれたのだろう。
「じゃあ、ここは人間の国なのか?」
「いいえ、ここは私たちの国。この世界には純粋な人間はカイを含めても三人しか居ない」
「と、言う事は、僕はこの異世界に来た三人目の人間ってことなの?」
アーリアは僕の質問には答えないで、食べ終わったスープの器を手に取った。
温かい手が重なり、その手がスープの器を取り、離れようとした。
僕は咄嗟にアーリアの手を掴んだ。
その拍子に、アーリアの手から器とスプーンが離れて床に落ちた。
「アーリア、答えて」
手を握った僕が訴えるように言うと、アーリアは物思いにふけるような少し困った顔をして僕の手を毛布の中に導いた。
「今は、余計な事は考えないで、病気の治療に専念して」
アーリアが甘く優しい声で、毛布を掛けながら囁く。
「どうして? もう、僕は何が何だか……」
僕の言葉にはお構いなしに、おでこに冷たい布をかぶせ「まだ少し熱があるわ」と頬を撫でる。
いつの間にかスープで温められた体が冷えているのが分かり、僕はブルブルと身震いをした。
「寒いの?」
そう言うと暖炉に薪をくべようとして、ベッドから腰を浮かす。
「アーリア」
僕は静かに、その名前を呼ぶと、背を向けていたアーリアがそのまま止まる。
「治るまで何も聞かないから、一緒に居て体を温めて欲しい。その先は体が治ってからにする。だから僕から離れないで居て欲しい」
背中を向けたアーリアの手が、そのままの姿勢で後ろ向きの顔が上がる。
僕は何も言わないで、その様子を見ていた。
しばらく待っていて僕の方に向き直った顔は、少しだけ目が潤んで赤かった。
そして「いいよ」と言ってくれたその声も、少しだけ鼻にかかっていた。
毛布の中に潜り込むアーリア。
僕はその衣服を丁寧に脱がし、いつまでも彼女の暖かさを求めていた。




