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◆◇◆温かいスープ◆◇◆

 温かいスープは、胃の中に入るとまるで愛に満ちた炎のように心の中心から体の隅々まで暖かさが広がり、僕を癒してくれた。

 月並みだけど、まるで魔法。

 愛情のこもった料理だけが持つ魔法の作用。

 体に行き渡った愛情のスープが僕に休むように言っているかのように、最後のひとさじを飲み終わると体が溶けそうに思えるくらいリラックスしているのが分かる。

 食事のあとは薬。

 彼女が薬草を煎じて飲ませてくれた。

 何種類かの薬草が入れられてあり、苦いと言うだけでは表現できない複雑な味。

 その中には強い鎮痛効果のあるものも入っていたのだろう、僕の瞼は直ぐに重くなってきて、体の力も抜けて行くのが分かる。

 彼女の手が僕の首に当てがわれ、背中に置かれた枕を外しそーっと力を抜いて、そこにまるでガラスで作られた精密な彫刻でも置くように優しく僕の体を横にした。

 僕が、その手の導かれるままにベッドに横になると、毛布を掛け直してくれた。

「ありがとう……君は、いったい――」

 彼女は僕の言葉に微笑むと、おでこに唇を当て、冷たい布を乗せた。


 “!?”


 口づけの感覚に閃いた。

 この感覚を確かに知っている。

 彼女は……。

 知っているのに、何故だか思い出せない。

 自分の事が思い出せない以上に、もどかしくて歯痒い。

 彼女の手が、僕の首から肩にかけて出来た毛布の隙間を埋めるように軽くポンポンと叩く。

 まるで赤ちゃんを寝かしつける母親のように優しく。


 目を開けて彼女に“君は誰?”と、それだけを聞けば全てが分かる。

 だけどその気持ちとは裏腹に、僕の意識は遠のいて行く。

 動かないはずのベッドが揺られていて、ポンポンと言う優しい振動はまるで母親の胎内にでも居るような安らぎをもたらし、僕を落ち着かせ深い眠りの底に誘う。


 夜中にベッドが微かに揺れた振動で目が覚めた。 いや正確には、意識がハッキリとしていたわけではないので“覚めかけた”と言う方が正しいのかも知れない。

 さっき飲んだ薬のせいか僕はウトウトしたまま、目を開けられないでいる。

 ベッドサイドに腰を降ろした彼女が、毛布の中から僕の手を取り出して、巻いていた布を外すようなカサカサとした音が聞こえる。


 “包帯の交換の時間なんだな”


 もうろうとした意識の中で、僕はそう思った。

 そう、僕の指は無くなってしまったのか、何の感覚もない。

 そのうちにピチャピチャと言う、どこか怪しい音が聞こえて来た。

 この音は何だろう?

 子供が、大好きな飴を舐めている音に似ているけれど、ここには子供はいない。

 舐める音はいつまでも聞こえてくる。

 最初は全然気が付かなかったけれど、僕の指が舐められたり咥えられてしゃぶられたりしている感覚が、時間が経つにつれてホンノ微かだけど感じ取れるようになってくる。

 でも、まさか。

 彼女が僕の指を咥えて遊ぶ理由がないし、そんなことをして淫らに遊ぶ人でもない。

 僕はその事を確かめるために、重い瞼を一所懸命開けようとした。

 薬には睡眠効果を促す物も含まれていたのだろう、ナカナカ思うように瞼が空かない。

 ようやく薄っすらとだけ開いた瞼に見えた光景に、思わず息をのんだ。

 そこに映し出されたのは、暖炉の赤い火の灯りに照らされた一糸まとわぬ女性の姿。

 真夜中で光が拡散しないので陰影が濃く、それが首筋から肩そして括れた腰から豊かなお尻へと続く、なだらかで優雅な曲線が赤く染まる。

 その曲線が炎の揺らめきを映すように艶めかしく揺れて、僕を誘うように燃えている。

 毛布の上に覆いかぶさるように沈められた、しなやかな体。

 僕の手を両手で抱える彼女の白く細い指の間から、僕の黒く太い指が覗く。

 そして、それを丁寧に舐める舌、愛おしそうに咥える唇、涙で潤む大きな瞳……。

 もう目が開けられない。

 もっと見たいはずなのに、瞼の中に仕舞われた目が足元を見ようとする僕の意識とは反対に何度も上がろうとして、止められない。

 そのまままた意識が遠くなって行くのが分かった。

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