◆◇◆謎の女性◆◇◆
忌の際に夢を見た。
それは暖かい暖炉に当たりながら、本を読んでいる夢。
僕の傍にはアーリアが寄り添い、ルルルが膝に乗って眠っている。
何の本か分からないけれど、僕はその本を二人に聞かせるように、優しく声を出して読んでいる。
外には馬小屋があり、そこにはライシャが居て散歩がしたいと僕を呼んでいた。
僕が本を置くと、眠っていたルルルも目を覚まし「行くのか?」と僕を見上げて言う。
「散歩に出る」と言うと、アーリアも僕と一緒に起き上がる。
外に出た僕はライシャの背中に鞍を乗せ、ルルルを抱いたままその鞍に腰掛けて軽く腹を蹴る。
ライシャが馬小屋を出ると、空からあの大鷲がやって来て僕の肩に乗る。
傍らに居たアーリアを先頭に、あの綺麗な泉のある森を歩く。
森の緑が僕たちを優しく包み、空は限りなく青く輝いている。
「また、お魚が食べたいな」とルルルが言ったので、僕はライシャから降りて釣りを始めた。
静かな泉に波紋が広がる。
ライシャは何も言わないで、草を食べている。
ルルルは僕の膝に乗り「まだかな、まだかな」とニコニコしながら僕が魚を釣り上げるのを待ち、アーリアは僕の体が冷えないように寄り添ってくれる。
大鷲は退屈なのだろうか、再び空に舞い上がり、青い空に幾つもの円を書く。
ここに初めて来たときは尖った棒を使って何匹も獲ったはずなのに、今日は釣り道具を使っているのにナカナカ浮きが沈まない。
でも、なんだかみんな楽しそうに、のんびりと僕が釣り上げるのを待っている。
まるで永遠に、その状況を楽しんでいるように……。
おでこに冷たい物が置かれて目が覚めた。
目を開けると、僕はベッドに横になっていた。
そして目の前にあるのは、華奢でしなやかな細い指が僕のおでこに乗せられた水を含んだ冷たい布を返していた。
銀髪の下にある大きな濃いグレーの瞳が、優しく弓型に曲がり「気が付いたようだな」と安堵したように微笑む。
これも夢の続きなのかと思って辺りを見渡し起き上がろうとすると、その女性はベッドに腰を降ろして優しく僕の背中に手を添えてくれた。
背中に痛みが走り顔をゆがめると「まだ寝てないと駄目ね」と言って、背中に添えていた手の力を抜く。
僕はその手に誘われように再びベッドに横になる。
「ここは?」
僕の問いに女性は「私の家」と答えて、起き上がるときに少しずれてしまった毛布を肩まで掛け直してくれた。
「僕は、生きているのか? それとも……」
言いかけた僕の口を、しなやかな指が抑えた。
「まだ寝ていなさい」
そう言うと女性は部屋を出て行き、僕は言われるまま直ぐにまた眠ってしまった。
どのくらい時間が経ったのだろう。
温かいスープの匂いで僕は目を覚ました。
傍らには、やはりあの銀髪の女性が居て「食べられる?」と、僕の顔を覗き込むように聞いて来た。
「うん」と返事をした僕が起き上がろうとすると、前の時と同じように女性は優しく背中に手を添えて「まだ痛む?」と心配そうに聞いた。
さっき程ではなかったので「少しだけ」と答えると、僕の背中に枕を二つ敷いてくれて手の力を緩めた。
僕はまた、その手に誘われるように枕を背もたれに身を沈めた。
スープを飲もうと手を出して驚いた。
僕の両手は布でグルグル巻きになっていた。
そのとき僕は、指の感覚が無いことに気が付いた。
「僕の指は……」
銀髪の女性は、布でグルグル巻きになった僕の手を包むようにして「大丈夫、きっと良くなるから」と微笑む。
その大きなグレーの瞳に、少しだけ涙が光る。
女性は木のスプーンで、器のスープをすくい、僕の口に運ぶ。
動物の骨で出汁を取った、良い香りが食欲をそそる。
そのうえ、芋と人参と肉まで入っていて美味しい。
僕がペロリと一皿平らげると「お替り要る?」と聞かれたので、素直に「うん」と答えたあと「君の分は?」と聞き返した。
「私の分は心配しないで良いから、貴方は早く体を治す事だけを考えて」と僕のおでこを優しく撫でた。
おかわりをつぎに行く鍋を見ると、それはどう見てもひとり用の小さな土鍋だったので、僕は彼女に「一緒に食べよう」と提案した。
彼女は「私は、いいの」と断ったので「なら僕も、もういい」と駄々をこねる。
すると彼女は困ったように、そして少しだけ嬉しそうに笑い「じゃあ一緒に食べましょう」と言ってくれた。
僕がひとさじ食べると、今度は彼女の番。
しかしどう見ても、僕にくれたものと違って、そのスプーンには具が入っていない。
「駄目だよ。君の方には具が入っていない。それじゃあフェアーじゃない」と、文句を付けた。
「じゃあ、これだけね」
再びスプーンを見せると、少しだけ具が入っていたので「まだまだ」と返す。
しかし、今度は承知してもらえない。
「貴方は病人なの。ちゃんと私の言うことを聞いてくれなくっちゃ駄目よ」
大きな瞳で優しく睨まれた僕は従うしかなかった。




