◆◇◆嵐◆◇◆
ルルルを捕らえようとした鷲は空の上から、恨めしそうにグルグルと輪を描きながら飛んでいる。
ギリギリ矢の射程内ではあるけれど、先ず当たることはない。
下手に射つと、武器の限界を無駄に教えてしまうことになるので何もしなかった。
いくらヤツが大きいといっても、アーリアや僕を持ち上げる事は出来ないだろうし、今度は僕たちも油断しない。
「ふう……助かったぁ。有難うみんな」
ルルルが僕とアーリアに礼を言った。
僕たちは声を合わせてルルルを救った本当にヒーローの名前を呼んだ。
「例ならライシャに言ってやれ」と。
「ライシャが!? モノを運ぶのと喰うことしか能がないと思っていたのに、よく鳥の攻撃に気が付いたな」
「ああ、俺たち草食動物は、君たちと違って視野が広いんだ。ほら目が前じゃなく横に付いているだろ。だから180度見えるのさ。だから空も見えていたってわけ」
「「「ありがとうライシャ」」」
僕たち3人は、そう言ってライシャに感謝した。
昼休憩も終わり、また歩きはじめる。
空には獲物を取りそこなった鷲がまだ恨めしそうに高い空の上を旋回していたので、ルルルにはライシャの背中には乗らずに、その足元を歩くように言いウサギの干物をひとつ高原の中に放り投げた。
「カイ、何をするんだ!」
それを見たルルルが、勿体ないと僕に注意する。
「極上の美人を取り損ねた鷲も、屹度お腹を空かしているだろうから」と、空を指さした。
「敵に塩を送るなんて、お前も随分お人好しだな」
ルルルが呆れたように言ったので「自然界に敵などいないよ」とだけ言っておいた。
確かに敵と思いたくなるのも分る。
だけど、生きていくためには仕方のないこと。
全ての動物が草食動物なら動物同士が殺し合うことはないけれど、もしもそうなれば草や木はあっと言う間に食べ尽くされてしまうし、全ての動物が肉食なら心が休まるときはない。
だからこの世界には、草食動物と肉食動物が居てバランスを保っている。
唯一、そのバランスを保てないのは文明を持った僕たち人間。
考えながら歩いていて、もう一度空を見上げた。
そこにはもう、あの鷲はいない。
無事に僕の投げた干物を食べてくれていればいいのだが……。
次の森を抜けたとき、その向こうに大きな河が見えた。
麓まではもう直ぐ。
この先は高原が続く。
俄然やる気が出て来た僕とは反対に、ルルルたちは何か言葉が少なくなってきた。
何故だろう?
アーリアは、しきりに空を気にしているようにも見えるが、もう空にはあの大きな鷲はいない。
そのかわり空にはムクムクと白い入道雲が空を覆いつつあった。
「ひと雨きそうだな」
僕が呟くと、ライシャが「雨なら、いいのだけれど……」と不安そうに言葉を返してきた。
雨ならって、雨以外何が来るのだろう?
確かによく考えてみると、熱くも無いのに入道雲と言うのはおかしい。
だからと言って、この気温で雪など振るはずもない。
考えられる脅威は雷か?
高原で雷はマズイ。
雲は瞬く間に空を覆い、急激に辺りは暗くなり、そして気温もその暗さと比例するように下がってきた。
今まで吹いてなかった風も強くなってきた。
“嵐!”
急いでこの高原を抜けて森に入りたいけれど、その森も見当たらないばかりか、視界も悪くなってきた。
ポツリと僕の頬に冷たいものがあたる。
降ってきたのは、雪!
そして、瞬く間に風も強くなり、猛吹雪に変わる。
辺りは真っ暗な闇と白い雪に包まれる。
視界は僅か数メートルに狭まり、強い風にさらわれそうになる。
「みんな、ライシャを中心に集まれ! 歩くのはやめて、出来るだけ身を低くして体を寄せろ!」
しかし、一瞬遅くルルルがその風に飛ばされた。
「キャーッ!」
僕はライシャの傍を離れ、ルルルの飛ばされた方に走った。
見捨てる訳にはいかない!
僕と一緒にアーリアも付いて来た。
「アーリア、君はライシャの傍に居ろ!」
振り向いたとき、なにか黒い大きなものが僕の頭の上を通り抜けていくのが見えた。
ライシャだ!
体重が重いから大丈夫と思って油断していた僕がいけなかった。
体重の軽いルルルが飛ばされた後は、身を伏せる事が出来ないで体の表面積の大きい馬のライシャが飛ばされてしまったのだ。
「アーリア!」
僕は身を伏せて、アーリアに抱きついた。
このままルルルやライシャを追っていると、僕たちも吹き飛ばされてしまう。
そうなれば全員遭難してしまい、嵐の去った後で彼らを探す者が居なくなってしまう。
歯がゆさはあったが、ここは我慢するしかない。
アーリアと二人で、地面に水平になるように蹲る。
こうしていれば飛ばされる危険は少なくなる。
しかし……。
猛烈に吹く雪が、次第に僕たちを覆い始める。
「カイ! 大丈夫か!」
アーリアの声が遠くから聞こえる。
この寒さで、僕の意識が落ちかけているのが自分でも分かった。
「アーリア、僕の頼みを聞いてくれるか?」
「どうした?」
「もしも僕が動かなくなった時は、僕の風下にまわって風よけにしろ。そして嵐が過ぎたときに僕が死んでいて君が生き残っていたなら、僕を餌にしてくれ」
「弱気な事を言うな、カイは大丈夫だ!」
「ああ、僕はきっと大丈夫だ。だから、もしもの話だ。そして、餌を食べて元気が出たら飛ばされたルルルとライシャを助け出して欲しい」
「駄目だ、そんなこと」
「約束してくれ、アーリア。こうなった以上、君だけが望みの綱なんだから……」
「カイ! カイ!」
もう、僕には話をする元気も無くてアーリアの呼びかけに答える事も出来なかった。
その代り、おそらく僕の顔の目の前にあるだろうその美しい顔に手を添え、鼻先にキスをした。
「カイ!ヵィ__」
もう僕は、それっきりアーリアの言葉も耳に届かなくなった。




