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◆◇◆カイの涙◆◇◆

「カイ、凄いよ! 私たちクローゼの一味を蹴散らした!」

 木の上からルルルが小躍りするように、飛び降りて来た。

「さすがに、凄い度胸だな」

 アーリアが僕を振り返る。

 一応、賭けには勝った。

 もしも山猫たちのトリックをクローゼに見破られていたら、少なくとも僕の命はなかっただろう。 そう思うと、張り詰めていた気持ちが一気に緩んで、その場に座り込んでしまった。

「大丈夫か!?」

「ああ、ホッとしたら急に力が抜けた」

 ハハハと、久し振りに三人の明るい笑い声が揃う。

「しかし、あいついったい何なんだ? 助けてもらったのに、礼も言ってこない!」

 ルルルが振り向いて、川辺でさっきからズット水を飲んでいる馬を睨んで言った。

「まあ、仕方ないだろ。狼に追われると言う事は、こう言うことなのだから」

「しかし、私は気に入らないぞ。助けてもらった恩人たちに尻を向けたまま水を飲むなんて、どう考えても無神経過ぎる!」

「まあ、馬だから……しかしカイ、これからどうするつもりだ?」

「どうするって?」

「まさか、お前! 何も考えもしないで助けたんじゃぁないだろうな」

 僕はニッコリ笑って言った。

「その、まさか、なんだけど」と。

 珍しくみんなで一緒に笑ったかと思うと、これまた珍しくアーリアとルルルが息を合わせるように、揃ってため息をつく。

「もう、十倍頂こう。今日の朝飯は馬刺し! アーリアなら一人でもあの馬くらいは倒せるだろう?」

「それは、倒そうと思えばできるけれど……」

 そう言って、横目で僕のことを気にして見ていたので、答えた。

「ルルル駄目だよ。それじゃあ助けた意味がないじゃないか」

「そもそも馬なんて、助ける意味があったのか? 貴重な食料を全部狼どもにくれてやってまで」

 狼どもと言うのはチョット問題発言だと思って、ポンとルルルの頭を叩いた。

 だって、アーリアも、その狼の仲間だから。

 でも、アーリアは何も言わないで、じっと馬を見ているだけでルルルの言葉には反応しない。

 そう思っていたら、アーリアが立ち上がった。

「ゴメン。ワレのせいだろう……」

 立ち去るつもりだと思って、慌ててアーリアのお尻をポンと叩いて、お座りさせる。

「そんなことない」

「いいんだ。狼が近づいているのを知った時に、立ち去るべきだったのは知っている。それなのにワレは……」

「んっ? それはどう言うことなんだ??」

 ルルルが興味深そうに首を突っ込んで来て聞く。

 僕は、そのルルルの可愛い仕草に頭をクチャクチャにしてしまった。

「なにするんだ、カイ!」

 当然ルルルは怒って僕を睨み付ける。

 しかし、その視線の先に僕が用意したものはエノコログサ、通称“猫じゃらし”と言われる茎の先に毛虫のような穂が付いたやつ。

 それをルルルの眼の前でクルクル動かせてみると、彼女の目が真ん丸になる。

「ほらっ」

「にゃ、にゃっ!」

「ほら、ほらっ」

「にゃ、にゃ、にゃっ」

 ルルルが猫パンチを繰り出して、取ろうとするが、僕は上手にエノコログサを操って取らせない。

 そうやってしばらく遊んだあとは、ホオズキの実を放って投げると、追いかけて行きそれで一人で遊び出した。

「すまない……」

「気にすんな。仲間だろ」

 ワレが謝ると、カイは優しく笑ってくれた。

 この前クローゼたちと対峙した時、カイはワレの獲物だからと嘘をついてまんまと乗り切る事が出来たが、そのワレが獲物だった者と一緒に旅をしていたらクローゼは必ずワレを襲って来る。

 だからカイは身を挺して、自分の知恵や勇気が只者でないことをクローゼの前で証明してみせた。

 狼の群れを前にしても、少しも怯むことのない心。

 弓と言う強力な武器。

 フェイクだけど、山猫たちを手懐けたように見せかける仕掛け。

 ひょっとしたら群れの中でクローゼだけは、最後の仕掛けを見破ったかも知れない。

 だが群れの皆は、既に山猫に包囲されているものと思い、戦意を喪失してしまっていたから戦いになったときにはもう役に立たない。

 これを無視して挑むなら、下手をするとクローゼは1対3の戦いを強いられることにも成り兼ねない。

 だから、馬に比べて、たった1割程度しかない交換条件をのんで、穏便に事を済ませた。

 もしも昨夜、カイが寝ている間にここを去っていたなら、狼の群れはカイたちを見つけても通り過ぎた事だろう。

 それをワレが居たばかりに、折角貯めた保存食を手放す羽目になってしまった……。


 “ポン”と肩を叩かれた。


「気にするな。と言っただろ」

 カイが、また言ってくれた。

「僕は君に比べて、鼻も利かなければ、耳も悪いし夜には目も見えない。方向音痴の上に、道だって覚えられない。弓やナイフは使えるけれど、素手じゃ君たちには到底かなわない。だから……」

 カイが、そこで話を一旦切って、ワレの体を抱く。

 そして……。

「ずっと僕の傍に居て、力を貸して欲しい。僕が君を守ってあげられることは少ないかも知れないけれど、その時は全力で守って見せる。だからアーリア、傍を離れないで僕を守っていて欲しい」と泣いてくれた。

 男から、こんな弱気な事を言われたのは初めて。

 だけど、情けない奴だとはひとつも思わない。

 寧ろ、その逆で、嬉しくて涙が出ちゃう。

 だって、カイはワレを救うために既に二度も凄い勇気を見せてくれたのだから。

 そう思うと嬉しくて、切なくて、カイの懐に顔を埋めて同じように泣いていた。

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