◆◇◆ナイフGetです!◆◇◆
アーリアが咥えて来たのは、古い錆びたナイフ。
特に“勇者のナイフ”という立派なものではなくて、雑誌などで目にするようなサバイバル用のもので、刃渡りは20㎝ほどある。
だけど見事に錆びていて使い物にならないから、その辺りにあった堆積岩を拾って、それを砥石がわりにコツコツと磨いた。
「ねえ、お腹空いたってば!」
ルルルが体を擦りつけて、オネダリをしてくるけれど、僕は夢中になってナイフを研いでいた。
「これ、食べてもいい?」
干物にしていた魚を恨めしそうに眺めるルルル。
「駄目。それは旅のための準備だから」
「ちぇっケチ」
「ほら、お芋あげるから」
焼いた芋をルルルの前に置くが、ルルルはそれには興味がないらしく見ようともしない。
おおかた赤い錆びの部分は落ちたけど、刃がボロボロで、これではただの尖った金属と言うしかない。刃を整えるために砥石を泥岩に替え、泉の傍で水を掛けながら延々と磨く。
泉に移動するときにアーリアが居ない事に気が付いた。
「ルルル、アーリアはどこ?」
「知らない、いつの間にか居なくなっていた。餌をくれないご主人様に愛想をつかして、独りで旅にでも出たんじゃないの?」
魚を取りに行かない僕に、ルルルは御立腹。
だけど折角見つけたナイフを早く切れる状態にしたくて、僕は研ぎ続けた。
泉に映る空の色が赤色に変わりかけた頃、ようやくナイフが出来上がった。
「ルルル、ほら出来たぞ!」
キラキラと光るナイフを得意そうに見せびらかす僕。
しかしルルルはゴロンと寝転がったまま、目だけを僕に向けて何も言わない。
“そうとう怒っている……”
本当はこのナイフを使って、色々なものを作ってみたかったけれど、これ以上お預けをさせる訳にもいかないので、慌てて魚取りに精を出した。
夕方暗くなって、魚の影が見えなくなるまでせっせと魚を取ったけれど、時間が掛かったわりには二匹しか取れなかった。
まあ、それでもアーリアとルルルの分はある。
そう思って岸に引き返そうとすると、さっきまで居なかったアーリアが水際まで来ていた。
アーリアは僕と目が合うとビクッとしたように見えたあと、顔をそらした。
“どうしたのだろう?”
焚火の方に顔を向けると、ルルルが何だか燥いでいる。
もう一度、アーリアに目を向ける。
アーリアは、泉に口を付けてピチャピチャと水を飲んでいて、目だけが鋭く僕を睨んでいた。
いや、これは睨んでいるのではなく“見るな”と訴えているのだ。
その原因が何なのかは、直ぐに分かったので、僕は少々わざとらしかったけれど大きな素振りで顔を背ける。
アーリアの口の端は、血で赤く染まっていて、ルルルが喜んでいるのはウサギの肉が目の前にあるから。
僕が寝ている間、アーリアは狩りに出ていたのだ。
狼は狩りが上手い。
でも何故アーリアは、その事を僕に自慢しないで……逆に、まるで知られたくないような素振りをしていたのだろう?
まあ兎に角、人と付き合うのも動物と付き合うのも肝心なことは、相手が嫌がるようなことは突つかないということ。
丁度、ナイフも研いだことだし、これは早速切れ味を試してみるしかない。
焚火の傍に寄ってみると、無残にも腹を引き裂かれたウサギの死骸に取り付いたルルルが美味しそうに内臓を食べていた。
人間にとっては結構エグイ光景だけど、自然界の中では極当たり前のこと。
猫は食べるのが遅いので、一段落するまで邪魔はしないで気長に待つことにして、その間に取ってきた魚をナイフでさばいてみた。
さすがにナイフだけあって、よく切れる。
昨日手でさばいたものと比べれば、明らかに綺麗に早く二枚に開くことが出来たので、それを木の棒に挿して遠火で炙った。
水を飲み終わった(おそらくは、水を飲みながら顔に着いた血を洗っていた)アーリアが戻って来たので、ウサギを食べる前に少しだけナイフを使わせて欲しいと頼むと「ワレは、もう食べて来たからいらないから、好きにするがいい」と、そっけなく言われた。
ルルルはまだしばらく食べ終わりそうにないので、その間芋を焼くことにして、ついでに焚き木を集めて来た。
丁度集めて来た木々を火にくべ終わった頃「はぁ~食った、食った」とルルルが満足そうな顔をして寝転んだ。
“さてと、そしたらこのナイフでウサギをさばいてみるか……”
そう思って、ウサギを見たものの……。
おかしら付き。
まあスーパーで売られているものではないので、それは当たり前なのだけど、それにしてもクリスマスで七面鳥の丸焼きをさばくのとは訳が違う。
ルルルが食べ残した内蔵の一部もまだ残っているし、血も滲み出ていて、それに生の匂いと手触りがして、くどいようだけど首から先も付いている。
いっそのことナイフで首から先を落そうかとも考えたけど、いくら死んでいると言っても、そんな可哀そうな事は出来やしないし、僕自身そんな勇気もない。
魚をさばくのとは訳が違う。
あらためて欧米人たち狩猟民族の凄さを痛感するとともに、農耕民族、特に江戸時代までの動物たちに優しかった日本人のソウルを誇りに思う。
しかしこのままでは旅の食料にも影響するので、目をつぶって嫌々足の肉をそぎ落とした。
僕の勇気は、ここまでが限界。
やはり戦争や、人殺しと言うものは尋常じゃないと思いながら、肉と皮の間にナイフを刺して肉だけにしたあと足先をツタで縛って遠火に掛けた。
たったこれだけのことで精神がズタズタになり、腰が抜けたように寝転がっていると、アーリアのお腹がグーっとなるのが聞こえた。
「残りは食べていいよ。僕はもうイイから」
「いや、いい」
「でも、お腹が空いているんじゃないのか?」
「……」
またアーリアのお腹が鳴った。
「じゃあ、一緒に芋でも食うか!」
僕が火にくべていた芋の皮を剥き、前に差し出すと、アーリアはそれを食べ始めた。
「君、ベジタリアンなの?」
「そんなことない」
そう言いながら、アーリアは2個目の芋を頬張っていた。