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◆◇◆出発!◆◇◆

 アーリアと話しながら泉の所まで戻ると、ルルルが木の上でのん気に居眠りをしていた。

「遅い。お腹空いた!」

 寝ていると思ったルルルは僕たちが来ると、直ぐに起き上がって文句を言い、それから背伸びをして木から降りて来て上着に詰めた山芋と果物を覗いて見ると不服そうに「カロリー不足で死んじゃいそう」と、また寝転ぶ。

 アーリアは、その態度が気に入らないらしく、寝転んだルルルを鼻先で突いて転がす。

 ルルルの方も、黙ってはいなくてアーリアに鼻に猫パンチを見舞う。

「やれやれ」と、僕はズボンの裾を巻き上げて、泉に向かった。

 三匹魚が取れた所で、少し悪戯がしてみたくて、木の棒に石を括りつけて投げ落としてみた。

 森の中にある泉と言えば、童話「金の斧」で有名なシチュエーション。

 元居た世界では単なる御伽噺でしかなかったけれど、ひょっとしたらこの異世界とやらでは何かが起こるのかも……と淡い期待を胸に、木の棒を沈めてみた。

 僕の知っているお話しのまま物事が起きるならば、泉からヘルメスという綺麗な神様が現れて「今、この金の斧を落したのは、お前か?」と聞いて来る。

 違うと答えるとヘルメスは銀の斧を見せてまた聞いて来るので、私の落したのは普通の斧ですと答えると。正直者だと褒めてもらい金の斧も銀の斧も、落とした普通の斧もくれると言うお話し。

 まあこんな話は有り得ないし、今は金や銀を貰ったところで、何の価値もない。

 今僕が一番欲しいのは鉄の斧ではなくて、鉄のナイフ。

 僕が泉に落としたのは木の棒なので、ヘルメスに褒められるほど正直に答えたとしても、貰えるのは質量の異なる棒と言う事になる。

 それでも暫くは泉の中を見つめていた。

 しかし、何も起こらない。


 “まあ、仕方がない”


 諦めて木の棒を沈めたまま、それに結び付けたツルだけ持ってアーリアとルルルの所へ戻り、二人に一匹ずつ魚を与えた。

 残りの一匹は細い棒を使って、ふたつに開いて遠火に置いた。

「あれ、カイは食べないのか?」

 ルルルが聞いて来たので、僕は一匹を保存食にすると伝え、その代りに山芋を焚火の中に入れて目を瞑った。

 急に疲れが出てきた。

 アーリアを信用していたが、万が一負けそうになった時は僕が助けなくてはならない。

 もちろん狼と戦ったことはないし、僕と同じ位の体重の狼と素手で戦って勝てるとも思っていなかった。

 一応ムチのように良くしなる木を持ってはいたが、気休めにもならない事は知っていて、いまそのときの緊張した疲れが急に出て来た。

 いつの間にか眠っていた。

 夢の中で、泉の中から出て来たヘルメス神が、僕に特別なアイテムを与えてくれると言う展開もない。

 ただただ、真っ暗な闇の世界での眠り。

 布団も毛布もない、野原での昼寝。

 それでも寒さを感じないのは焚火だけのおかげではない。

 この温もりは屹度アーリア。

 だいぶ目の覚めかけて来た僕は、その優しい体を撫でていると、アーリアも僕の顔を舐めだした。

 ルルルは今朝と同じように僕とアーリアに挟まれて絶好のポジションで寝ている。

 目を開けると直ぐそこにアーリアの端正な顔があった。

「だいぶ疲れたようだな」

「すまない。まあ昨日来たばかりだから、色々な事に慣れなくて」

「帰りたいか?」

「さあ……」

 僕が帰りたいと願っても、元の世界に戻れるわけもない。

 逆に帰りたいと言う事で、折角友達になったアーリアの気持ちに対して悪いと思って何も答えなかった。

「火が消えそうだな」

 話をそこで打ち切りたかったのもあるが、それよりも火を起こすのは重労働だったので、焚火が消えないようにしたくて木切れを探した。

 枯葉や枯れ枝は直ぐに火がついてくれたけれど、若い枝は水分が多くてナカナカ燃えてくれない。

 でも一旦火がつくと、その分長く燃えてくれる。

 “しまった!”

「どうした?」

「寝る前にくべた芋!」

 そう。僕は焼いた山芋を食べようと思って、火にくべて、そのまま寝てしまったのだ。

 あれから何時間たったのか分からないが、今頃は炭になっているに違いない。

「大丈夫だよ」

 アーリアが優しく微笑んで、目で合図する。

 合図されたその先を見ると、ルルルが芋を大切そうに抱いていた。

「これは?」

「火の中からルルルが取り出してくれた。器用に何度も猫パンチを繰り返してなっ」

 太陽の位置は天頂よりやや西にずれていた。

「さて、ルルルに食事をせがまれる前に、魚でも獲って来るか……あれ、棒がない!」

「棒は君が泉の中に沈めたままだろ」

「あっそうか」

 ついにヘルメス神は、現れなかった。

 まあ、仕方ない。

 棒に巻き付けてあったツルを引く。

 特に金の棒になった重さもなく、僕が沈むように巻き付けた石の分だけ重くなっている。

 巻き上げているとき、ツルに微妙な感覚が伝わってきた。

 石のついた棒が何かに当たった感覚。

 硬いが石のように単純な形をした者じゃなくて、ともすると外れそうになる人工的に形を作られたものの様な気がした。

 ゆっくりと注意深くツルを引くが、あともう少しの所で外れそうになる。

 慎重にツルを操るが、どうにも上手くいきそうにない。

 そう思ったとき、隣で見ていたアーリアが急に泉に向かって走り出した。

「アーリア!」

 僕の声などまるで聞こえなかったように泉に入ると、そのまま潜ってしまった。

 こういう泉には必ずヌシが居ると言われる。

 心配で僕も泉の中に入った。

「アーリア! アーリア!」

 胸の辺りまで浸かったとき、アーリアが浮かんできた。

 そして、その口には何か赤く尖ったものが咥えられていた。

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