記憶を無くした僕の異世界転生デビュー
何も考えることのない、ただ、真っ暗な世界。
過去のことも、未来のことも、そして現在の事も。
いつまで続くのか、いつから続いていたのか、いつ終わるのかさえ分からない。
夜、僕は目が覚めた。
目に見えるのは、いつも目にしていた煌めく星明り。
俺は今まで何をしていたのだろう?
そしてここは、どこなのだろう?
ぼんやりと夜空を見上げていた。
しかしその夜空は、いつも僕が見ていた夜空とは何かが違う。
何が違うのだろう?
そして今まで見慣れた夜空と言うのは、どこで見ていた夜空なのだろう。
地球。
そうだ、僕は地球で暮らしていたのだ。
そして、この夜空は明らかにその地球から見るものとは違う。
だけど、どこがどう違うのか、肝心なところが分からない。
それだけでなく、僕がその地球で何をして、どう生きていたのかさえも。
“ここは、いったい何処だ?”
「どう?異世界へ転生した気分は?」
聞きなれない女性の言葉に振り向くと、そこにはただ金色の猫がいるだけで、他に人の姿はない。
“異世界転生?”
“金色の猫”
“話せるのか?”
「そうよ、ここは地球ではなく、地球に似た異世界」
やはり喋っているのは金色の猫だ。
家猫よりも少しだけ大きいから、山猫なのかも知れない。
「お前、喋れるのか? ってか、異世界転生って小説や漫画の世界じゃないのか!?」
「喋る猫なんかで驚かないで。異世界転生なのだから君には魔法の能力も有るかも知れないのよ、だからその魔法の力を私に見せて頂戴」
魔法と言われても、何をどうすればいいのかサッパリ分からない。
試しに「出でよ!カレーライス‼」
と、唱えても居たものの何も出てこなくて、近くにある泉から冷たい風が流れて来ただけだった。
「旅に出るんだな」
「旅?」
金色のネコに旅に出ろと言われて、少しだけ思い出した。
ロールプレイングゲームのはじまりは旅だ。
旅に出て仲間やアイテムを増やして強くなり、最後はボスキャラを倒すのが基本。
ところで現在の僕の強さはどの位だ??
それに武器は?
特性は?
魔法使い?
剣士か?
それともアーチャー?
「まあ、そう焦るな。まず今の君のレベルは攻撃力・防御力・魔法の全てが1。つまりまだ普通の人間だから、最下層の物にさえ苦戦する」
「ひでえな、そんな僕に武器も与えずに旅に出ろと?」
「まあ、文句を言うな。初期のサポートは私がしてやる。試しにそこに落ちている石を拾って、この木に当ててみろ」
なるほど、そう言うことか。
つまりこの木を敵に見立てて戦闘の練習をする訳だ。
僕が木に石を投げる。
僕は異世界転生人だから、投げた石は高熱を帯びた流星となって、木っ端みじんに木を砕く。
僕はなんだかワクワクしながら、金色の猫が指さした木に向かって石を投げた。
コーン。
木に石の当たる好い響きが森にこだましたが、なにも起こらない。
「アンタふざけてんの!隠さないでチャンと魔法を見せないと引っ掻くわよ!」
こんな大きなネコに引っ掻かれたら溜まった物じゃない。
だから僕は仕方なしに魔法を使うことにした。
「欠伸をしてみて」
「欠伸?!」
金色の猫は僕が言う通り、欠伸をしてみせた。
「おい、何も変わらないぞ」
「そうか……じゃあもう一回欠伸をしてみて」
金色の猫は僕の言う通り、もう一度欠伸をしてみた。
しかし結果は同じ。
「じゃあもう一回」
僕に言われるまま、金色の猫は何度も欠伸をした。
そして、いつの間にか眠たくなったらしく、直ぐに転寝を始めた。
「ふっ、他愛もない」
金色の猫が眠ってしまったので僕も寄り添うように一緒に寝た。
ウォーーーーン
遠くで響くオオカミの遠吠え。
この時、僕たちに危険が迫っている事などまるで知らずに、僕と猫は優しい緑に包まれて幸せに寝ていた。