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29―屍を操る力

「戦場はつまらんかったんで離脱してきたんじゃ!かつて英雄と称賛されたこの疾風のローマンには、援護は向かんのじゃ!」


雪のように混じりけなく白く長い眉や髭を震わせながら、アルテンブルク王国の山奥で隠居中のはずであった水晶職人ローマン・ゲーゲンバウアーは、かつての武勇伝と、この度の退魔連合軍を相手取った戦闘への不満を熱く語っていた。


それをにこやかに頷きながら聞いているのは、豊満な肢体に丈の短い真っ赤なタイトドレスを纏った妖艶な美女。

彼女は普段、アルテンブルク王国の西の森に静かに独り暮らしをしている、ネクロマンサーの家系の唯一の生き残り、テレーゼ・パウラ・ブリューゲル伯爵夫人である。

彼女が家名を継いで当主となったために伯爵夫人という称号を持っているが、未婚で結婚相手を探している真っ最中だったりする。

輝くようなハニーブロンドのシニョンは高く結い上げられ、垂れ気味の大きな目から覗く飴色の瞳に見つめられれば、並みの男ならばイチコロであろう色香を放っている。


「大変でしたのね。でもあたくし、おかげで助かりましたわ。難しいことは苦手なんですもの。ローマン様がついていらしてくだされば、怖いものなしですわ」

「お前さんは、ちいと危なっかしいからのう」


うんうんと満足げに頷きながら、ローマンは機嫌を良くする。

自然と相手を褒める前向きな性格のテレーゼと、おだてに弱いこのローマンは相性が良いのか、周囲が思う以上に仲が良かった。

今回、イヅノメ皇国での調査へ向かうテレーゼの補佐を、ローマン自ら名乗り出たほどである。

彼の得意の風魔法は移動にも便利であるし、呪術絡みと見られる屍の行脚についての考察役としても、知識人であるローマンは適任と言えた。

最近の活動っぷり、特に馬車馬のように彼を働かせた女王に自ら協力するようになった様子を見ていると、この老人は隠居はやめたのかとすら周りは勘ぐり始めたが、本人は面白そうなことが尽きればまた山奥に引っ込むつもりでいる。


「ところで、この茶は上手いのう」


女王一行が出払った後の皇城の東の離れ棟で、彼ら二人はお茶を飲みながら話をしていた。

その世話をしているのは、女王たちの世話で魔族慣れしてしまったいつもの女官である。


「お気に召して頂けて幸いです」


にこやかに茶を注ぎ足す女官に、ローマンもまた気の好い老人の顔で皺を深めて微笑み返す。

つられてにこにことするテレーゼの艶やかな笑みにも慣れ始めたこの女官は、ここへ来た二人がまた優しそうでよかったと安堵していた。


彼らはここで寛ぐ前に、きちんと仕事をしてきている。

各地に駐留し警備の代行をつとめるアルテンブルク王国軍の話を聞き状況を把握することに始まり、墓地に呪術の痕跡や材料を探したり、歩き回る屍を数体解体して調べたり、それらを被検体として魔法や呪術を試したりした。

主にそれを実行するのはテレーゼであり、ローマンはあくまで補佐と考察に徹していた。


その結果、見事に一本の毛もない老人の光る頭は、いくつかの推論を導き出していた。


「つまり、こ奴らを動かしとる力は、基本的にお前さんの持つ屍を操る能力と、ほとんど変わらんっちゅうことじゃな」

「そのようですわ」


自分の他に老人と女官しかいない部屋で、無駄な色気を無意識に撒き散らしながら、テレーゼは頷く。


「殺された獣の死骸が何かに打ち付けられていた場所を繋ぐと、ちょうどあたくしの知る魔法陣によく似たかたちになりますわ。死者の名を唱える代わりに墓標に刻まれた文字が機能しているようでしたし、魔法陣、魔力属性も“死者の再現”に調整されておりましたもの。あたくしの力を使う際に必要な条件は、揃えられておりますわ」


テレーゼの持つ魔力属性“死者の再現”というものは、魔族の中でも希少で特殊なもので、この存在を知らない者も多い。


魔族の魔力は基本的に、先祖である精霊から受け継いだものである。

基本的に魔法というものは、魔力とその使用者の意思さえあればその発現に道具や儀式的な行為を必要としなのだが、例外がある。

(ことわり)の異なる精霊界とこの世界とでは魔力の発現方法が違うために、魔力属性によっては呪術的な行為による補助がなければその効果を発揮できないものもあるのだ。

“死者の再現”はこれに当たり、テレーゼが魔力を発現し屍を操る際には、常に獣の血で描かれた魔法陣と死者の名を唱えるという行為を必要としていた。


「妙なのは、魔力の使用者が見当たらないにも関わらず、地中から必要な魔力が常に供給状態にあることですわね」

「ふむ。それについちゃ、王様が連れて来たっちゅう地理学者の残した報告書から、ヒントを得られそうじゃな」


暗灰色の瞳に好奇心の光を宿して、豊かな眉の奥からローマンはヨハネスの記した報告書に目を遣る。


「自然には存在せんはずの魔力が蓄積されとる、この五点を繋いだ形は五芒星。この中心と、先程お前さんが地図に描いて見せた魔法陣の中心は、一致しとる。これを偶然じゃと思うかのう?」

「まあ!それが偶然でしたら、奇跡ですわね!」


飴色の瞳を無邪気に輝かせて、テレーゼが微笑む。

悪気の無い彼女の純粋さに、ローマンの皺の深い顔は苦笑いを浮かべたのだが、敢えて彼はなにも指摘しなかった。


「ちゅうことは、偶然じゃなかろうて。ここへ行ってみることじゃな」


ローマンが立ち上がると、つられるようにテレーゼも立ち上がる。


「あ、足が…」


しかし率先して腰を上げたはずの老職人は、その場にすっ転んだ。


「つってしまったんですの?」


妖艶な美女は、その悩まし気な風貌には不似合いなほどに愛らしく、きょとんと首を傾げる。


「痺れた…」


しわがれ気味の声がボソリと響き終わらないうちに、ローマンの身体を風が取り巻き、ヒュルヒュルと持ち上げた。


「これで行きゃ、いいわい」


その意図を察したテレーゼが、紅を引いたぽってりと厚い唇を綻ばせて、にこりと笑いかけながらローマンの傍へ寄る。


「ご一緒させて頂けますのでしょう?」


上目遣いに覗き込むようにする彼女の婀娜っぽい仕草と、ざっくりと開いた胸元が視界に大きく入ってくるのを見たローマンは、孫ほども年下のテレーゼが心配になった。

テレーゼがこれを無意識でやっていることを、この老人はよく理解しているのである。


「ああ。ついて来るが良いわい。ただお前さん、その…今度この老いぼれが、新しいドレスを買ってやろうな」

「まあ、嬉しい!新しいお洋服何て何百年ぶりかしら!楽しみですわ」


大人の色気を噎せそうなほどに振り撒きながら、偏屈爺を好々爺に変えてしまうテレーゼの才能とは、類稀なものであろう。


ローマンの風魔法がテレーゼを巻き込んで、浮遊させる。

二人を乗せた風はその速度を上げて、皇城から運び去った。


着物の裾を押さえながら呆気に取られた女官は、何も言えないままにそんな彼らを見送った。





「あら、これは何ですの?」

「お前さん、そんなもんを不用意に触っちゃいかんわい!爆発でもしたらどうするつもりじゃ?」

「あら、だけど何ともございませんわよ」

「そりゃあ、運が良かったんじゃ!得体の知れないもんをいじって、何が起こるかわからんのじゃぞ?」

「ごめんなさい…」

「わかりゃあええ。お前さん自身のために、気を付けるんじゃぞ」

「わかりましたわ」


目的地で見つけた祭壇のようなものを、テレーゼは好奇心から躊躇いも無く触ってしまった。

その時、そこに置かれていた物の配置が色々と変わってしまったようである。

この行為が女王たちの命運を分けることになったとは、彼女には知る由も無かった。

テレーゼさんの肌の美しさを今回は描写し損ねました…。

お色気担当なのに!

またの機会にしたいと思います。

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