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5―親友の助言

唯一の魔族の国であるアルテンブルク王国は、人間の国が多数ひしめき合っている大陸とは少し離れた場所に位置する、独立した島国である。

記録によると、二千年以上前にはその場所は海だったのだが、二千年ほど前に何らかの力が働いて土地が隆起、島が現れたとされている。

つまり、建国以来、おおよそ二千年の歴史を持つ国ということになる。


人間界では、そこは悪魔の住む島とされ、魔王の住む魔王城があるのだと、恐ろし気に語られている。

悪魔は好戦的で、気まぐれで人間を惨殺するものと噂され、常に人間たちの脅威として認識されてきた。

しかしその実態は、アルテンブルクの歴史上ほとんどの期間、人間界と全くと言っていいほど関りを持たずにきた。

多くの魔族は、生涯島から出ない。

わざわざ濡れ衣を着せられに行く目的も魅力も、人間界に感じないのである。


現在のアルテンブルク王国を治めるのは、世にも美しい女王である。

染み一つない白く滑らかな肌、それを際立たせる艶やかな長い黒髪、すっきりと気品溢れる鼻梁、薄紅色のふっくらとした唇、そして何より吸い込まれそうに深く青い瞳に、惹きつけられない者はいない。


傾国の美女という言葉があるが、この美女は国を傾けない。

自称暴君なのであるが、即位して七十余年辣腕をふるい続け、少々強引な改革は必ず成果を上げ、絶対の信頼と支持を得ている。


唯一、国民がこの女王に関して案じていることといえば、世継ぎについてであろう。

独身を貫き、愛人も囲わぬ潔癖な彼女に、良い相手はいないものかと心配する国民は多い。


何せこの女王は恋愛というものを信用しない。

せっかくの美貌が泣いているとは、皆が声を揃えるところである。

政略結婚ならばしてもいいと本人は思っているようだが、相手が彼女に惚れてしまっては最早気に入らないのだという。

この女王は絶世の美女だけに、それは難しい条件だった。


ところが最近、けしからぬ噂が飛び交っている。

女王が人間の少年にご執心、というものである。


人間というだけで、魔族の印象は悪い。

長年に渡って謂れのない罪を被せられて誹りを受けてきたのだから、当然のことだと言える。

魔族からしてみれば、ごく単純に言ってしまえば、人間のほうこそ悪者に見えるのである。


従って、自分たちの清らかな女王が悪い人間に誑かされた、という見方が出てくるのも無理はない。





「対策を講じねばなりませんね」


淡い金髪に陽の光を受けながら、アルベルトがぼそりと漏らす。

主君の外出中、置き去りにされた従者は、そうとは知らず主君を訪ねてきた客人をもてなしていた。


「そう深刻にならなくてもいいだろう。どうせ人間の寿命なんて、たかが知れてるんだし」


長い脚を組んでソファから投げ出している、豪胆な若い女が愉快気に答える。


まっすぐな白銀の長髪を高い位置で結い上げ、健康的に日焼けした肌には艶があり、琥珀色の鋭い目つきを表情の人懐っこさが和らげて見せている。

鍛え上げられた長身に、黒地に金糸の刺繍をあしらった上品な軍服を着こなした彼女は、この場における客人であり、アルテンブルク王国軍の総帥にして、数少ない女王の親友である。


「好きにさせてやればいいだろ。やっと男に興味を持ったんだから。大きな進歩だ」


ずずい、と音を発てて、マナーなど気にしないといったふうに、彼女はお気に入りのカモミールティーを啜る。


「相手の人間をご覧になったことがないから、そのようなことをおっしゃれるのですよ」


アルベルトは、さも不愉快だと言いたげに眉根を寄せ、窓の外を見て溜め息を吐く。


「じゃあ、今度見に行かせてもらうよ。あの男嫌いがどんなのを気に入ったか、大いに興味がある」


彼女は焼き菓子からアーモンドの粒を抜き取って、ぽいと上向きに放り投げ、その放物線上の軌道の先で口を開けてキャッチした。


「クラナッハ総帥。そのような下品な振る舞いはおやめください。爵位が泣きます」


彼女、ミリヤム・クラナッハは、平民の出ながらその実力で王国軍元帥にまで上り詰め、女王に気に入られて爵位を与えられ、その爵位もみるみる引き上げられて公爵夫人となった才女である。

本人は貴族となったことをあまり喜んでおらず、公爵夫人と呼ばれるよりは、総帥と呼ばれることを好んでいる。

そのため、アルベルトもその意を汲んでそうしているのである。


「いいんだよ。この爵位はお高くとまったり威張り散らしたりするために受け取ったわけじゃない。あたしの下で働く奴らを守るために持っとけって、エルの説得に納得したからもらってやったんだ」


上品に振る舞うことと、お高くとまることは全く違う、とアルベルトは思うのだが。

その点に関してはもう反論を諦めた。その代わりに、


「陛下とお呼びください」


と、ミリヤムだけが使う“エル”という愛称について窘めてみる。


「本人が許してるのに、従者のお前にとやかく言われたくないね」


アルベルトは、先程と変わらぬ深さの溜め息をついた。

彼女には何を言っても、変わらないのだろうと思った。


「誰も彼も、陛下の評判を気遣わなさすぎます」

「本人をちゃんと見ないで悪く言うような奴には、言わせておけばいいんだよ」

「国王というお立場では、国民全員と面会しているような暇はありません故」

「会ってなくても、この国を見ればわかるだろう。王の器なんて」


そういう者ばかりなら苦労はない、とアルベルトは思う。しかし、現実はそう簡単にはいかない。


「事実、人間の少年ひとりに手厚すぎる保護をしているというだけで、あちこちからあらぬ噂が聞こえてくるのです」


むしゃむしゃと、焼き菓子を頬張りながらミリヤムが口を開く。


「保護っていうか、飼ってるって言った方が正しいんじゃないか?」


アルベルトは否定できず、苦い顔になる。


「まあ男なら、あれだけの美人に飼われて、悪い気はしないと思うけどな。お前も正直羨ましいんだろう?」


実は少し羨ましいと、この従者は思っていた。


「わたくしは、誇りを持って陛下にお仕えしております」


しかし、選べるならばやはり忠臣でいるほうを選ぶというのも、彼の本心である。


「ふうん。まあ、いいけど」


クリームのついた指をぺろりと舐めるミリヤムを見て、アルベルトは黙って眉を顰めた。


「普段国に尽くしてる女王サマなんだ。初恋くらい、見守ってやればいいんじゃないか?」

「簡単におっしゃいますが、あの人間は口も利かぬ無礼っぷり。陛下は明らかに疲弊しておいでです」

「は?あの完璧美女に文句がある男がいるってのか?」

 驚いた弾みで、ミリヤムはフォークで菓子をぐしゃりと潰してしまった。

「そこがよくわからないのですよ。世話係の報告によると、反抗的な態度をやめた頃から目が死んでいるとかで」

「そりゃ…多分何かやらかしてるな」


うんうん、と、何かを察したかのように、ミリヤムが頷く。


「お前が調教すれば?」

「調教、ですか?」


その言葉の響きに怪しいものしか感じなかったアルベルトは、ミリヤムに問い返す。


「お前はその人間が気に入らない。だったらお前の気が済むように教育してやればってこと。エルに相応しいって周りが認めるような、文句の付け所の無い奴に育ててやるんだよ」


そう簡単にいくわけがないと、アルベルトは思う。

しかし、何もせず手をこまねいているよりは、確かに現状改善の見込みのある案だ。


「やってみましょう。陛下のために」


焼き菓子の残りかすをティースプーンで豪快に搔き集めているミリヤムのことも、誰か教育し直してほしいものだと、アルベルトは心底思った。

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