第8話 「孤」独な魔法使い
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「まずはお互いの戦力分析よ。レン、貴方のスペルカードを見せて」
錯乱状態から戻ってきたレアは、二人が座るテーブルの上で冷静に作戦会議を続けた。俺は先程カウンターで作ってもらった一枚の札をレアに手渡した。
「メインスペルは……『無』? 何これ?」
「あぁ、なんか俺の能力は無生物を消す力みたいだ」
「はぁ!? 何よそれ反則じゃないの……こんなの見たことないわ。……でも肝心のモンスター自体に効かないんじゃ攻撃力にはならなそうね」
真剣な顔で分析するレア。さっきまでとは打って変わって頭の回転速いな。
「……これでも地元の学校では常に主席だったんだから。それにしても公用語は0か、本当に初心者なのねレンは」
「まぁな……。そもそも公用語ってどうやって習得するんだよ」
「一番は誰かに教えてもらうことね。敵から受けたりして覚える事もあるけどまぁ公用語を使ってくるモンスターはかなり少ないわね」
なるほど、いわゆるラーニングってやつか。……ん? ここで俺は頭に引っかかりを覚えるがスルーした。
「じゃあレアが何か覚えているものを教えてくれよ」
俺の言葉にレアは、待ってましたといわんばかりの得意げな笑みを浮かべた。
「いいわよ! 同じパーティーの仲間ですものね! 見なさい! このスペルの数々を!」
同じパーティーというのを強調しながらレアは、自分のスペルカードの公用語の部分で見せ付けてきた。
「おお、一杯あるな。何々……? 火、水、風、土、光、力、盾とな?」
「そうよ! しかもどれも使いこんで成長間近よ! ここまでの数の公用語の熟練度が高くなってる冒険者はなかなか居ないんだから!」
自慢げに言うレア。
「何でだ? 他の街にいけばもっと強い冒険者は沢山いるんじゃないのか?」
「……強い冒険者は沢山いるわ。でもそういう人たちは大抵メインスペルが戦闘用に特化してるから大体はそっちの熟練度を上げてるのよ。その方が応用力も上がるしね。公用語は育てても一つか二つ程度のモンよ」
「メインスペルが戦闘用じゃない人もいるだろ? そういう人達はどうやって戦うんだよ」
俺のそんな質問にレアは、分かってないわねとでも言いたげな顔を浮かべてこう続けた。
「そういう人はそもそも生活職に就くんですもの。『建』だったり『縫』だったり……原料を生産する『鉄』や『糸』なんてのも居るわ。だから戦闘でしか成長できない公用語を沢山育ててる人は少ないの。……というか育てようと思う人は稀よ。『火』一つ例に挙げても、ランプに火を灯す程度の威力から始まるんだから気の遠くなるような作業になるんですもの。大抵の人は料理の着火用とか、生活のちょっとした事に使うだけだわ」
……なるほど。普通の人にとってはライターみたいなもんか。……と、ここまで聞いた俺は当然の疑問を口にした。
「じゃあ何でレアは公用語を育てつつ冒険者をやってるんだ?」
俺の質問にレアはバツの悪そうな顔をして答えた。
「……私のメインスペルは生活職に向いてないからよ。というか最初の時に見たんじゃないの?」
最初の時……? ジト目で見つめてくるレアをよそに、俺は記憶を辿った。あー……そういえば足に何か書いてあったような……?
「……下着にばっかり目が行ってたんじゃないでしょうねこの変態」
「そ、そんなこと無ぇよ! あの時はテレポートさせられてきたばっかりで混乱してただけだ!」
取り繕う俺を非難するようにじっと見つめるレアであったが、
「まぁいいわ。それなら実戦で見せてあげる。何か簡単な討伐クエストをやりましょう」
そう言うと席を立ちクエストボードの方へ歩いていった。
§
「いい? ゴブリンは少数の群れで行動するわ。あんなふうに」
俺達が請けたのは【ゴブリン討伐】だ。街から少し離れた森に生息するゴブリンの数が増えてきたので討伐してほしいとの事。という事で俺とレアは、ゴブリンの集落を遠目の茂みから覗いていた。
「それでどうするんだよあんなに一杯」
「まぁ見てなさい。私の戦い方を教えてあげる。此処で待ってなさい」
そう言い残してレアは勢いよく群れへと飛び出していった。オイ大丈夫なのか!? 俺が心配しながら見ていると、何とゴブリン達はレアを中心に避けるように散っていった。何だ……? 何もしていない様に見えるが……。そのままレアはゴブリンがいた辺りの地面にしゃがみ込んで手をかざしている。それをあちこちで同じ事をやると、こちらに戻ってきた。
「何したんだ?」
「しっ! 静かに。後は待ちよ」
疑問しか浮かばない俺は言われた通り茂みの中で待っていた。しばらくすると、散っていったゴブリン達が戻ってきた。ゴブリン達が何事も無かったかのようにたむろって居ると……。
――ボゴォォン!
そんな音がしてゴブリン数匹が“消えた”。いやよく見るとゴブリンが居た場所には大きな穴が開いていた。
「かかったわ!」
レアがグッと拳を握ってガッツポーズをした。
「どういうことだ?」
「『土』で地中の土を操作して中を空洞にしておいたの。ゴブリン数匹が乗ると耐えられなくなって落ちてしまう様にね」
さっきのは落とし穴を作ってたって訳か。しかし……
「なんか地味だな」
「これが一番安全なの! ほらトドメを刺しにいくからちゃんと見てなさいよ! レンに公用語を教える為でもあるんだから!」
そう言ってる間にゴブリンの群れは全て穴に落ちきっていた。近づいてみると意外と深く、ゴブリン達は這い上がることが出来ずにもがいている。
「側面に向けて圧縮するように土を移動したからね。壁は硬くて指も足も入らないわ。そして最後は……『火』!」
レアの魔法は穴の中のゴブリン達を焼いていった。……なかなかエグいことするなこいつは。そう思っていると穴の中からポンッ! っと何かが弾けるような音がした。
「これでおしまい! ほら見なさい」
レアが指差す穴の中を見ると、中にはゴブリンの亡骸……ではなく鈍く光る石が散らばっていた。
「あれが“クリスタル”。モンスターの経験値が詰まった結晶よ。これをギルドに持っていくと換金してくれるの。もちろん手数料は引かれるけどね」
そう言いながらレアは穴の中のクリスタルを「風」で拾っていった。
「ほら次行くわよ! レンが使えるようになるまでやるんだから」
……ここから数時間、レア教官の公用語実習は続いた。
§
「まぁいいでしょう。後は戦闘で使っていくことでスペルは成長して、自然と応用も利く様になっていくわ」
熱心な指導の甲斐あって、俺は火、水、風、土、力、盾のスペルを一先ず使えるようになった。だいぶ疲れたが。
「……というかアンタ、なんで覚えてすぐにそこそこの威力が出せるのよ! 私の時なんて最初が一番大変だったって言うのに……!」
……そんな事をいわれても。
「教わる人によって違うもんなんじゃないのか?」
「そんな事ないわ! 誰に教えられようが、最初は一からスタートって本に書いてあったもの。だからアンタも低出力からのスタートになる……はず」
「はず?」
言葉尻をすぼませるレアに、俺は思わず聞き返した。
「……実際に人に教えるのは初めてだから……」
さっきまでの勢いはどこへやら。消え入りそうなレアの声に全てを察し居たたまれなくなった俺は、急いで話題を変える事に決めた。
「で、でも結構狩ったからクリスタルが結構な数になったな! ……持って帰れんのかよこんなに」
するとレアは、気を取り直したように先程までの態度に戻り、教官の顔で教えを説いてきた。……調子いいんだか悪いんだか。
「全部は持って帰らないわ。まぁ全部持って帰れたとしても所詮はゴブリンのクリスタルだから大した金額にはならないけど……余分なのはこうするの」
そう言うなりレアは、クリスタルを一つ持って自分の胸の辺りにあてがった。
「“許可”」
そう唱えるとクリスタルは光の粒になってさらさらとレアの体に消えていった。
「こうすると基礎ステータスが少し上がるの。クエストの報酬は依頼主が成功を確認してから後日受け取りになるから、取り急ぎ必要な金額分とギルドに納める分だけ残して後は使っちゃいましょ」
そう言いながらテキパキと選別をしていくレア。……逞しいなコイツ。疲れた体を動かしながら俺はそう思った。
§
「なぁ、結局レアのメインスペルは何だったんだ?」
夕暮れ時の帰り道、俺はレアに気になっていたことを尋ねた。
「……私のスペルは『孤』よ」
「『孤』?」
「さっきゴブリン達が私を中心に逃げて行ったでしょ、私の近くにいる生き物は不快感や嫌悪感、本能的な危機感を感じてしまうのよ。私を一人にしたいかの様にね」
吐き出すようにそう言うレアの顔がやけに寂しそうに見えたのは錯覚ではないだろう。なぜならレアは生き物と言ったのだ。
「……もちろん人間もね。相手が悪くないのは分かってる。スペルの効果なんだから……」
だからコイツはあんな人気の無い場所に居たのか……。
「十歳でこの能力が発現して、そこからは大変だったわ。……学校はいいの、こんな文字が発現するくらいだし元々友達もほとんど居なかったから。でも両親が辛そうな顔を隠して優しくしてくれるのには耐えられなかったわ……」
レアの独白のような言葉は続く。
「そこから私は公用語の勉強を沢山したわ。早く家を出たくて。必死に勉強したけど一人で冒険者になれるまでに数年かかったわ……でも冒険者になってもあまり変わらなかった。優しくしてくれる人も居たけど、いずれ離れて行くのが怖くて自分から距離をとり始めた。……他人や神様のせいにして呪った事もあったけど、結局心を閉ざしたのは私の方だったのかもしれない」
そこまで吐き出してレアは立ち止まった。つられて俺も立ち止まる。
「……今日は楽しかったわ。こんなに話したのは久しぶりだった。でも無理しなくてもいいわ。どうせ一日だけのお試しパーティーのつもりだったから」
……じゃあこいつは公用語を教えるためにパーティーを組んでクエストを……? 今迄の事を思い返した俺は、なぜ私と居てなんとも無いのかという質問をしたのかを理解した。そして何故なんとも無いのかも。
「大丈夫だ。俺の『無』は状態異常を無効化する能力もあるんだ。だから無理なんてしてない」
そう返す俺に少し驚いたような顔をするレアは、しかしすぐに儚げな笑顔に戻った。
「それでも……レンはなんとも無くても、私と居たらレンの近くに来る人も『孤』の影響を受けるわ。それで離れていくのは見てて辛いの」
コイツは優しい癖に強情だな。いや優しいからこそ強情なのかもしれないが。そんな事を考える俺は、先程の寂しそうな横顔が目に焼き付いて離れなくなっていた。……よし。俺はある決心をする。
「わかったよ。今日はありがとう助かった」
「うん」
そういって歩き始めようとしたレアに俺は待ったをかけた。
「なぁ最後に一つお願いを聞いてくれないか?」
そういうとレアは振り向いた。
「……なに?」
「目、瞑ってくれ」
「え……?」
「勘違いするなよ、渡したいものがあるだけだ。ほら早く!」
俺の強引な剣幕に押され、レアは目を閉じた。よし……いくぞ。
――バッ!
俺はレアのスカートの中に手を入れて能力を発動した。
――パキイィン
「なっ、キャアアアア!」
そんな叫び声と共に、今度はレアの鮮やかな右ストレートが俺のこめかみに叩き込まれた。
「へ、変態!! なにするのよ!」
今朝とは違い、俺は顔を赤くするレアをしっかりと意識を保ったまま見ることが出来ていた。……クリスタルをいくつか使ってステータスが上がったおかげか、気絶しなかったのだろう。
「しょうがねぇだろ、俺は字も読めねぇんだから! パーティーメンバーが居ないとお先真っ暗なんだよ」
地面に投げ出された体を起こしながら、俺は答えた。
「だ、だからそれは無理だってさっきも……」
「俺の能力忘れたのか?」
レアはハッとして、俺に背を向けて自分の足を確認した。
「アンタ……! 私のスペルを……!」
「すまん、間違ってお前のスペルを消しちまった。責任とってこれからパーティー組んで頑張るから勘弁してくれな?」
俺の言葉にレアは唖然とした後、顔をクシャっと潰したような表情をして顔を背けた。
「……これからよろしくな。ただの魔法使い」
俺の言葉にレアは、しばらくした後、目を擦ってこちらを向きながら返した。
「……字も読めないような新米冒険者には先輩がついてあげてないといけないんだから! ほら帰るわよ!」
そう言いながらレアは帰り道をまた歩き始めた。
「…………ありがと」
聞こえるか聞こえないか位の小さな声は、かすかに、しかし確実に俺の鼓膜を震わせたのであった……。
「…………あーっ!! レンが私のスペル消しちゃったからもう落とし穴戦法使えないじゃない! どうするのよ!」
「だぁー! 今ここでそれを言うか! 二人いりゃあどうにかなるだろ!!」
その日結成されたばかりの俺達新米パーティーのいざこざは、夕暮れに伸びる影に消えていった。
……楽しそうに。
【レア・シルヴィア】
小柄、黒髪ショート。(貧乳)