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第6話 親子喧嘩と小鳥の旅立ち


――バタンッ!


 突然ドアが開く音で俺は目が覚めた。まだ眠い目を擦りながら俺が扉の方を見やると、イリアとシアルさんが入ってきた。


「お兄様! 起きて下さい!」


「どうしたんだ……?」


「そんな悠長にしている場合ではありません! 父様が帰ってまいりました!」


 ……父様? イリアの親父さんということは……。


「この国の現国王様です。他国との外交から戻ってこられたのです」


 シアルさんがまるで心を読んだかの様にそう答えた。なるほどこの国の王様か……。確かにスゴイ人だが何をそんなに慌てているのだろうか?


「えっと……シアルさんの尋問で俺の潔白は証明されたんだろ? だったら何の問題もないんじゃ……」


「いえ……そこが問題なのではありません。むしろもっと厄介な……」


 そう答えるイリアに俺は得心のいかない顔で次の言葉を待った。


「国王様は非常に厳格な方です。質実剛健で公明正大。強大な力を持ちつつ民からも慕われる素晴らしいお方です。……ただ一点、この状況で懸念すべきなのは……国王様はイリア様を愛しております。溺愛と言ってもいいでしょう」


 ……俺はこの後の展開を予想しつつ背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「異常なほどの過保護ぶりは徹底されており、教育者から従者、近衛騎士まで……王城勤務の人間の内、ほぼ関わりの無い一般警備兵以外の人材は全て女性で統一されております」


 なるほど……。だからイリアは男性とこんなに話したのは初めてなんて言ってたのか。


「そんな過保護な国王様に、娘が呼び出した男が娘の部屋でよからぬ事をしていたなどと知れたら……問答無用で真っ二つにされるかもしれません」


 シアルさんの言葉に俺は身震いした。そこまでかよオイ!


「姫様はともかく私達にとっては忠誠を誓った主君です。……言い方をマイルドにして伝えることは出来ますが、完全な嘘はつけません……ベルティーナは特に」


「なのでテレポーターがくるまで、隠れましょう! こっちです!」


 かくして俺の命を懸けたおにごっこが始まったのであった。




          §



「急いでください!こっちです!」


 俺はイリアに手を引かれながら王城の廊下をあちらこちらへと移動させられていた。


「朝一番で『移』の使い手を呼んでおきました。その方が来るまで絶対に見つからないようにしなければ」


 そう語るイリアの真剣な顔に、思わず緊張が走る。……しかし一体何処へ向かっているのか。


「お、おい。こんなにウロウロしていて大丈夫なのか? どこか一ヵ所に隠れた方がいいんじゃ……」


「……そう思って適当な部屋を探しているのですが、ある程度の広さと隠れられる場所のある部屋がなかなか見つからないのです」


 申し訳なさそうに言葉を絞り出すイリア。


「広さ? 隠れるなら狭い部屋の方がいいんじゃないか?」


「それだと父様が斬りかかってきた際に防げません」


「……」


 あっけらかんと怖い事をいうイリアに、改めて俺は自分の置かれている状況を把握した。


「……探している内に鉢合ったりでもしたら最悪だな」


「……!」


 ボソっと呟いた俺の言葉に、急にイリアは立ち止った。……マズい事言ったかな?


「そうです! 闇雲に逃げるのではなく父様の来ない所に逃げればいいのです!」


「……今それを探しているんじゃ?」


 俺の突っ込みをよそに、イリアは両手を前に広げて目を瞑った。


「紫水の輝きよ、彼の者の姿をその身に映し出せ! キサーズ!」


――カッ


 俺は一瞬の青白い光に思わず腕で目を覆う。何だ……? と見るとイリアの手のひらには、まるで占い師が持っているような水晶が収められていた。


「それは……?」


 俺が恐る恐る顔を近づけると、


「キュゥゥゥゥ!」


「うわっ!」


 なんとその水晶の中から、つぶらな瞳を持つ蛇のような生物が顔を出した。体表は薄紫色。両側頭部には白い羽が付いており、まるで水晶を水面とするかの如くトプン! という擬音が聞こえてきそうな勢いで出入りしながら泳いでいる。


「私が文字(スペル)で呼び出した幻獣、キサーズです」


 面食らっている俺に、イリアが説明をしてくれた。……なるほどこれが「召喚」か。


「この子は遠くて起こっている事をこの水晶に映し出してくれます。私はまだ未熟なのであまり遠方の事は映し出せませんが……この城程度の範囲なら問題ありません。これで父様の動きを把握しましょう! キサーズ、お願い」


「キュイ!」


 イリアの指示に応えるかのように蛇のような生物が水晶の中に潜ると、徐々に水晶に何かが映し出されてきた。


「これは……城門ですね。父様を乗せた馬車が到着したようです」


 イリアの言葉に俺も食い入るように水晶の中を覗き込む。


 王城の入り口らしい門の中では、何十人の兵達が仰々しい行列を迎えていた。やがて行列の中ほどに位置する豪華な馬車から、漆黒の黒髪を靡かせた見るからに豪傑な大男がゆっくりとした足取りで降り立つ。


「あれが……?」


「父です」


 確かに王の威厳をまざまざと感じる。身に着けている煌びやかな鎧でさえも、彼の高貴なオーラを手助ける一因にしかならない、といった印象だ。


「帰った。変わりはないか?」


 王様は低く荘厳な声で、出迎えている跪いたベルティーナにそう尋ねる。


「はっ、国政業務は滞りなく進んでおります」


「イリアは?」


「……文字(スペル)の扱い方が益々上達されておられます」


 一瞬の間。その間に王様の目つきが若干鋭くなったように見えた。


「今どこに?」


「……ご案内したします」


「よい。自ら向かう」


 そういって王はズンズンと王城の中へと向かっていった。


「……姫様の頼みだから従ったが……これが限界だぞ?」


 額に汗を流すベルティーナの独り言に、俺達二人は顔を見合わせる。


 今度は俺達が昨日話していた大広間が映し出された。待っていたかの様に佇むシアルさんが主君に跪いて言う。


「お帰りなさいませ国王様。お耳に入れたいことが……」


「申せ」


 王様は歩みを止めずに淡々と命令する。シアルさんは後を着いていきながら報告した。


「先日持ち帰られた石版の内容が判明しました」


「ほう。早いな」


「それがある者の助言により格段に解読が進んだのです。その者がいなければ解読は難航を極めたことでしょう」


 そこでピタッっと王様の歩みが止まった。


「それで……その者が何をしたのだ?」


 その質問にシアルさんの動きが一瞬止まる。


「研究の虫のお前がその成果を他人のおかげと第一に言うとは、何か隠したいことがあるようだな」


 シアルさんのフォローには意にも介せず、王様はピシャリと言い放った。息もつかせぬ会話のラリーに、俺とイリアは一言も発せずに映像を見つめる。


「お見通しのようで……」


「説明せよ」


「……イリア様が『召喚』で遠い国の人間を呼び出しました。その者は古代文字(ロスト・スペル)を解読することができ、今回の石版の解読に大いに役に立ったのでs……」


「男か」


 王様はシアルさんの言葉尻を待たず、極めて単純な質問で返した。


「……はい」


「もうよい。下がれ」


 そう言い終わるや否や、王様は力強いオーラを発しながらその場から去っていた。……あれ、これってマズくね……?


――シュン


「お兄様、逃げましょう」


 水晶を消して真顔でこちらを向くイリアの目は真剣だった。怖いほどに。


「あぁ、是非そうしよう」


 そうしてイリアが俺の手を取り、俺達はまた城の中を走り始めた。……のだが、急にイリアが俺の手を振りほどいた。……どうした? 早く逃げないと……。俺がそう尋ねる前に正面の廊下から鮮やかな黒髪の男性が穏やかではない雰囲気を発しながら出てきた。


「父様……」


 はえぇなオイ! ……だが直に見ても威厳のある人だとは思うが、俺を真っ二つにするような人には見えない。……まぁ見えるなら見えるで問題なのだが。


「イリア。その男は誰だ?」


「……私が『召喚』で呼び出してしまった異国の客人のレンさんです」


「……何か良からぬ事をされたか?」


 王様は鋭い目でこちらを見据えながら聞いてきた。


「良からぬ事……? いいえ、悪いことなど一つもありません! レンさんはとても優しく色々なことを教えてくれました」


 ピクッ! その言葉に王様はこめかみを引きつらせる。


「あんなこと(お説教)を男性にされたのは初めてでしたが、私の為にしてくれているんだなという気持ちを感じました」


 ピクピクッ!! 王様のオーラがドス黒く強大なものへと変わってゆく。身の危険を感じた俺はイリアに慌てて軌道修正を要望した。


「お、おい! 誤解を招くような言い回しをするな。もっと具体的に、いや文字(スペル)関係の方を中心に語ってくれ!」


「そうですわ! 父様、レンさんはすごいんです! なんと古代文字(ロスト・スペル)を読めるのです! 私の(ルーン)を見たときも一目で読んでしまわれたのです!」


……その場の空気が凍った。いや確かに見た。正確には見させられたんだがそれを今言ってしまうと……。無限にも感じられる静寂は、王様の解放する文字(スペル)によって破られた。


「『強靭』!!」


 そう発した王の体は赤いオーラに包まれ、先程とは比べ物にならない威圧感を放っていた。


「貴様……! 生かしては帰さんぞおおおおおおお!!」


 そう吼える王様は、抜き放った大剣をベルティーナとは比べ物にならないスピードで振り下ろしてきた。俺は「無」を使おうと手をかざそうとした……所までが俺の知覚できた光景だった。……が、


「紅石の輝きよ、我らを守り給え! カーバンクル!」


――ガキイィィィィィン!


 イリアの呪文と同時に俺達の周りに生成された薄赤いバリアが斬撃を防いでいた。見るとイリアの肩には額にルビーが埋め込まれた猫のような生き物が佇んでいる。……助かった。


文字(スペル)が上達したというのは本当のようだな……イリア!! 何故かばう!!」


「父様こそ何をしているのですか!? レンさんに刃を向けるなど!」


 いやたぶんあなたのせいなんですが……。


「おのれ……! もうそこまでこやつに毒されていたか……!」


 俺のツッコミを他所に、この親子の勘違いは加速していた。


「そもそも父様は過保護なのです!! 毎日鍛錬を押し付けて……お友達の一人も作らせてはくれないではありませんか!!」


 バリアを割る勢いで迫りくる剣圧を防ぎながらイリアは訴えた。


「むぅ……しかしだな……それにしてもその男の行動は、お前にはまだ早すぎる! 私はお前の事を思って……!」


「私を思っているのなら、もう少し私の言葉に耳を傾けてください!!」


 日頃の鬱憤が溜まっているなこの姫様。


「し、しかし……」


 最愛の娘の叫びにたじろぐ王様。そこに娘は最凶の刃をブッ刺した。


「召喚獣を呼べるほどに成長したのです! もう子供ではありません! ……いつまでも籠の中の鳥にしておく父様なんか………大っっ嫌いです!!!」


――ピシッ。その言葉を聞いた王様は凍ったように固まった。……今だっ!


「イリア! バリアを解いてくれ!」


 固まった父親を見つめるイリアがバリアを解くと、俺は大剣に手をかざして文字(スペル)を使った。


「『無』!」


――パリィィン


 俺の文字(スペル)はその身を包んでいたオーラごと、大剣を消し去った。……ごめんなさい親父さん。娘の情操教育を怠った報いだと思って剣は諦めてください。俺は固まったまま動かなくなった親父さんに詫びをいれ、イリアに手を引かれながらその場を離れた。




          §




「良かったのか……? 親父さん相当ショック受けてたぞ?」


 大広間に戻る道中、俺はイリアに尋ねた。


「よいのです。 あのぐらい言わないと何も変わらないでしょうから」


 拗ねるイリアの横顔に少しの罪悪感を感じ取った俺は微笑ましくなった。


「レンさん! テレポーターの方が到着しましたよ!」


 大広間ではシアルさんと、テレポーターらしいもう一方の人物が二人で俺達を待っていた。


「……シアルさんにさっきあった事を説明して、誤解解いてもらっといてな」


「? ……わかりました?」


 イリアは得心がいっていない顔で答えた。そうして貰わないと何処までもあの王様に追い掛け回されそうだ。



          §



「それではドーターで宜しいですね?」


 そう尋ねるテレポーターの方に、シアルさんは頷いた。


「色々ありがとうございました」


 俺がお礼を言うとシアルさんは


「いいえ。お手紙待っていますよ?」


 と笑顔で返す。足元の魔方陣がうっすら輝きだしたのを見て俺が若干の寂しさを感じていると、イリアがトコトコと近寄ってきて耳元で囁いた。


「教えてもらったルールによると、女性は結婚する殿方以外にはみだりに肌を見せてはいけないのでしたね。ということは逆に考えると私はお兄様と結婚するしかないみたいですね?」


 !? 俺がバッとイリアの顔の方を向くと……


「冗談です! またお会いする日を楽しみにしていますよ」


 イタズラが成功したような無邪気な笑顔を最後に、俺は光に包まれその場から消え去った。……子供の言葉遊びか、と思いつつ俺は最初に出会った夜の衝撃的出来事を思い出してしまっていた。


――バシュゥン


 ドサッ。少し高い所に急に現れた俺は落下の衝撃と共に地面に這いつくばっていた。……この世界の移動は全部乱暴なのか? そう考えつつ目を開けた俺の眼前は白で埋め尽くされた。そう、ちょうど昨日もこんな色だったな……


「キャアアアアアアア!」


 そんな女の子の叫び声と共に繰り出された側頭部への蹴りは、次に俺が警察署で目が覚めるまでの意識を刈り取るのに十分な威力を秘めていた。           


                               ――残り6回


ガチャチケの残り回数を修正しました。

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