第44話 2/3 フェリル
「なぁ、どういう事なんだ?」
俺は、今度はフェリルに連れて行かれるがままに、賑やかな屋台が立ち並ぶ大通りを離れ閑静な店が点在する裏通りを歩いていた。
「どういう事、とハ?」
「今の状況だよ。何で一人ずつと回ってるんだ? ドーターの時みたいにみんなで回ればいいじゃねぇかよ、せっかく竜神祭なんだし」
「あぁ、その事ですカ」
フェリルは立ち止まり、ウェーブのかかったセミロングの茶髪をなびかせながらこちらを振り向いた。
「昨日の夜、誰がレン殿と相部屋になるか三人で話し合ったのでス」
――ドキッ……
俺はバツの悪い話題に少し冷や汗をかいてしまう。
「……しかしレン殿に選んでくれと言っても逃げられてしまいましたからネ。まだそこまでの親密度があるわけではないのではないか、という話になりましテ……それで、一人ずつ交友を深めて行こうというわけでス」
(まぁ三人だけの話は置いておきまショウ)
スラスラと話すフェリルの説明に、俺は一応納得する。……それで昨日はああだったのか。
「……誰も来なくて残念でしたカ? せっかく鍵を開けておいたのニ」
「ばっ……なんでそれを……!?」
ニヤニヤしながら極秘情報を暴露するフェリルに、俺はペースを乱される。
「それにしても心外ですネ~。あんな事があった手前、私はレン殿ととっくに深い交友を築けていたと思っていましたヨ~?」
本気か冗談か分からないような態度でフェリルは自分の髪をクルクルと指でいじる。……こいつ、いつもみたいに遊んでやがるな?
「思ってもいない事言いやがって……お前もそんな気は無かったんだろう?」
意趣返しとばかりに俺はジャブを仕掛けてみたが……
「……本当にそう思っているのですカ?」
グイッと顔を近づけて、こちらを覗き込むように首を傾げるフェリルの悲しそうな表情に、俺は思わず息を呑む。……とんだカウンターだ。
「い、いや……」
俺がしどろもどろになっていると、
「フフン、冗談でス!」
フェリルはその物憂げな表情を、すぐさまニコッと笑顔に変えてまた前を歩き始めた。
(……今は、ですけどネ)
「お、おい! フェリル! お前また……!」
慌てて後を追う俺にフェリルは、
「女の嘘を見抜けないといい男性にはなれませんヨ?」
微笑みながら、そう返すのであった。……のだが、
「おっと……ここでス!」
フェリルは少し路地に入った所にある店の前で立ち止まった。
――
「さすが火の街というだけあって、素材が豊富ですネ~……」
裏通りの目立たない一角に建っているその店は、いわゆる魔法用具店だった。
「姉から“炎系”の素材を頼まれていましてネ~……折角アンクルに行くのなら買ってきてくれ、と。全く妹遣いが荒いんですかラ……」
そう言いながらフェリルは、目的のものであろう素材をテキパキと選んでゆく。
「光系のもありますカ……? あと魔力を練り込んだレンズなんかも……」
まだかかるであろう店員とのやり取りを横目に、俺は店内のものを見学していた。
鈍く光る鉱物や毒々しい植物、何かの羽や動物の皮らしきものまで様々な商品が陳列されている。サイルさんの所とは全然ちがうな……。まぁ当たり前か。
その中で俺は、何処かで見たことのあるような黒く光る石を見つけた。
「これは……? なんか見覚えのある様な……」
はて何処だったか……。俺が頭を悩ませていると、
「それは無理ですヨ。さすがに高すぎまス」
ヒョコっと耳……もとい顔を出してきたフェリルが口を挟んできた。
「無理って何がだよ?」
「アレ? プレゼント用にしようと思っていたのではないのですカ?」
「ちがうわ!」
「それは残念」
わざとらしく肩を竦めるフェリル。……自分へだと思ってたのかよ。
「これ、なんだ?」
「これは魂石でス」
「魂石? 魂じゃなくてか?」
耳慣れない言葉に俺はつい聞き返した。
「まぁ関係はありまス。この石は触れた生物の魂を読み取り、自らの色を変える特性をもった鉱物でス」
「色を変える……? それだけか?」
「ハイ。幸せな人生を送ってきた人は黄色、悲しい人生を送ってきた人は青、と言う風ニ……」
ふむ。そうなると俺の人生は一体何色になるんだろうか? 急に異世界にきて、自分でもハチャメチャな人生を送っていると思っているが……。
「しかしそんなモンが何故高いんだ?」
俺は先程無理だと言われた言葉を思い出す。
「まぁそれだけではあまり意味の無いものですガ……魂石はスペルスタンプを作るのに必要なモノなんですヨ」
「!!」
魂を読み取る……俺はこの世界にやってきた初日にイリアに教えられた事を思い出した。
――自分が生きてきた魂と交じり合ってその人固有の文字が体のどこかに刻まれるのです――
なるほど、そういう仕組みがあったのか。
「まぁ店で買うと高いですが、価値を知らない露天商が適当な値段で売っているかもしれませン。ちょうどお祭りですし探してみますカ?」
「いや、大丈夫だ。フェリルはもういいのか?」
「えぇ、頼まれていたものは大体揃いましタ!」
用が済んだ俺達は紙袋を片手に店を出る。
「さて、次はどうする? お前の好きな甘いものでも食べに行くか?」
――ピクン!
「……魅力的なお誘いですガ、やりたい事があるのでそれはまたの機会にしまショウ」
……すました顔をしているが、甘いものと聞いた時耳がピクンと跳ねたのを俺は見逃さなかった。今度何か買ってきてやるか。いや唯一作れるクッキーでも作ってやるか、……何故作れるのかは思い出したくも無いが。
俺が黒歴史を記憶の彼方へ追いやりながら、そういえば材料はこの世界にあるのか……? などと考えていると、
「ほら、行きますヨ! ……っと、一旦ホテルに荷物を置きに行きますカ。レン殿も剣を置いてきているようですシ」
「……剣?」
俺はやけにワクワクしているフェリルを見て嫌な予感がした。
§
「ここらでいいでショウ」
荷物をホテルに置いてきた俺達は、街の門を少し出た辺りの平原に来ていた。
「……折角街はお祭り騒ぎだって言うのにこんな何も無い所に来てどうするんだよ」
何となく察しは付いているが……。腰の付加剣に手をかけながら俺は一応聞いてみた。
「フフ……何も無いからいいんですヨ! 稽古をするにはネ! 『剣』!」
(レン殿としたいことを考えてみると、楽しかったあの頃の朝稽古が真っ先に浮かぶ私は……やはりレン殿を守りたい、死んでほしくない、という気持ちの方が強いのでしょうカ……)
文字で剣を取り出したフェリルは心なしかイキイキとしている様に見える。……やっぱりか。
「確かにあれ以来やってなかったな」
「ええ、剣の腕がどれほど上がってるか見てあげますヨ?」
ふふん! と得意気な顔で挑発してくるフェリル。
「そんなモンそう簡単にはあがんねーよ!」
そう言いながら俺はフェリルに切り込んでいった。
――ガキィン!
「……魔王軍幹部を二体も倒した勇者サマの実力を見せてくださイ!」
「その経歴で言うとお前もだろ……!」
――ギギギギ……
鍔迫り合いをしながら軽口を叩きあう俺達。
――ギィン ッキィン!
迫り合いから力で少し距離をおいた俺は、再びフェリルに向かってゆく。
「思い出してきたよ、この感じ。今日こそ一本とってやる……!」
「フフッ! やれるものならですヨ!」
「今までの俺と思うなよっ!」
再び二人の試合が始まったのであった。……あの夜とは違い二人共楽しそうに。
――
(今までの俺とは違う、と言うのは本当の様ですネ……)
時折文字で強化されてくる刃をいなしながら、フェリルはレンの変化を見極めようとしていた。
(一撃一撃が僅かに重くなっていル……剣筋も、身のこなしも……鍛錬をしていなかったとは思えない変わりようでス……何故?)
鋭さを増す斬撃にだんだん余裕が無くなっていくフェリル。
――ガキィン!
「……まさかこっそりクエストに出かけているとかじゃありませんよネ?」
上段から振りかぶる兜割りを受け止めて、フェリルは冷や汗を流す。
「そんなわけねぇよ。……なんと言うか、頭で考えるより先に体が動くんだ。こんな風になっ!」
――ヒュン
レンは、受け止められたフェリルの剣を自分の剣と一緒に左に流し、同時に右に体を入れフェリルの体の横につけるように右足を軸に回転しながら斬撃を繰り出した。
「っ!!」
――ギィィィン!!
その斬撃を、咄嗟に抜いたナイフで逆手で受け止めるフェリル。
「……ホント、素人だったとは思えませン」
「ナイフ一本で受け止めるお前も相当だと思うぞ……」
(この流れるような体捌き……まるで耳長族のような……私から学んだ? いや、いくらなんでもこんなに早くは……。まてよ、学んだ?)
――キィィン!!
何とか二刀でレンの剣を弾いた所で、フェリルの剣が消えた。
「……」
「……どうしたよ? 次、出さないのか?」
棒立ちのフェリルに向かってレンが次の剣の生成を促す。
「イエ、今日はこれぐらいにしまショウ!」
不思議と上機嫌になったフェリルは試合の終了を宣言した。
「何だよ、もういいのか?」
「エエ! 目的も達成しましたシ、そろそろ帰らないと夕方になりますかラ!」
「??」
要領を得ない顔で首を傾げながら剣を収めるレン。
(本人は気づいていないのでしょうが、「無」のラーニング能力は、もしかすると文字に限らないのかも知れませン)
満足げに自分の考えを纏めるフェリル。
(いえ、厳密に言うと「無」によるものではないかも知れませんが、レン殿の魂と混ざり合って発現した「無」のラーニング能力……。という事は、レン殿自体に技術を吸収しやすい素養があるのでショウ……)
(彼はどんどん強くなる。それこそ戦う毎に……いつか、私が守る必要も無いほどに。そうなった時に初めて……!)
「……レア殿のライバルになれるのかもしれませんネ」
「レアがどうしたって?」
「わぁあっ!!」
件の人物に急に声をかけられたフェリルは、やっと脳内の世界から帰ってきた。
「……どうしたんだよ全く。黙りこくったと思ったら急に大きな声を出して」
「レン殿が急に話しかけるからですヨ……」
「どうしろってんだ……で? 帰るんだろ?」
「エ、エェ……」
生返事を不審に思いながらも、二人は街へと引き上げて行く。
「……どうだったか? 俺、少しは強くなってたか?」
急にそんな事を聞かれたフェリルは一瞬目を丸くする。
「……レン殿もそういう事気にするんですネ」
「当たり前だろ!?」
心外だと言わんばかりにレンは抗議の声を上げる。
「……俺がもう少し強ければケロスも楽に倒せていたかも知れないし、……仲間を失う可能性も無くなるだろ」
後半をボソッと呟くように言うレンに、フェリルは何だか嬉しくなった。
「……そうですネ、……さっきの質問ですが、まだ剣術においては私の方が強いですネ」
「やっぱりか……」
ガックシとうな垂れるレン。
(文字有りの戦闘力なら……分かりませんガ)
そんな自身の見立てを口には出さないフェリル。
「まぁまぁ、レン殿は確実に強くなっていますヨ! 私も研鑽しないと直ぐに追い越されるかもしれませン」
「本当か……!? よし、待ってろ。直ぐに追いついてやるからな!」
レンのその何気ない一言は思いがけず、フェリルの心に暖かく、優しいものを広げさせた。
「ハイ!! ……待っていますヨ?」
そう応えたフェリルの表情は、この日一番の笑顔に包まれていた……。
§
日が傾いて夕日が差し込み始める頃、俺達はアンクルの街に戻ってきた。……のだが、フェリルが門の傍で待っている人影を見つけたのか、俺の背中を勢いよく叩いた。
「さぁ、最後の一人が待っていますヨ!」
「いてっ、何だよ……」
フェリルに促される方を見やると、門の近くではクレアが金髪をなびかせながら佇んでいた。




