第42話 黒竜の涙
「『光』!」
視界を文字で照らしながら、俺達は暗がりの洞窟の中を歩いていた。
「しかしあんな何の変哲も無い山肌の奥にこんな穴があるとはね~……」
明らかに人工的に整備されたであろう、整った岩壁を見ながらレアは感心していた。
「まぁ普通は見つからないわ、私達の姿を消す魔法の応用で隠してるからね」
俺は、ホテルの前でサラが急に消えてみせた事を思い出す。なるほどあれか……。
「サラちゃん達のお住まいもそうなっているのですか?」
「そうよ! 街とは反対側の、山の裏側に里はあるわ! そこも入り口は見えないようになっているんだけど……ケロスの奴、一体どうやって入り込んだのかしら……!」
サラは、秘密を明かすかのように胸を張ったと思えば今考えても腹が立つ……! と言わんばかりの表情になったりと、せわしなく態度をコロコロと変える。……が、急に振り返ったと思えばパアァっと明るい笑顔で、
「今は戦闘でちょっと荒れちゃってるから招待できないけど、今度来た時には皆にも案内してあげるね!」
と嬉しそうに言った。……竜の里か、一体どんな所だろう……? 俺が想像を膨らませていると、
「着いたわ!」
と言うサラの声が響くが、目の前は行き止まりだ。ぱっと見は。……案の定サラが右手をかざすと岩壁はグニャリと歪み、続く道が……というより大きく開けた空間の入り口へと変化した。俺達はサラに続くままに入っていくと……
「なによこれ……」
「あ~……これは圧巻ですネ……」
「まぁ……」
中は、部屋の壁を埋め尽くさんばかりのクリスタルやルビーの塊が積まれていた。
「さぁ! 好きなだけ持っていっていいわよ!」
いい笑顔で言うサラをよそ目に、俺は開いた口がふさがらなかった。
「さぁってお前、まずこれどうしたんだよ……?」
俺はあまりの量に戸惑いながらもサラに目の前のブツの出所を聞いた。
「どうって……モンスターを倒した時に出た物よ?」
「こんなにか!?」
「まぁ、期間が長いからね。山でモンスターに襲われている町民をこっそり助けている内に自然と……。最初は放っておいてたんだけど、クリスタルが転がっている山があるって噂になっちゃってね……。それからは回収してここに放り込んでたの」
俺の驚きの声を、さらりと流すサラ。
「しかしよくもまぁこんなニ……王都のお屋敷でもここまでの量は見たことないですヨ……」
茫然としながら部屋を見て回るフェリル。
「年一回くらい、それこそ竜神祭の時にたまり過ぎちゃった分を街で使ってるんだけど……最近やってなかったから……」
若干の影を見せるサラ。
「……大丈夫、イグニスさんも今年はやるって息巻いてたぞ。それに街の人も黒竜達には感謝してるって!」
俺の不器用な元気付けの言葉に、しかしサラはあまり気にしていなかったようで、
「……うん! ……よかった」
直ぐに笑顔に戻った。
「それもこれもレン達のおかげだよ! ありがとう!」
屈託の無い笑顔に気恥ずかしくなる俺達。するとサラは……
「そんな貴方達に手ぶらで帰らせるなんて竜族の沽券に関わるわ! だから絶対持って帰ってもらうわよ!」
などとのたまい始めた。……そんな逆押し売りのようなやつがあるか。
「しかしなぁ……人間あまりの大金を目の当たりにすると、どうしていいか分からんな……。まぁ折角だし、持てる分くらいは貰っていくか」
「そうね! それがいいわ!」
俺の言葉にすぐさま同意するレア。……こいつの図太さ、たまに見習いたくなるな……。ん? そういえば……。
「クリスタルってステータスアップに使えるんだよな? ならこれ全部使えば超強化されてクエストとか楽になるんじゃ……」
「ん〜……それはやめときなさい」
俺の名案に意外な人物、レアから待ったの声がかかった。
「体だけ急激に強化しても、感覚がついていかないわ。これだけのクリスタル分の変化なら尚更……。筋力も、スピードも、戦闘時にうまく体が動かせなくなるわよ」
冷静に分析するレア。
「ステータスだけ上がっても冒険者は強くはなれないわ。自分で勝ち取った分で、皆で一緒に成長していきましょ?」
……そんな殊勝な事を口に出すレアが、この時ばかりは眩しく高貴に見えてしまった。
「……お前の口からそんな公明正大な言葉が出てくるとはな。お前は真っ先に『持てない分は全部使っちゃいましょう!』と言うかと思ってたぞ?」
「……あんたが私を普段どういう目で見てるかがよーく分かったわ・・・!」
怒りのオーラを出しながらジト目でこちらを睨んでくるレア。……よーし、それでこそお前だ。
そんないつものやり取りを交えながら、俺は手ごろなクリスタルを選んでいった。
「……そういえば、サラ達はこのクリスタルを自分には使わないのか?」
俺はふと気になった事を聞いてみた。
「……私達竜族にとってはこのぐらいは誤差だからね。あんまり意味無いの」
……マジかよ。俺は目の前に広がる大量のクリスタルを見ながら、竜のポテンシャルの規格外さを実感していた……。
――
「貴方にはこれ!」
サラはそう言いながら、粗方選び終わって部屋を出ようとしている俺達の所にやってきて、レアに輝く紅い宝石を手渡した。
「綺麗……! これは……?」
紅い宝石を見ながらレアが聞くと……
「これはね……“黒竜の涙”!」
「“黒竜の涙”?」
そのまま聞き返すレア。
「そう、黒竜が感情の高ぶりによって流す涙と、アグニ様の眠るこの山の大地が混ざり合って出来る魔力を帯びた鉱物よ! 貴重なものなんだから大事にしてね!」
「そ、そう……ありがとう」
突然の押しに少し気圧されるレア。
「……でもなんで私に?」
「うぇ!? そ、それは……そう! 貴方の『炎』のキレが良かったからよ! あそこまで使い込んでいる人はそうそう居ないわ!」
「!! 本当!?」
若干苦し紛れのような取り繕い方にも見えたが、そんな事は気にせずレアはサラの手を取った。
「なかなか気づいてくれる人居なかったから嬉しい! こんな所で判ってくれる人、いや竜に出会えるなんて! ……やっぱり頑張って習得したものを褒められるのは嬉しいわ!」
わざと大きな声を出しながら俺の方をチラチラ見るレア。……こいつ、まさかずっと褒めて欲しかったのか……?
「そ、そう……。それはよかったわ。“黒竜の涙”は持ち主の炎系文字の威力を少し上げてくれるわ。だから貴方に渡そうと思ってたの! ペンダント状にしておいたから普段身に着けておくといいわ!」
俺の逡巡をよそに、宝石に通された紐をレアの首にかけてやるサラ。自分の首にぶら下がっている紅い石を見つめていたレアは、バッと俺の方を振り返るとドヤッと言わんばかりにそれを見せ付けてきた。……その顔からは、“今度こそ褒めなさいオーラ”がバンバン出ている。よし。
「……首から提げてるんだから無くすなよ?」
「また子ども扱いしてアンタはぁぁぁ!!」
狭い洞窟の中にレアの叫び声が響き渡ったのであった。
§
「全く……! いつもアンタは全く……!」
「まぁまぁレア殿、照れ隠しかもしれませんヨ?」
憤るレアをフェリルが宥めつつ、俺達は洞窟の出口に向かっていたのだが……俺達が入ってきた入り口はこれまた岩壁に覆われていた。……そうか、隠してるんだもんな。
「おーい、サラ。出口を開けてくれ」
その言葉にサラは、首を横に振った。……? どういうことだ? ……まさか、宝を餌にここで俺達を……!? そんな勝手な妄想を繰り広げていた俺は、サラの声で直ぐに現実に引き戻された。
「出るときはロックは無いわ。壁に見えるけどそのまま通り抜けられるわよ」
「なんだ……脅かせやがって……」
「お、おど……?」
不思議そうな目を向けるサラを横目に俺は壁へと手をかけると、なるほど、手はそこに何も無いかのようにすり抜けた。ふー……っと俺は体ごと壁をすり抜けると……、外へ出た俺達の目の前に人が立っていた。
黒髪短髪のダンディなおじさんだ。……ってまずい! 宝物庫の場所は秘密じゃ……!? どうしようかと俺が迷っていると、サラが小走りでそのおじさんに抱きついていった。
「お父さん!」
「「お父さん!?」」
俺達は頭の中で、前にも似たようなやり取りしたな……? と思いながらも件の人物に視線を集めた。
「……この姿でお会いするのは初めてでしたかな。サラの父のラザレスと申します」
膝に抱きつく愛娘の頭を撫でながら、ラザレスさんは恭しく俺達に礼をした。
「あっ、これはどうも」
つられて礼をする俺達。
「娘がお世話になったそうで……。それにケロスとの戦闘で力を貸していただきありがとうございました。一族を代表して感謝を申し上げます」
……竜形態の時とはうって変わって懇切丁寧に謝辞を述べるラザレスさん。竜に戻ると気性も荒くなる本能でもあるのか……?
そんな事を考えながら俺は、竜族からの感謝に恐縮していると……
「サラ、ちゃんと渡したか?」
「……うん!」
ラザレスさんは娘の頷きに、満足げな表情を浮かべる。そして俺達のほうに向き直ると、
「お礼を受け取ってくれたようで何よりです。皆さん、街に帰られるのでしょう? ここから歩いたのでは少し距離があります、門の手前までお送りしようと思って待っておりました。……サラ、お前は先に帰っていなさい」
優しい笑みでサラを離れさせたラザレスさんは体を光り輝かせ始めた。すると……
――ズウゥゥン
「さあ、お乗りください」
竜の姿へと戻り騎乗を促した。……で、でかい。近くで見るとすごい迫力だ。
種としての迫力に圧倒されながら、俺達はラザレスさんの背に乗り込んだ。するとゆっくりと翼をはためかせ、黒竜は飛行を始める。
「皆、バイバイ! またね!」
「おう! じゃあな! サラ」
俺達は眼下で手を振るサラに手を振り返すと、サラはとびっきりの笑顔を見せ……その姿はどんどん小さくなっていった。
§
「しっかし今日一日で色んな事があったな……」
ちょうど日が沈みかける頃、街の手前で降ろされた俺達はラザレスさんと別れ、門を通りホテルへと歩いていた。
「ほんとよね……単なる温泉旅行だと思ってきたのに、とんだ大仕事になっちゃったわね」
「確かに、いつの間にかそうなってましたネ~……」
一山超えた事で気が抜けたのか、ぐでーっとするレアとフェリル。
「ま、まぁ、この街も救われたのですし良かったではないですか! ゆっくり温泉にでも入りましょう! ね?」
両手を胸の前で合わせながらそう言うクレア。するとレアは……
「……アンタ、とんでもなく運が悪いとかじゃないでしょうね~?」
ニヤつきながら俺を指差してくる。
「馬鹿いえ! 俺はなんてったって『運』の文字を持ってるんだぞ!」
「何よそれ。そんな文字聞いた事ないわよ! 大体前にスペルカード見せてもらった時はそんな物なかったじゃない」
「よーし! それなら見せてやろう! ここにちゃんと……!」
そう言ってスペルカードを懐から取り出そうとする俺に、突然の乱入者が現れた。
「おお、皆さん! 無事でしたか!!」
この街の町長、イグニスさんだ。何やら壊れている石畳を補修している作業員達に指示を出しているようだ。……そう言えばこの人に頼まれて火山に行ったんだったな。
「皆さんが山に行っている間にこちらは大変でしてな! モンスターの大群が押し寄せてきて街で暴れだしましてな……住民を避難させたり迎撃したりでてんやわんやでして……。 !!」
近づいてきたイグニスさんは、こちらの言葉も聞かずマシンガントークを繰り広げていったが、レアの方を見ると一瞬動きを止めた後、バッとレアに近づき首から提げている宝石を見つめた。
「お嬢さん……! これはどこで……!?」
真剣な表情で問いただすイグニスさん。
「え!? えーっと……」
レアは、話していいものかどうか迷っているように言葉を濁して困っている。……しょうがない。俺が助け舟を出そうとすると、
「……いや、よろしい。わかりました……!」
イグニスさんは一人で納得したかのような晴れやかな表情でそう言うと、それ以上の追求を止めた。……? 俺達が不思議がっていると……
「やはり黒竜様が……。そうと分かれば! 明日の竜神祭にはぜひ皆さんも参加してくだされ!」
急に上機嫌になったイグニスが張り切って叫んだ。
「明日!? でもこの様子じゃ……」
俺は工事の続いている辺りの様子を見やる。
「なに、準備自体はほぼ調っておりますゆえ! このくらいの舗装などわけはないです!」
そういってイグニスさんはまた作業に戻っていった。
「……なんだったのかしら」
「……さぁ」
突然過ぎ去っていった出来事に戸惑っていた俺達であったが、すぐに気を取り直してホテルに戻っていった。
――
「ところで……結局部屋割りはどうしますカ?」
ホテルのロビーに着いた俺達は、フェリルの言葉に動きを止めた。……そういえばサラが来てから有耶無耶になってたな……。
「……お前達で話し合ったのじゃなかったのか?」
俺は咄嗟に責任逃れをしようとする。が……
「私達の結論は、レン殿に決めてもらう、でス」
退路を塞がれてしまった。
「「「……」」」
三人の視線が俺に突き刺さる……。……急にこんな空気になるとは思わなかった俺は、分かりやすくあたふたし始めた。
「え、えーっと……」
しかし三人の刺すような視線は威力を弱めてはくれない。汗が流れ落ちる感触と共に静寂が続く……。居た堪れなくなった俺は……!
「……昨日は三人で寝られたんだろ!? なら大丈夫だな! そうに違いない! じゃあ俺は部屋に戻るからっ!」
脱兎の如く逃げ出した。……急に選べと言われても無理に決まってる。うん、そうに違いない。
「ヘタれたわね」
「ヘタれましたネ」
「はは……」
三者三様の反応をする各々。
「しかシ……我々がヘタれる必要は無いですよネ?」
フェリルの言葉に三人の視線が交錯した。
「……とりあえず部屋に戻りましょうか」
「エエ……」
「……」
滅亡の危機が去ったこのアンクルで、また新たな戦いが始まろうとしていた……。
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