第40話 誰が為に鳴るは鐘の音
「お父さん! 皆!」
一目散に走っていったサラに、何とか追いついた俺達は火口へとやってきた。
……荒れ狂うマグマと共に揺れる火山。その火口を囲む様に半円状に並びながら、街から戻ってきた黒竜達は祈りを捧げていた。その体表からは白いオーラが浮き上がり、火山を静めようと力を注いでいるのが見てとれる。
「おー……これは何とも壮観ですネ……」
“感情”の一部が戻ったからか、黒竜が立ち並ぶ異様な光景にも負けずいつもの能天気なペースを取り戻してきたフェリル。
「はー……、そんな事言ってる場合じゃなさそうだぞ?」
俺は暑さに辟易しながら、しかし仲間がいつもの状態に戻った事に不思議と安心感を覚えていた。
「ケロスは……!? 街はどうなったの!?」
そんな俺の心とは裏腹に、サラは尋常ならざる雰囲気で仲間の黒竜達に詰め寄る。
「……街は無事だ。皆がモンスターを片付けてくれたからな。……だが、奴は……ケロスは火口に飛び込み、自らを犠牲に怒りを山にぶつけてしまった……! 奴の狙いは最初から己の身ごと、火山を暴走させる事だったのだ……!」
「それじゃあ、この揺れはやっぱり……!」
「ああ……、大噴火が起きようとしている」
力を込めながら口惜しそうに吐き出すサラのお父さんらしき黒竜。
「そんな……!!」
悲鳴じみた声を上げるサラ。……すると、近くの黒竜が叫んだ。
「……だが奴の“怒り”が弾け飛んだ時、その怒りが火口に溶け込まず、そのまま肉体に帰ってきた者も居た! ならば火山を噴火させるのに十分な量には届いていないかもしれない……! とにかくここで我らが抑えるしかなかろう!」
そう言って仲間の黒竜達はサラを宥める様に、また自分達に言い聞かせるように翼を広げ魔力を高めていった。
そんな緊迫した状況に俺は居ても立っても居られず、サラのお父さんらしき大きな竜に話しかける。
「何か……俺達に出来る事はありませんか!? 俺の文字は『無』です! 無生物なら何でも消す事が出来ます。例えばこれで怒りを消したり……」
「『無』……? なるほど君が……」
俺の言葉にパパさんは一瞬目を見開いたが、すぐさま首を横に振った。
「残念だが……“怒り”はあの荒れ狂うマグマに溶け込んでしまっている……。一歩間違えば君の腕は……」
――ゴゴゴゴゴゴ……!! ボオオンッ!
その時、話を遮るように大地が揺れ、小規模な噴火が起こった。腹の底に響くような震音と共に飛び出してきた、赤く熱せられた火の岩がこちらに降ってくる。くっ……、俺は右手を構えて……
「ダメッ!! 『盾』!!」
俺が文字を使おうとした直前、レアが覆いかぶさるように飛び込んできて盾を発動した。
――ゴシャッ!
俺達を守るように展開された魔力の盾は落ちてくる炎岩を防いだ。
「バカ! アンタの『無』は触っただけじゃ発動しないでしょ! アレを消そうと思っても、タイミングを間違えばっ……。文字を発動しようとする前に手が焼け焦げちゃうわ!」
「……その通りだ」
レアの忠告に同調するようにパパさんが呟いた。
「……た、確かに」
噴火を止めようと気が急いていたのか、俺は「無」での対処に失敗した時の事を考えて、身震いをすると同時にレアに感謝した。
……しかしこのまま黙ってみていると言うのもっ……! そんな俺の思案顔を見てパパさんは、火口の方を向いて魔力を高めつつ口を開いた。
「君たちにも出来る事はある……祈る事だ」
「祈る……?」
いつの間にかクラレじゃなくなっていたクレアが、その言葉に反応するように聞き返した。
「……私達が今やっている事は、竜族の魔力を通して、人間の感謝の想いをアグニ様に伝えているのだ。それによって山の怒りを静めているにすぎない」
白いオーラを纏わせてパパさんは続ける。
「アグニ様はこの山に眠る土地神様のような存在だ……。だが大元の本体は幻界に居るため、この火山の奥深くに眠るアグニ様は自我という概念が薄く、人々の感情の影響を受けやすい……。なので人々の怒りで荒れ狂う力を、人々の感謝で静めているのだ」
……何と言うか、神様がなにか身近に思えてくるような事実だ。
「なればこそ、君達が街を滅ぼしたくないという想いが何よりも力になるのだ」
――ザッ
その音に横を見ると、クレアが堂に入った構えで手を組み祈りを捧げていた。……さすが神職、様になってる。
「しかし……それだけでどうにかなるのか?」
「どうにかもこうにかも、やるしかないでしょ! アンタこのまま溶岩に飲まれたいっていうの?」
そう言うと手を組み目をつぶるレア。
「災害をくい止める方法があるのであれば、全力を尽くすべきではないですカ?」
そう言ってフェリルも隣で同じポーズをとった。
それに倣い、俺も祈りを捧げるポーズをとりつつも、頭の中では何か案はないかと思考を回していた。
「無」、「火」、「水」、「風」、「土」、「剣」……。 ……だめだ、他のどれを使っても打開策が思いつかねぇ……フェリルの「奪」で……? いや無理だ。クレアの「癒」は……? ここでは役に立ちそうにも無い。レアの……そういえばレアはメインスペルだった「孤」を俺が消してから、ずっと公用語を使ってるな。……今のレアにもう一度スペルスタンプを押したらどうなるんだ……? また「孤」が……? それとも……
だんだん思考がそれていった俺は、チラリと横目でレアを見た。……すると、当の本人と目が合った。
「アンタ……! ちゃんと祈りなさいよ……!」
内緒話をするように小声で、レアが睨んでくる。
「うるせぇ、今お前の事を考えてたんだよ……! ……というか目が合うって事はお前もこっち見てたんじゃねぇか」
俺もそれにつられて小声で返すと、レアは急に顔を赤くして器用に小声で怒りだした。
「なっ、私は別に……! ……って私の事を考えてたってアンタ……! こんな時になんでっ……」
何故か言葉尻をしぼませるレア。
「こんな時だからだろ……?」
何か噴火を止めるようないい案を出さないと。
「なっ……」
レアはそう言うと顔を赤くして俯いてしまった。
「……そりゃあ、私だって諦めたわけじゃないわ……。でも最後の時かもって思ったら自然とアンタの方を……」
……ん?? 何か食い違いが起こっているような……
「レア……?」
「何……?」
潤んだ瞳でこちらを見上げてくるレア。これは……
「あー……なんだ、俺は、その……何か文字を使ってこの場を切り抜ける策を考えていたら、そういえばお前のメインスペルって消えたままだなーと思ってお前の事を考えていたわけでして……」
取り繕うような俺の説明に、更にも増して顔が赤くなるレア。
「ア、ア、アンタぁぁぁ!!」
「ま、待て! 俺は悪くないだろう!?」
(こんな時でもこの二人はいつも通りですネ……。ま、私達らしいですガ)
隣で聞いていたフェリルはそんな事を思いつつも口には出さない。その時、
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
今日一番大きな揺れと共に、マグマが急激に荒れ狂いだした。
「ほら! ちゃんと祈らねぇから!」
「アンタもでしょ!」
大地の震動に揺られながら、俺達がのんきなやり取りをしていると……
「何故急に……!? マズいぞ、このままでは……!」
怒りを静めようとしていた黒竜達が慌て始めた。
「一体何が……!?」
「わからん! 急に火山が荒れだした!」
混乱と共に、火山の勢いに押されだす黒竜達。
「……おい、まさかお前の怒りで、なんて事ないだろうな?」
「……まさか」
「……」
見合わせた顔を青くする俺達。しかしサラパパは魔力を増しながら冷静に考えていた。
(いや……ただの人間一人の怒りでここまでの荒れを見せはしないはず……なぜ!? とにかく抑えるしかっ……!)
「皆……! ここが踏ん張り所だっ……! 抑えろ……!!」
一族に発破をかけて更に力を込めてゆく。しかし無常にもマグマは勢いを増してゆき、今にも火口から噴き出さんばかりだ。
(やはり近年の人間達の感謝が薄れているせいか……!? 力がっ……)
次第に山と竜のせめぎ合いは、拮抗を超えて……。揺れと共にエネルギーが山頂に集まってゆき、爆発しようかといったその時、
――カーン……カーン。
俺達の耳に、聞いた事のある音が飛び込んできた。
「これは……」
§
「街を守ってくださった黒竜様達に感謝を!! 祈りを!!」
時計塔から、「音」の文字を使って街中に拡散されたイグニスの声が、鐘の音と共に響き渡っていた。
「この街は古くから黒竜が守り神となっているのです! そして今日、まさにこの街が窮地に陥った時! 黒竜様は現れて街を救ってくださいました! どうか皆様、この鐘の音と共に感謝を!!」
イグニスの熱い気持ちと共に、呼びかけの声が伝わる。住人も、観光客も、一人、また一人と胸の前で手を組み感謝の意を捧げていった……。
「イグニスさん嬉しそうだよ……」
「そりゃそうさ、アレは黒竜に魅せられて町長になったんだからな……」
時計塔の下で、戦闘を終えた警備兵達が口々に話している。
「あれ? お前信じてなかったんじゃねぇのかい?」
警備兵の一人が茶化すように笑みを零す。
「まぁな……。だが……」
空を見上げる警備兵の一人。
「さっきのあれを見ちゃあ信じる他ねぇだろ?」
男はすがすがしい程に、参ったと言わんばかりの顔で天を仰ぐ。まるで長年の疑問が晴れたように。
(まさかウン十年も信じ続けるたぁな……随分高い所に行っちまったもんだぜ……なぁ、イグニスよ)
「じゃあ俺らも黒竜サマに感謝の祈りを捧げるとするか……!」
「あぁ、あの人があんなに叫んでるんだからな」
そう言って、時計塔の下でも祈りを捧げる影は増えていった……。
§
――カーン……カーン。
かすかに、しかしはっきりと聞こえてくる鐘の音に呼応するかの様に、黒竜達の白いオーラは力強さを増していった。
「人間達の感謝が流れ込んでくる……!」
黒竜達は翼を大きく広げ、より一層力を込めてゆく。
その光景を見ながら、サラは涙を流していた。ゆっくりと近づいて肩を抱くクレア。
「やっぱり……人間達は忘れていなかった……!」
涙が落ちた地面の一部が、赤いルビーの様に変化する。
「これだけあれば……! はあぁ!!」
黒竜達の力は、あれだけ荒れ狂っていたマグマと揺れをゆっくりと落ち着かせてゆく。
響き渡る鐘の音。取り囲む黒竜の群れ。幻想的な光景に、俺達は少し見とれていた。
「人と竜……。異種族の繋がりというのハ、神々しさすら感じさせますネ……」
目の前の光景を見つめながらしみじみと呟くフェリル。
「そうね……」
レアも先程までとはうって変わって、穏やかにその光景を見つめている。
「……何にしても、なんとかなりそうで良かったよ。俺達のせいで街一つ壊滅となっちゃあ笑えないもんな」
「アンタが紛らわしいこと言うからでしょ!」
と言いつつすぐさまいつもの感じに戻ってしまう俺達。すると……
――ゴゴゴゴ……
……少し揺れが戻ってきている様な気が。だ、大丈夫だよな?
――ゴゴゴゴゴゴ……
こ、これは!?
「レア! お前また……!?」
「私は何もしてないわよ!?」
そうは言ってもこの揺れは……。俺はこれ以上問題を起こさないようにどう立ち回ろうか冷や汗を流しながら考えていると……。
――ダンッ!
レアが片足を一歩踏み出して、火口を睨みつけていた。こいつまさか……
「黙って見てればさっきから……もう少しでハッピーエンドで終わりそうなのよ! アグニかアガニか知らないけど、お願いだから静まりなさぁぁぁい!!」
レアは怒りを含んだ声で思いっきり叫んだ。叫びやがった……。何か、ただの声なのに魔力を帯びたような迫力があったぞ……?
あまりの出来事にサラをはじめ、黒竜の皆様がこっちを向いている。おい、どうすんだこれ……。これだけの数のドラゴンを敵に回したとしたら生きて帰れないぞ……? 俺が火山とは別口で命の危機を感じていると……
――キィィン!
一歩出したレアの右足の一部分が、一瞬光ったような気がした。あそこは確か……
――ゴゴゴ……
俺がそんな事を考えていると、荒れ狂うと思っていたマグマと火山は何故か、ゆっくりと鳴りを潜めていった。え……? 黒竜達も力を込めている様子ではない。これは一体……?
俺が茫然としていると、サラをはじめ黒竜達は驚いた様にレアを見つめていた。
「……え?」
レアがその場の空気に首を傾げていると、サラがゆっくりと近づいてきた。
「レア、貴方……」
驚きと疑問、それぞれが混ざったような顔でサラはレアを見つめていた。
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