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第32話 火竜伝説

火竜は火を吹く竜の大まかな総称で、その中の細かい種類として黒竜がいます。

「全く……神聖な鐘の下でああいった事をされては困りますぞ……」


 明くる朝、俺達は昨夜来るようにと言われた役所の中でイグニスさんに軽い説教を受けていた。


「だからあれはちょっとした事故で……」


 しどろもどろになりながら弁解する俺。


「何よ……その神聖な鐘を客引きの道具に使ってるクセに……」


 隣ではサラがまた、伝わらないのをいい事に悪態をついていた。……聞こえてる俺が気まずいだけだからやめて欲しい。


「……そちらのお嬢さんは?」


「!?」


 聞こえていないはずのイグニスさんに指されてビクッとなるサラ。


「あーっと……この子は俺達のパーティーの仲間で、ちょっと遠い所から来たんで言葉が伝わらないんです」


「……」


 黙ったままサラを見つめているイグニスさん。


「……まぁ、よいです。今日は貴方達にお話があってここに来ていただきました」


 サラから外した目線をこちらに向けたイグニスさんは、俺達に本題を話し始めた。


「だからあれは事故だって……」


「その事はいいのです。……いえ、決して良くはないのですが……あれが無くとも今日は来てもらおうと思っていました」


 ?? あれじゃないとすると一体なんだろう。


「昨日、貴方達はモンスターを見たと言いましたね?」


「は、はい……」


「それは本当ですか?」


「本当でス! レン殿は戦闘で怪我も負ったのですかラ!」


 ……まぁ後ろから斬られただけだが。


「今は治っているようですが……?」


「ウチのパーティーには優秀なヒーラーがいるのよ! それにクリスタルもあったでしょう!?」


 レアが反論する。


「……あらかじめ持っていた物を置いただけかも知れません」


「なんでそんな事するのよ!」


「……例えばあの鐘を狙って時計塔に侵入したとか。そして侵入がバレて咄嗟にモンスターがいたという隠蔽工作をしたとしたら……?」


 ……このオッサンちょいちょい鋭いよな。俺はイグニスさんの推理に少し感心した。


「ぐるるる……」


 隣ではまたもやサラが、今にも飛び掛りそうな勢いでイグニスさんを睨んでいる。そんな肉食獣みたいな声を出すな。女の子が出していい声じゃないぞ。


「……」


 そんなサラの様子をイグニスさんは涼しい顔でいなし、こちらを見据えていた。……のだが、


「フッ……わかりました。信じましょう」


 急にそんな事をいいながら穏やかな顔に戻った。


「へ……?」


 目の前の人物の、いい意味での豹変に俺はマヌケな声を出してしまった。


「……実を言うと最初から疑ってなどいませんでした。試すような真似をして申し訳ない。この街の代表者としてやっていくにはああいった老獪さも必要なものでしてな……ハッハッハッ!」


 さっきまでの糾弾するような雰囲気が嘘のように、イグニスさんはいたずらが成功した子供のごとく無邪気な笑いを見せた。


「でも昨日のお昼に来たときは……」


 俺は、にべも無くつき返された昨日の事を思い出す。


「……正直申しますと、ああ言ってあの鐘を狙いに私の所へ来る旅行者も少なくないですのでな」


「じゃあ、何故今になって……?」


 不思議に思ったクレアは金髪を揺らしながら首を傾げて質問する。


「あの焦げ跡を見たからです」


 堂々と答えるイグニスさん。


「……そんなの文字(スペル)でつけたのかもしれないじゃない」


「いいえ、あれは確実に黒竜のブレスによるものでした。昨日あの場所には確実に黒竜様が来ておられたのです」


 そう言い切るイグニスさん。


「どうして断言できるのですカ……?」


「それは……ブレスを“この目”で見た事があるからです」


 ……そう言って懐かしい目をしたイグニスさんは、いまだ脳裏に焼きついている想い出の事を語りだした。




          §




 当時幼かった私は、この街に伝わる火竜伝説の話を聞いてもイマイチ信じる事が出来ませんでした。


 そこで親の目を盗んで友達と集まり、火竜を見に行こうと、入る事を禁じられていた火山に皆で探検しにいった時のことです。


 ……しかし山の中心に近づくにつれ高まっていく熱気に、子供の私達は一人、また一人と途中で座り込み断念していきました。そんな中残った私は絶対に火竜を見つけてやるという思いで一人山道を進んでいってしまったのです。


 ……しかしそれが間違いでした。まっすぐに山頂を目指していたつもりが、足は無意識に歩きやすい方へと向かい、帰り道も分からぬような森の中に迷い込んでしまっていたのです。


 体力もすり減らし、とぼとぼ歩く私は友達の名前を叫びました。しかし返事は返ってこない……。そんな事を続けながら歩く私に返ってきたのは友の声ではなく、腹を空かしたように「グルルル……」と唸るフレイムベアーの唸り声でした……。


「ハッ……ハッ……」


 あの時ほど命の危険を感じた事はありません……。私は残る力を振り絞り懸命に逃げました。しかし所詮は子供の歩幅、直ぐに追い詰められてしまい、体力も残っていない私はその場にへたり込んでしまいました。


 迫る巨体。伸びる鋭い爪。私が恐怖と脱力感に意識が朦朧としてきた時……!


「グオオオオオオオ!!」


 けたたましい強者の轟音が辺りに響いたのです。私はその時初めて黒竜を目の当たりにしました。生命の危機をフレイムベアーに感じさせるその咆哮は、なぜか私には頼もしく感じたのを覚えています。


 現れた黒竜は口から弾けんばかりのブレスでフレイムベアーを追い払い、私を助けてくれたのです……。その破壊力と熱気を感じた所で私の意識は途絶えました……。


――


 気がつくと私は街の門の近くで両親に抱えられていました。なんでも途中で断念した友達が街の大人たちに助けを求め、慌てて捜索に乗り出した私の親も火山へ向かおうとした所、火山へ続く道の門の前で倒れている私を発見したそうです。


 私は黒竜に助けられた事を友達に話しましたが誰も信じてくれませんでした。しかし私の両親は、「守り神の黒竜様が助けてくれたんだ、感謝しなさい」と信じてくれました。


 ……その時の両親の言葉が本心からだったのかは分かりません。しかし私の身に起こった出来事は紛れも無い真実なのです……。




          §




「……そうして私はこの街と、救っていただいた黒竜様のためにこの街を盛り上げようと、町長を目指し始めたのです」


 そう言ってイグニスさんは自分の過去に起きた出来事を語り終えた。しかしそうなると疑問が……


「……でも、その割には最近竜神祭が行われていないと聞きましたよ?」


 俺はそう言いながらサラを見やる。……力強く頷いているかと思いきやサラは、何か考えるように俯いていた。


「……よくご存知ですね。それに関しては耳が痛いばかりです……」


 サラの様子に首を傾げていた俺の意識は、イグニスさんの落ち着き払った声によってまたそちらに戻された。


「……町長になりたての頃の私は、やっと目標の立場に成れた事からか、熱意に溢れ様々なアイデアを出して実行に移そうと画策していました……。しかし現実はそう甘くは無い……今となっては文献の中でしか存在を確認できない黒竜に、人々の信仰もだんだん薄くなり観光客の食いつきも悪く……毎年行われる竜神祭の派手さとは裏腹に、街は資金難に陥っていきました……」


 イグニスさんは悲しい顔で街の実情を語った。


「このままでは火竜伝説が伝わるこの街が破綻してしまう……。そう考えた私は、火山の地熱を利用した温泉を作って資金難を解消することを思いついたのです。この事業を軌道に乗せるまでに色々な苦労をしましたが……結果、これは大当たり! 新たな観光客が続々と訪れ、街は資金難から解消されました」


 確かに今の街の様子を見れば、とても寂れる間近だったとはとても思えない。


「しかし、温泉地としてのイメージが強すぎた結果、この街に伝わる火竜伝説の方は鳴りを潜めてゆきました。資金がある今こそ竜神祭を行おうとしましたが、温泉事業がこの街ととても密接になってしまい……施設の維持や経営、従業員の保障など様々な忙しさにかまけている内に……いや、これも言い訳ですね……」


 イグニスさんは自分を笑うかのように言い捨てた。


「……とにかく私は街の運営の方に必死になりすぎて、本来の想いを忘れていたのかもしれません……。せめて人々が火竜伝説の事を忘れないようにと、祭りの時に使っていた鐘を一日一回鳴らす事によって、観光客の方にも火竜の事を知ってもらえるようにと行っていましたが……効果は薄かったようです……」


「……!」


 その言葉にサラは顔を上げて、何とも言えないような表情でイグニスさんを見た。


「しかし、昨夜黒竜様がいらした事で目が覚めました……! 無理を押してでも竜神祭は行うべきだったのです……! 今から私達は街を上げて、竜神祭の準備に取り掛かります!」


 イグニスさんは目の光を取り戻したかのような表情で力強く叫んだ。


「……そこであなた方に依頼があるのです」


「依頼?」 


 長々と話を聞いていたが、結局本題が分からない俺はそう聞き返す。


「失礼ながら、あの後あなた方の事を調べさせていただきました。なんでもドーターの街で魔王軍幹部を討伐した腕利きの冒険者だと……」


 !? そんな事一体どうやって調べたんだ……!? 街のトップの権力者ともなれば……恐ろしい。


「おそらく街に侵入したモンスターはあの鐘を狙ってきたのでしょう……あれは祭りには欠かせないものです。奪われるわけにはいきません」


「……それならモンスターは倒されたのですからもう安心なのでハ?」


「それならいいのですが……またいつモンスターが狙いに来るか分かりません……! という事で! あなた方にはあの火山の調査をお願いしたいのです!」


 晴れやかな顔で強引にそう言うイグニスさん。……さてはこの人何かやる事見つけたらそれに向かって一直線だな……? 俺はこの後巻き起こるであろう波乱の予感に少し顔が引きつるのであった……。 


――ゴーン……ゴーン。


 そんな嫌な予感のしている俺に、例の鐘の音が飛び込んできた。


「おや……。竜神祭の時のためにしばらく鐘を鳴らすのはお休みしようと思っていましたが、係りの者に伝えていませんでしたね……。まぁ今日ぐらいはいいでしょう」


 朗らかな顔で言うイグニスさん。


「……私は子供の頃からあの鐘の音が大好きなのです。黒竜様の所まで響き渡っている気がしてね……。お祭りの時はずっと時計塔の近くで鐘の音を聴いていたものです……。そのおかげかほら、私の文字(スペル)は『音』です」


 そう言って袖を捲り上げたイグニスさんの腕には「音」の(ルーン)が刻まれていた。



          §



「……“怒り”が集まってこない……? よもやジャルドはやられたか……」


 火口付近でケロスは冷淡に呟いていた。


「まぁよい……。あと少しでこの火山を暴れさせるのに十分な怒りが溜まる……! 残りは私の手で直接集めるとするか……!」


 不適な笑みを浮かべたケロスは眼下に広がる街を見下ろし、畳んでいた“翼”を広げた。


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