第21話 二つの選択肢
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「誠に申し訳ありませんでした……」
目の前に現れた見目麗しい女神様は申し訳なさそうにそう述べた。
「うぅ……」
隣では異世界に送られる時に転生の間で会ったフォルトゥーナとかいう女神が正座させられている。
――話は少し遡る。
俺はフェリルとの戦闘のあと、時計を抜き取ってから自分の「無」でそれを消した。フェリルの話では俺は存在できなくなって消えるとのことだったが……? 気が付くと俺は転生の間に戻ってきていたのだ。
「やっとここに引き寄せる事ができました……高橋蓮さんですね?」
「はい、そうですが……」
「転生規定に重大な違反があったのでここに魂を呼び戻させていただきました」
転生規定?? 重大な違反?? 俺が要領を得ない顔をしていると、
「……順を追って説明させていただきます。貴方が転生特典として持っていってしまったそのチケットは、フォルトゥーナが勝手に造ったものなのです……」
「チケットというと、この紙切れの事ですか……?」
俺はポケットから“運極ガチャチケット!”と書かれた紙を見た。
「紙切れとは何よ! めちゃめちゃ力入れて造ったんだからね! ……いたっ!」
俺の言い草に不満を漏らすフォルトゥーナ。それに無言で頭を叩く女神様。
「その力の入れ具合が問題なのです!」
そして女神様は俺に向き直るとあらましを語り始めた。
「……本来転生特典とは、その世界で活躍できるのに充分な力を持ったものとされています。選ぶものによって多少の差はあれど、転生陣で転移する際にその世界に合わせてカスタマイズされ、その地で生きる者達に“大きな”影響を与えないようになっています」
「全く……ついこの間まではそんな制限無かったのに……評議会も余計な追加規定作ってる暇があったらもっと休み増やしなさいよね……ふぎゃっ!」
性懲りも無く、横で正座しながらぶつくさ不満を漏らすフォルトゥーナに再びげんこつを入れる女神様。フォルトゥーナが何故か俺に恨めしそうな視線を向けてくるが……気づかないフリをしておこう。
「……話を戻します。しかしながら、貴方が持っていったそのチケットは、フォルトゥーナが神の力を思いっきり込めて造った、“神器”に相当する効果を持ったものなのです」
そんなすごい物なのかこれ……? その割には恩恵を実感した事はないが……
「この子は性格に多少の難はあれど、力自体は抜きん出ています。だからこそこの若さで転生の間を任されていたんですが……まさかその力でヘルメスのゲームのチートアイテムを作ってしまうとは……」
「だってあいつが悪いのよ!? あんな渋い集金ゲーム作ってお金儲けしようとしてるんだから!!」
「黙りなさいフォルトゥーナ!! ズルしようとしたばかりかあまつさえそれを転生者の方に渡してしまうとは……!」
「だからあれは事故なんだってー……」
……なんだか神様の世界もやってる事はあんまり変わらないんだな……。俺は目の前の神々に妙な親近感を覚えた。
「……そんなフォルトゥーナが造ったこのチケットの力は、転生陣の力では抑えられずそのまま異世界入りし、使用者である貴方用にカスタマイズされてしまったのです」
なんと。無駄にハイスペックな機能が付いてるんだな。
「……でもこれあんまり活躍した覚えが無いぞ?」
「いいえ……その運極ガチャチケットは貴方が何かと巡りあう際に最高の出会いを引き寄せてくれていました。物であったり、人であったり……」
!! 俺は今までの冒険の事を思い返した。
「運よくとても強い能力を引き当てたり、運よく最高の仲間と巡り会ったり、それこそピンチの時は、運よく誰かが“時間”を越えてでも助けに来てくれたり……ね」
そうだ、フェリルは……!
「女神様! フェリルはどうなったんですか!?」
「……あの耳長族の子は、貴方の頑張りもあってループからは抜け出しました」
よかった……。俺は自分の決断が間違いではなかったと少し安心した。
「でもそれなら結局なんで俺はここへ……?」
「そう、それなのです。消え行く貴方をここへ呼び出したのは、貴方に選択してもらうためです」
選択……?
「……フォルトゥーナの造り出したチケットは、あの世界に住む者の因果律を変えてしまうほどの影響を及ぼしてしまいました。そしてその力は現在貴方用にカスタマイズされてしまっています」
「本来なら貴方が冒険の果てに消えてしまう事に関して、天界が干渉する事はありません。しかしこちらには間違った転生特典を渡してしまった落ち度もあります」
何気に怖い事言うなこの神様は。
「上の神々からは、それほどの力を持ってしまった転生者をこのまま消えさせるのは忍びないと考え、力を調整して世界に再構成させようという意見が出ました」
!! 世界に……!? またあの世界に帰れるのか俺は……?
「しかし、今回はこちらの不祥事なので貴方にはもう一つの選択肢が与えられました」
「そして、一旦本人を呼んでどちらの世界に再構成するかを選ばせる事に決まりました」
……どちらの世界か、だって?
「全ての記憶を消去し、現代へよみがえるか。力を調節され、異世界に戻るか。選択してください」
なんだって……!?。
「普通はこんな事ないんだから! アンタがあの世界で魔王軍幹部を倒した事も少し評価されたようね!」
「あらフォルトゥーナ。あなた評議会に自分が責任を取るから何とか消さないでくれって頼んでいたではありませんか」
「っっ! 言わないでよそれは!!」
「……そういう所があるから、私も貴方を放って置けないんでしょうね」
しみじみという女神様にフォルトゥーナは照れ隠しのようにそっぽを向いてしまったが、俺の頭の中はそれどころではなかった。
「……現代を選んだ場合、貴方はトラックから女の子を助ける以前に戻り、平穏な日常が戻ってくるでしょう。もちろんまた繰り返しにならないように女の子も助けておきます。……異世界を選んだ場合はそのチケットは没収させていただきますが、その力をあの世界のシステムに調節した文字『運』として適用させていただきます。……能力の調整とあの世界の記憶の調整の関係で一週間ほどのズレは生じてしまいますが……」
目の前の女神様は動揺している俺に向かって優しい笑みを浮かべた。
「さぁ、どうなさいます?」
§
「本当にこっちに行ったのですカ~……?」
漠然と歩いているような気がしてならない私は吐き出すようにそう呟いた。私達三人はクエスト先でレン殿を見たという人の話を聞いて、東の森の奥深くまで来ている。
「ギルドの人はそう言ってたわ。でも声をかけようとしたら何も喋らず逃げちゃったんだって」
「うーん……それがレン殿だったとしても何故逃げるのでしょうカ?」
「出てくるタイミングでも見失ってるんじゃないの? 全く見つけたらただじゃ置かないんだから……!」
そう言って一人どんどん進んでゆくレア殿。
「レア殿はレンが居なくなっても相変わらずですネ……」
「……そうでもありませんよ?」
私の独り言に優しい笑みを浮かべながら合いの手を入れるクレア殿。
「レアさん、最初の数日はフェリルさんと同じように塞ぎこんでいたんですよ?」
「え……?」
その言葉に驚く私。塞ぎこんでいタ……? あのレア殿が?。
「レンさんが帰ってこないのは、私に愛想尽かしたからなんじゃないかって。だから私は言ったんです。あの優しいレンさんが何も言わずに消えるわけ無いって」
なんと……。あの様子からは想像も付きませんが、レア殿も不安だったのですネ……。
「それに……レンさん、レアさんの事を目で追っていましたよ……? だから愛想尽かすわけないです! って教えたら、直ぐ元気になりました。パーティーがこんな湿っぽかったらレンさんが帰ってきたときに寂しくなっちゃいます! ……とも言って」
「それは本当なんですカ……?」
全く心当たりのない事柄に、私は思わずクレア殿にそう聞き返すと、
「本当ですよ。レアさんだけじゃなく三人とも目で追ってましたが」
クレア殿はいたずらっぽく微笑みながら、そう答えた。……クレア殿のこんな一面は初めて見た気がしまス。
「……そうでも思わないと寂しいじゃないですか。“信じるものは救われる”。これは神の言葉ですが、何も神様だけじゃなくて、自分でそう思ったほうが人生前向きになれる気がするんです」
なんて、シスターが言ったら怒られちゃいますね。と続けて舌を出すクレア殿。
「……イイエ、私もそっちの方が好きでス」
私は誘われるように微笑んでそう返しながら、また少し仲間と近づけた気がして嬉しくなった。そうだ、今まで遡っていた事を隠してきた私は知らず知らずの内に壁を作っていたのかもしれない。だがもうそんな必要は無いのだ。
信じてくれた仲間だからこそ自分も飛び込んでいこう。私は自分の心の中で、改めて強く決心したのであった。
「皆何やってんのよ! 置いていくわよ!」
声のする方を見ると、だいぶ先でレア殿がこちらを向きながら手を振っている。
「……行きましょうカ」
「……ええ!」
――私達新人パーティは、欠けた仲間を求めてまた歩き出した。
§
――ガサッ
「……」
「あっ!! レン!!」
森の中を捜索する事数十分。私達が彼の姿を見つけたのは突然、いや不自然なほどに急だった。
「……」
「ちょっと! 今まで何処行ってたのよ! 心配したんだから!」
「……」
レア殿の叫びに、レン殿は一言も発さず此方へと近づいてくる。
「レン……?」
明らかに様子のおかしいレン殿に、私達は不安げに顔を見合わせる。と、次の瞬間……
――フニッ
そんな擬音が聞こえてこようかと言うほどに、レン殿ははレア殿の胸を大胆に揉んだ。一瞬の静寂。
「っっっ!! な、何してんのよあんたはぁぁぁぁ! 『炎』!」
一瞬で離れたレン殿に向かって炎を放つレア殿。顔を真っ赤にして、息も荒く絵に描いたようにパニックになっている。……それはそうダ。私だって同じ立場ならそうならない自信はなイ。……と、レア殿はその勢いで此方へ駆け寄ってきて私の肩をつかんだ。
「なに!? 何なのあいつ!? 一週間振りにあったと思ったらいきなり何してんの!? いやその位私を求めてたってこと!? いやそれならそれで抱きしめるとか他に何かあったんじゃないの!? っていやそうじゃなくて!! 会えて嬉しいと思ったのにワケわかんない! 大体あいつ大きい方がいいんじゃないの!?」
大声で個人的感情をまざまざと垂れ流すレア殿。そんなこと私に聞かれてモ……。
目の前の錯乱っぷりを見たおかげかいやに冷静だった私は、荒ぶるレア殿をクレア殿に預け、とりあえず状況を把握しようと動き出す。
「レン殿……右肩を見せてもらえますカ?」
「……」
レン殿は答えない。これは……。考えられる可能性の一つにブチ当たった私は、取り急ぎレア殿を宥める。
「……レア殿落ち着いてくださイ。レン殿がいきなりあんな事をすると思いますカ?」
クレア殿に抱きしめられているレア殿は、私の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻す。
「どういう事よ……。 あれがレンじゃないって言うの?」
「本物なら右肩に『無』の印があるはずでス。まずはそれを確かめまショウ」
「……分かったわ」
偽者ならそれはそれで問題だわ……とでも言いたそうな不服顔でレア殿は答える。
「まずは……『奪』!」
私は文字を開放した。狙いは彼の上着。振り上げた腕が輝く。……しかし発動し終わった右手には何も収まっていなかった。
「やはり……不可ということはあの服には実体が無イ……!」
――ダッ!
逃げるように走り出すレン殿の姿をしたモノ。
「『火』!」
それを牽制するように放った私の魔法銃が、彼の足を数秒止まらせる。そこへ……
「『風の刃』!」
――ズバッ!
レア殿の魔法がレンの右肩の服を切り裂いた。そこには……
「やっぱり……」
「……ちっ、バレちまったか」
レン殿の声とは程遠いドスの利いた声が辺りに響き渡る。
――切り裂かれた右肩の袖の下には、「無」ではなく「擬」の印が刻まれていた……。