第16話 食中毒にご用心
「手間が省けたぜぇ……! 俺は魔王軍幹部“喰”のキルケ! 魔王様の命令で『無』の能力者を始末しにきた!!」
目の前の現れた異形の魔人、キルケはそう叫んだ。
「なぜ『無』の事を……。 それに魔王軍幹部だと……!?」
「……魔王軍と人類が戦争を繰り広げる中で、モンスターの中でも特に力の強い七体が幹部として君臨していると聞いたことがありまス。恐らく奴もその中の一人かト……」
何だってそんな奴が……!?
「転移陣を敷きに行った部下の反応が途絶えたのでな……あれでドーターの冒険者にやられるようなヴァンパイアじゃ無ぇんだ。魔王様の指示もあって俺が直々に探りに来たんだが……まさかこんなに簡単に出会えるとは思わなかったぜ!」
あのダンジョンの時のヴァンパイアか……!
「レン殿……もはや戦闘は避けられないようでス……!」
やるしかないのか……。俺は腰から付加剣を抜き、構えた。とそこで……
「貴様!! 俺の仲間達を何処へやった!!」
一人の剣士が剣を抜き去り飛び掛っていった。待て! 迂闊に……!
「愚かな……『硬』!」
――ガキィィン!
「バ、バカな……」
剣士の渾身の斬撃をキルケは腕で受け止めた。怪我一つ負っていない。
「貴様も俺の糧となれ! “喰扉”!」
――ガバァ!
「うわあああああああ!」
キルケの腹の裂け目に剣士は吸い込まれていった……。
「ふぅ……。コイツは『鋭』か、まぁまぁだな」
キルケは腹をさすりながら冷淡に呟いた。
「奴は一体……」
「レン、恐らく奴は攻撃を吸収しているんだわ。さっき奴が放った『炎』、私のものと全く同じ威力だった」
「あの腹で喰ったものの力を得るのか……これは厄介だぞ……」
「何をゴチャゴチャと……! 来ないならこちらから行くぞ! 『矢』!」
キルケが文字を唱えると、奴の背後に無数の魔力の矢が現れた。
「いけぇ!!」
くっ……、こっちからの攻撃は届かないのにあっちからはやりたい放題か! 俺は迫りくる矢を「盾」で受け止めながらそうこぼす。あちらこちらでは冒険者達の魔法が飛び交っているが効果は薄そうだ。一体どうすれば……。
「レン殿! 奴は先程から腹で喰らうのと文字を使うのを交互に繰り返していまス! もしかすると連続では吸収できないのかモ……!」
!! そういえばさっき腹をすかせないといけないとか言ってたような気が……! よし……!
「レア、フェリル、クレア! 連続攻撃を叩き込むぞ! ……クレア?」
一人様子がおかしいクレア。まさか……
――ギンッ!
「骨のありそうな奴がいるじゃねぇか……!」
キルケを睨みつけ凶悪な笑みを浮かべるクレア。いやクラレ。しまったさっき矢が掠った時に血が……。
「まてっ! クラレ!」
「おりゃあああああ!」
クラレは聞く耳持たず殴りかかっていってしまった。
「くそっ! あのじゃじゃ馬め! レアとフェリルは援護を頼む!」
俺はクラレが喰われる前に後を追った。
「ふん、温い魔法ばかり……さっさと『無』の小僧を始末して帰るか……ん?」
「ホーリーブロー!!」
――ドゴォォン!
「ぬううう!?」
クラレの一撃は、キルケの巨体を数歩後ろに下がらせた。
「貴様何者だ……!」
「そんなこたぁどうでもいいじゃねぇか……! お前強いんだろう? やり合おうぜっ!『力』!」
言うが早いかクラレは乱打を仕掛ける。
「『硬』! ぐっ……!?」
効いてる……? どうなってんだあいつの腕力……。ってそんな事言ってる場合じゃねぇ、このままじゃ……!
「なかなかの力を持っているな小娘……! その力いただくぞ!」
キルケの腹の裂け目が怪しく光ったその時、
「『炎』! 『火』!」
――ボゴォォォン!
レアの文字とフェリルの魔法銃がキルケの顔面に炸裂した。
「グォォォォ……」
今のうちに……!
「クラレ! 下がるぞ!」
「はぁ? なんでだよ」
「お前が喰われたら回復能力を持っちまうだろうが! そうなったらどうしようもないぞ!」
「大丈夫だって。俺は喰われねぇよ」
……ダメだ。聞く耳持ったとしても言う事聞かねぇ。俺が仲間との意思疎通に手こずっていると、
「なるほど『無』の仲間か。尚更喰らいたくなったぞ」
キルケが戦線復帰してきた。仕方ない……!
「好きなだけ暴れろクラレ! 奴が吸収を使おうとした時に俺が切り込んで止める!」
「最初からそのつもりだっての!」
先程より一層鋭い拳で切り込むクラレ。
「セイントブロー!!」
――ガシィィ!
「……悪くない速度だが、俺が喰らってきたモノをナメるなよ? 『速』!」
クラレの拳を受け止めたキルケが文字を唱えると、鈍重だった巨体の動きがブレた。
何処に……!? そう思った瞬間俺のわき腹に鈍い衝撃が走った。
「ぐっ……!?」
キルケの蹴りを受けた俺は思いっきり吹っ飛ばされていた。骨が軋む音と共に視界が一瞬真っ白になる。
――ドサッ
「大丈夫!?」
レア達の所まで吹っ飛ばされてきた俺はズキズキと痛む体を抑え、何とか起き上がった。
「俺は大丈夫だ……。それよりクラレの所へ……!」
「わかりましタ!」
吹っ飛ばされてきた俺と交代でフェリルが向かってゆく。
§
「ほらほらどうしたぁ! ずいぶんとノロくなったなぁ!」
「ぐっ……」
急に高速で移動し始めたキルケにクラレは防戦一方だった。が、そこに助け舟が入る。
「『火』!」
――ボォン!
「あぁ?」
背後からのフェリルの一撃にキルケは振り向いた。
「クラレ殿、隙を!」
そういってキルケに突進するフェリル。
「! ホーリーブロー!」
「無駄だって言ってんだろ! 『硬』!」
――ドスッ
クラレの一撃を難なく受け止めるキルケだったが……。
「繋ぎとめましたヨ……!」
キルケの側で跪き、地面にナイフを突き立てるフェリル。
「影縫いか……!」
「今のうちにクラレ殿! 引いてレン殿の怪我を!」
「何……? せっかくのチャンスだろ!」
「もうっ! 何のためのヒーラーですカ!」
――ビュゥゥゥ!
二人の言い争いを他所に、レアの「風」が二人を俺達の元まで運んできた。
「さっ、これでいいでしょ?」
「あぁ、頼むクラレ」
「……ったくしょうがねぇな、『癒』!」
俺の腹の傷がみるみる内に治ってゆく。先程まで続いていた鈍痛は見る影もない。
「よし、ありがとうクラレ」
「ふんっ……」
クラレは顔を背けて答える。戦闘一筋だなコイツは。俺達が態勢を整えた一方でキルケは……、
「こんなもの……! “喰扉”!」
腹の裂け目から周囲のものを吸い込み始めた。影に刺さったナイフが腹に吸い込まれてゆく。
「ふんっ、小癪な……。この無限の食欲を持つキルケ様を止められるものかぁ!!」
「あらら……復活しちゃいましタ……。 どうしまス……?」
あちらも復活で振り出しか……。さてどうすれば……遠距離攻撃は吸収され、近づいて近接格闘をすれば奴は腹が減り、また吸収が始まる……。力で押すにしても奴には弱点といった弱点が……ん? 腹が減る?
!! 俺はハッとした表情で顔を上げた。まだ手はある! 俺は冒険者達に向かって、
「皆、自分の最大火力の魔法を貯めておいてくれ! 俺が合図を出したら一斉攻撃だ!」
「でもまた吸収されちまうんじゃねぇのか?」
「大丈夫だ、俺に考えがある! 行くぞクラレ!」
そう言って俺は奴に近づいていった。
§
「お遊びは終わりか……?」
「あぁ、その通りだ」
「あぁ?」
俺の言葉にキルケは拍子抜けな表情で首を傾げた。
「お前の狙いは俺の『無』なんだろ? 俺を黙って喰らう代わりに他の連中は見逃してやってくれないか?」
「……どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も、お前に勝てそうに無いんでな……犠牲は少ない方がいいだろう?」
不敵な笑みを浮かべながら冷や汗を流す俺。――流れる静寂。
「……フハハハハ、いいだろう目的は『無』の抹殺だ。まぁ魔王様は生け捕りにしてこいと仰っていたが……この程度、魔王様が直接手を下すまでもない。おとなしく喰われると言うのならその通りにしてやる」
ゆっくりとキルケが近づいてくる。……まだだ。
「本当に他の奴らは見逃してくれるんだろうな?」
俺の言葉を聞くと、キルケはニヤリと顔を歪めた。
「心配するな! 寂しくないように纏めて同じところに送ってやる!! “喰扉”!」
――今だっ!
「寂しくなんか無ぇよ! 逝くのはお前一人だからな!! 『移』!」
文字を唱えた俺の目の前が淡く光りだす。今現在俺の転移陣の登録箇所は……墓地! 周りを吸い込み始めるキルケと俺の間に送られてきたのは……、
「テレポート!」
――ポンッ!
「グォォォォ……?」
転移してきた一体の“ボーンナイト”はキルケの腹に吸い込まれていった。
「何ッ!?」
――バクンッ
ボーンナイトを喰らったキルケの体表は薄紫に変色していた。
よしっ!! 企みがうまくいった俺は喜びを抑えながら、ドヤ顔で死刑宣告にも似た通告を下す。
「知ってるか? アンデッドってのは食事を必要としないんだぜ?」
「貴様ッ……!!」
「皆! 今だ!」
俺はキルケから離れながら合図を出した。
「『火』! 『炎』! 『風の刃』! 『雷』!」……
――チュドォォォォォォォォン!!
レアやフェリル、冒険者達の魔法が一斉にキルケに降り注いだ。
「グアォォォォォォ……」
効いてる! よしトドメだ、アンデッドの弱点は……!
――ザッ!
「さっきはよくもやってくれたじゃねぇか……」
ボロボロのキルケの前に佇むクラレ。
「ま、まて……」
「消え去れっ! ホーリークロス!!」
――ザシュゥゥゥゥ!
クラレの交差する拳から放たれる光の奔流がキルケの腹を切り裂いた。
「グアァァァァァァァァ!!」
――ボンッッ!
その大きな爆発が魔王軍幹部キルケの最後だった。残ったのは大量のクリスタルと吐き出された行商人など数十人の人々、そして俺達冒険者の割れんばかりの歓声だけだった……。