第14話 月夜の墓地の攻防
時刻は夜。
俺とフェリルは街外れの共同墓地に来ていた。
――ある物を作るのに必要なアンデッドのクリスタルが不足しているのじゃ、なるだけ強力なのを取ってきてくれ。
サイルさんが俺に出してきた条件はアンデッドのクリスタルの採取だった。……こんなことならダンジョンで手に入れたクリスタル売るんじゃなかったと思ったが、ゾンビタッチという技を使うモンスターのクリスタルでないとダメらしい。
そのモンスターが最近夜の共同墓地に出没するらしいのだが、すばしっこくてなかなか捕まらないとの事で俺に白羽の矢が立ったようだ。
とにかく付加剣のために何とかクリスタルを手に入れないと……。
「それでそのモンスターはどんな奴なんだ?」
「レブナントというモンスターですネ。迷える魂が悪霊化したもので、仲間を増やそうと“ゾンビタッチ”という技でアンデッド化の状態異常を掛けてきまス」
仲間を求めているわけか……。これはクレアを連れてきた方が良かったか……? しかし休みだからこの街の教会へ行くと言ってたし、レアはスペルの鍛錬に行くとかで居なかったし……。
「更に厄介なのは、他のアンデッドを操る力を持っているという事でス。なので先に倒したいのですが何ぶん浮いているモンスターなので攻撃が届きにくいのでス」
「なるほど……ならフェリルは銃でレブナントを狙ってくれ。」
「了解でス!」
俺とフェリルが打ち合わせをしてターゲットが現れるのを待っていると……
「オォォォォォ……」
薄暗く光る青白い火の玉が、呻き声を上げながら空中で一つに集まってゆく。
「ゴォォォォォ!!」
「お出ましですネ……」
「あれか……」
レブナントが姿を現した。確かに中々のプレッシャーを放っている。
「先手必勝……! 『火』!」
文字を唱えたフェリルの魔法銃から火球が飛び出した。が……、
――シュン!
レブナントは火球を避ける様に一瞬消えたと思ったら、直ぐ隣にまた現れた。
「瞬間移動……!」
「……あの能力のおかげでなかなか倒せないのでス」
火球を避けたレブナントはこちらを見据えて敵意を発しているように見える。
「オォォォン!」
レブナントが怪しい光と共に嘶くと、地中や闇の中からボーンナイトが湧き出てきた。
「……他のアンデッドを呼び寄せる能力もあるようですネ」
「この数はなかなか骨が折れそうだ……フェリルはレブナントを狙ってくれ!」
俺は迫りくるボーンナイトの大群を何とかいなしつつ指示した。
盾と剣でザコ敵は何とでもなる。数は多いが剣戟相手なら「無」で武器破壊出来るから有利だ。問題は……、
「火!」
――シュン!
フェリルの方はすばしっこく動くレブナントを捉えられずに苦戦している。
「『影』で止められないか!?」
「相手の位置が高いし、月明りが弱いので影が地上まで降りてこないのデス!」
俺とフェリルが言い合いをしている間にもまたレブナントは支配下のボーンナイトを増やしてゆく。
くっ、敵が増える一方か……。そんな事を考えていると、フェリルの背後に瞬間移動してくるレブナントが見えた。
「後ろだっ!!」
「っ!?」
「オォォォォン!」
瞬間、紫の閃光が走った。目を開けると、そこには体が薄紫に変色したフェリルが虚ろな目でこちらを向いていた。しまった……! ゾンビタッチか……! しかもアンデッド化されてしまったという事は……!
――ヒュッ ガキィン!
アンデッド化したフェリルは持っていた銃を手から落とし、ナイフで襲い掛かってきた。
重い……! 受け止めるので精一杯だ……! やっぱりコイツ朝稽古の時は手を抜いてたな……! アンデッド化しているからか振りは大振りな分ギリギリ斬り結べるレベルだ。
マズいな……。打開策が見つからない。そうこうしている間にボーンナイトは増え、状況は悪くなってゆく。離脱するにしてもフェリルは助けないと……! 俺が「移」での離脱を視野に入れだした時、
「『炎』!!」
――ボゥゥゥゥン!
広範囲に及ぶ火の波が一気に数体のボーンナイトを焼き払った。
「レア!!」
「人がやっとの思いでスペル進化させて、見せようと思って来てみれば何やってんのよ!?」
「助かった! レブナントを倒しに来たんだが、フェリルがゾンビタッチにやられちゃって……」
「そんなのレンの『無』で治せるんじゃないの?」
……そうか。パニクってて頭から抜け落ちてたが、そうだよな。
「レアはボーンナイトの相手を頼む!」
「言われなくても!」
いつもより頼もしく見えるレアを背に、おれはフェリルと向き直った。……そうは言ってもこのフェリルの斬撃を掻い潜って体に触れるのはなかなかキツいぞ……?
よし、ここはレアに習って……
――キィン! キィン!
剣戟を切り結ぶフェリルの足元を見計らって俺は文字を発動した。
「『土』!」
――ボコッ!
俺がフェリルの足元に作り出した穴は見事に体勢をグラつかせた。今だっ!
「『無』!」
――パキィィン!
フェリルの体に触れて発動した俺の「無」は、見事に体に纏わりつく紫色を消し去った。
「大丈夫かフェリル!」
「何とカ……」
よし、こちらはOKだ。あっちは……。見るとレアの大火力がボーンナイトを粗方消し炭にしていた。
公用語なのにすごいな……。ん? 公用語……? そうだ!
「レア!」
「あら、こっちは片付いたわよ」
「『光』を上に放ってくれ!」
「??」
レアは首を傾げつつも文字を発動させた。
「『光』!」
昼と見紛う程の光が辺りを包む。
「フェリル! 影を!」
「……!!」
意図に気づいたフェリルが更に文字を紡ぐ。
「『影』縫い!!」
――ザクッ! 「オォォォォン!」
地面に刺したフェリルのナイフはレブナントの影を正確に繋ぎとめた。
「よし!! 後は……!」
俺は落ちていた魔法銃を拾い、文字を込めて上空へ向けた。
「お高くとまってんじゃねーぞ!『移』!」
俺の放った魔力の銃弾はレブナントの体に転移陣を刻み込んだ。
「テレポート!!」
――シュン!
俺は剣で作り出した剣を目の前に転移させたレブナント目掛けて振り下ろした!
――ズバッ!! ポンッ!
俺の袈裟切りで真っ二つになったレブナントはクリスタルを残して弾け飛んだ。
§
「ふぃー……何とかなった……」
俺は脱力感と共にその場にへたり込んでいた。
「何とかなったじゃないわよ全く、私が来なかったらどうなってたのやら……」
今回に限っては全くその通りである。
「あぁ、ありがとうなレア。それにしてもお前の火、すごいな」
そう言うとレアは自慢げに、
「フフン、そうでしょう! 使い込んでやっと進化したんだから!」
話を聞くと、公用語には戦闘で使い込んで熟練度を上げると進化し、その系統の上位スペルを使えるようになるものがあるらしい。「火」→「炎」→「焔」やクレアの「回」→「治」→「癒」の様にレベルアップしていくらしい。
「……正直私、最近皆と比べて見劣りするなと思って一生懸命鍛錬したんだから! それで完成して見せに行ったら居ないんだもの!」
「レアにしては随分心配性だな? 最初に会った時はあんなに誇らしげに自慢してたじゃないか」
「あの時はフェリルが入ってくるなんて分からなかったから……。それに見たでしょあの火力! コモン、しかも初級スペルの『火』であそこまで威力が出るなんて……。いくら魔力素養の高い耳長族だからって、ずるいわ!」
「ま、まぁまぁ。無事レブナントのクリスタルも手に入ったし、店に戻りましょウ! レン殿、転移陣をお願いしまス」
「あ、あぁ……」
俺は前の登録箇所を消して墓地に新しく転移陣を敷いた。
「さぁ、先に行ってくれ。今の俺じゃあ一人ずつが限界なんだ」
二人が飛んだことを確認して俺も陣の中に入った。
§
「おぉーもう手に入れてきたのか早いのぅ!」
俺達はシアルさんの店に戻ってきた。初めて来たレアは知識欲が満たされるのか、置いてある魔道具をまじまじと見回っている。
「約束のクリスタルです」
俺の差し出すクリスタルにサイルさんは大層ご満悦なようだ。
「これで例のモノが作れる! よし、迅速な仕事ぶりに免じてタダでよいぞ! 受け取れ!」
サイルさんは、もう興味なさげに付加剣をよこした。……雑だなオイ。
「姉さんはこれで何を作りたかったの?」
「これから見せてやるわい!」
不思議そうに聞くフェリルに、サイルさんは大きな布を出してきてクリスタルを持つ手とは逆の方に携えた。
「それでは行くぞ……! 『改』!」
サイルさんが文字を発動すると彼女の両手から青白い光が発し、二つの物が混ざり合ってゆく。
「よし、完成じゃ!」
光が止んだサイルさんの手には薄紫の布が握られていた。
「姉さんこれは……?」
「これはな、身に着けている間だけアンデッド状態になれる“アンデッドマント”じゃ!」
おぉ、なるほど。サイルさんの「改」はクリスタルを媒介に、素材を付加効果付きのものに変える事も出来るのか。しかしアンデッド化に何の使い道が……?
「これでアンデッド状態になっておけば、羽織っている間は睡眠も食事も必要としないので長時間研究に没頭できるのじゃ!!」
……なんとも不思議な使い方をするな。というか俺達はこれのために命がけで頑張ったのか。
「ね~え~さ~ん!」
隣の妹がドス黒いオーラを放っている。
「そんなことしたら戻ったときの反動が大変な事になるでしょ!! 大体何のために食料買い込んで来たと思ってるの!!」
――妹のお説教は、全く姉の耳に届いていないにもかかわらず遅くまで続いたのであった……。