エピローグ2:自分の道
“エムワン”、獅子旗に連なる3人目の「転回者」に会いに、王都「イラムス」へ向かう。その突拍子もなさそうなアイデアについて、サラマンは得意の弁舌を振るい始めた。
「まず皆さんの目的を再確認したい――TCKの脱出、これは変わっていませんよね?」
「はい」
「すでに手がかりを握っていたかもしれない“エムワン”はこの世界から消えました。ただ、彼にしてもTCK脱出の鍵を握っていたかと問われると何とも言えません。今回の企みを主導していた獅子旗にしても、それは分かっていたはず」
前髪のかかったメタルフレームの奥で、邪悪にほくそ笑むやつの顔が浮かんだ。その顔は流王さん、ツカサへと変化し、最後に泣きそうな茜の顔になったところで、腐った果物のようになって崩れた。
顔をこわばらせた僕と阿羅に代わって、宇羅が会話を引き継いだ。
「彼の目的は明白――一言で言えば、“エムワン”が邪魔だった、ってそういう話だよね」
「ええ。まず間違いなく。世界脱出の鍵、なんていうのは我々をかつぐためのニンジンだった可能性が高い」
姿を消したツカサを追っていたはずの流王さんが、帰ってきてからは彼をあっさりとあきらめ、“エムワン”追跡に大きく舵を切った。この時すでに成り代わりが終わっていたと考えれば、サラマンと宇羅の話はつじつまが合う。
「それじゃ、もう誰も方法は分からないってこと?」
あきらめたように机に頬杖をつく阿羅に、サラマンはいたずらっぽい視線を送る。
「いえ、かなり乱暴ですが、1つ考えられる手があります」
「……何でそれ、“エムワン”討伐の前に話さなかったわけ?」
「むしろ今話す気になっていることの方がおかしいんです。私、もともとこの世界は嫌いじゃないですし」
「何で心変わりしたのよ」
「今その話、聞きたいですか?」
「……やっぱりいいわ」
「そう言ってもらえると思ってましたよ。
結論から言います――ゲームマスターに消えてもらいましょう」
……この男は、また何を言いだすのか。
「それって、操り人形が傀儡師に逆らうくらい無謀だと思うんですけど」
ため息まじりにもらした僕に向かって、サラマンは満足そうにうなずく。
「ええ。まさにそうなるでしょう」
「頭、おかしくなったんですか?」
「そうかもしれません。ただ、傀儡師がいなくなればこの世界はもちません」
「ゲームマスターがいなくなっても、代わりの傀儡師が新しくやってくるかもしれない。それに、TCKが落ちたら僕たちだって無事に済むか分かりません。楽観的すぎませんか」
「それなら、何もせずに引きこもって暮らしたいですか。いつかくるかもしれない助けを祈りながら」
以前までの僕なら、即座に首を縦に振っていただろう。それはそうだ。無謀に挑戦するくらいなら、何もせず待っていた方が良いに決まっている。確率で言っても、サラマンの案が成功する確率は途方もなく低いだろう。万に一つゲームマスターを打ち倒したとして、その影響でTCKにいる他の“リソース”やプレイヤーの身体を危険に晒してしまうかもしれない。そんな行為は無責任だ。
だから、首を縦に振るべきなのだ。「何もしない」のが正解なのだ。
頭では分かっているのに。
僕は言葉につまっていた。頭の中では答えが出ているのに、それを口に出すまいと押しとどめていもう1人の自分がいる。喉の奥で、言葉を引っ張り合っている。
そんな僕の様子を、阿羅と宇羅の2人は驚いたように眺めている。ぽかんとした顔の阿羅の口から、
「丈嗣、絶対『はい』って即答すると思ってた」
そう聞いてようやく、僕は自覚した。
「……僕は、馬鹿になったのかもしれません」
「大丈夫、丈嗣はもともと馬鹿だよ」
頭をひっぱたいてやると、阿羅は情けない悲鳴を上げた。
サラマンはほれみたことかという嫌らしい笑みを浮かべていた。僕の顔をのぞきこんで、ここが攻め時とばかりにぐいぐいと背中を押してくる。
「むしろ、今がチャンスです。傀儡師とともに数多の人形を操っていた、最も優秀な弟子が1人消えた。残された操り手たちはてんてこ舞いです。何しろ人形の数は減るどころか、今後ますます増えていく」
「残された2人の弟子を失えば、傀儡師の力は更に落ちる」
「そういうことです。その内1人は、変装にかけては右に出る者がいない。探し出すのは骨が折れるでしょう」
「獅子旗の情報は、王都『イラムス』へ向かいながら集めていく方が効率が良さそうですね」
思わず身を乗り出していたことに気づき、僕は途端にばつが悪くなって腰を下ろした。気づかぬうちに話にのめりこんでしまっていた。現実では味わったことがない感覚。熱中して我を忘れるなんて、それこそ馬鹿みたいだ。
でも……これが偽らざる、自分の本当の気持ちなのだとしたら。
平坦な日々を過ごすことに飽き、高い山に分け入っていきたいと、魂が叫んでいるのだとしたら。危険が待ち受けていたとしても、それを乗り越えて達成したい目的があるのだとしたら。
そして自分に、信頼できる仲間がいるのだとしたら。
「自分の道は、自分で拓かなくてはな」
その一歩を踏み出さない理由は、ないだろう。
**********
しばらくの間、もうここには戻らない。ファストトラベルを使えば時間はかからないが、これは決意の問題だった。過去に区切りをつけ、新しい道を切り拓く。
尚も言い合いを続けるサラマンと阿羅を置いて、僕は道の先に立っていた影に近づいた。
「豪」
名前を呼ぶと、彼は不機嫌な顔をこちらに向けた。眉間にはトレードマークとなっている3本のしわが深く刻まれている。
「おせぇよ」
「悪い」
「もう行っちまおうかと思ったぜ」
「勘弁してくれ。しばらく会えないんだから、挨拶くらいはさせてくれよ」
精一杯の感傷をこめたつもりだったが、彼の仏頂面は微動だにしない。般若の面でもかぶっているようだ。だが、それが彼らしいと言えば彼らしい。
「何だよそれ。きもちわりい」
そう言って、正面に向き直る。その顔は、僕たちの目的地とは違う方向に向いている。そのまま、彼はぼそりと言った。
「悪かったな、心配かけてよ」
何を言わんとしているかはすぐに分かった。
「気にする必要ないよ。あの時豪のことなんて、だーれも気にしちゃいなかったからさ」
嘘だった。あの出来事のあと、何日経っても部屋から出てこようとしない豪のことが気がかりでたまらなかった。時たま彼の部屋の前を、檻の中の動物のようにぐるぐると歩き回った。何度かドアをノックしようとして、その度にやめた。
僕では、彼を救えない。他の誰でもなく、豪自身が、自分に折合いをつけるしかない。そう気づいてから、悶々と気をもむのをやめた。ただ彼を信じて、待った。
僕たち4人が王都「イラムス」までの旅程を話し終えた頃になって、豪はおずおずと殻から出てきた。不思議なことに、彼はこれまで以上に大人びて見えた。覚悟を決めた人間のみがもつ強い意志の光が、まだうっすら潤んだままの瞳の奥で燃えていた。
彼の中では、まだその炎が燃え続けている。目的を果たすまで、その明かりが消えることはない。
空を仰ぐと、すがすがしい青空が広がっている。ぽっかりと浮かんだ雲を見つめながら、何の気なしに尋ねた。
「あてはあるのか」
そっぽを向いたまま、豪は無愛想に答えた。
「ねぇ」
「そっか……まあ、そう簡単にはいかないよな。こっちも情報をつかんだら、その都度共有するよ。それから、もし困ったことがあったら迷わずすぐ連絡をくれ。無理はするな」
「親父みてぇなこと言ってんじゃねぇよ。気色悪い」
「おい、冗談で言ってるわけじゃない。やつは危険だ。豪はいつも全部1人で何とかしようとするけど、もうちょっと――」
「ああっ!!! 分かったっつの!」
彼はうっとうしそうに手を振ると、そのまま歩き始めた。
これが別れだとは思えないくらい、あっさりとした出発だった。
「おい、みんなに別れの挨拶しなくて良いのか!」
背中に向かって叫んだが、彼は振り返らなかった。頼もしい背中が、徐々に小さくなっていく。
これからの彼の旅は過酷なものになるだろう。獅子旗は、狡猾で残忍だ。追手がいることにもすぐに気づくに違いない。1人で立ち向かうには大きすぎる相手だ。
それでも、誰も豪についていくとは言えなかった。全員が、豪が宿した光を一目見て悟った。彼自身が「けじめ」をつけるのだと。誰の力も借りずに、失った仲間の仇を討つのだと。激烈な炎が、瞳の奥で燃えていた。
「がんばれよ」
小さくなっていく彼の背中に向かって、僕はつぶやいた。
「絶対に――」
その先は口にしなかった。
言葉にしてしまってはいけないと思った。
茜は、きっとそんなことは望まない。あの時僕を優しく抱きとめてくれた彼女の優しさは、今僕が胸に抱く感情の対局にある。
それでも、願わずにはいられない。
僕も変わったのだろう。あの出来事――正確には、茜の死――を境に、心に黒い染みができた。こすってもこすっても、擦り切れて血がでるほどこすっても、消えない染み。感情を殺す、心の癌。
あの時の獅子旗の顔は、まだ鮮明に脳裏に焼きついている。
「あれ、豪は?」
やっと追いついてきた阿羅の声が、僕を現実に引き戻した。
「もう行ったよ」
「はぁ?! 挨拶もなしに?! 何考えてんのよ、あいつ」
「まあまあ。きっとまたすぐ会えるよ」
「宇羅さんの言う通りです。世界はつながってるんです。
寂しければ、私が話し相手になりましょうか?」
「だから、金魚の糞なんぞ願い下げだっつの!」
彼らのかけあいが、心地よく耳に響く。
優しい旅路ではないだろう。立ちふさがる障壁は険しく、とげとげしくて、乗り越えるには痛みを伴うかもしれない。王都「イラムス」はTCK攻略の上でも終盤に位置している。今以上に力を使いこなさなければ、高レベル帯の敵とは渡り合ってはいけない。
だが、彼らとならきっとたどりつける。「かもしれない」ではなく、これは確信だ。
「自分の道は、自分で拓かなくてはな」
僕は最初の一歩を、力強く踏み出した。
ようやっと完結しました! 彼らの旅はまだ終わりませんが、当初構想していたエンディングにたどりつくことができたので、一旦完結とさせて頂きます。有難うございました。
思えば、最初の投稿から約2年もの月日が経過してしまいました。投稿が途切れた時期が何度かあったとはいえ、合計で50万文字にも満たない分量にしては時間がかかり過ぎてしまったのは反省点です。
ただ、何とかエンディングにこぎつけられたのは全て読者の皆様のおかげです。ブックマーク頂いた皆様、ならびに私の小説を評価して下さった皆様や率直な感想をつづってくれた皆様、そして1秒でも私の小説を目に留めて下さった皆様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。お世辞にも高評価を獲得できているわけではありませんが、自分が書き記した読み物に時間を使ってくれる人がいるという喜びが、僕を小さな山の頂へと運んでくれました。
これからも趣味として小説を書き続けたいという思いはあるので、もし小指の爪の先ほどのご興味があるのであれば、引き続き拙作をごひいきに頂けますと大変嬉しい限りです。また、本作品に関する感想についても、どんなものでも構わないので是非教えて下さい。
最後になりますが、改めまして拙作をここまで読んでくださった皆様、本当に有難うございました。




