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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第25話:しめくくりだよ

「フゥン!」


 野太い声とともに、一条の「海坊主の大棍(だいこん)」が敵をえぐる。“エムワン”は布でできた人形のように、軽々と空中へと吹き飛ばされた。木の枝のように細い身体がぽっきりと折れてしまわないのが不思議に感じられるほどの威力だった。

 その黒いぼろ切れが、赤い炎の渦に包まれた。灼熱(しゃくねつ)のカーテンに包まれた“エムワン”を、続いていくつもの雷の槍が襲う。阿羅(あら)(チート)にアルクトスの魔術を重ねた連携技だ。


 しかし、やつの周囲に現れた黒い球が瞬く間に炎の渦を消し去った。

 プレイヤーの使う魔術だけでなく、チート能力でさえも打ち消してしまうだけの力をもっているらしい。放たれたアルクトスの雷光も、ことごとく黒球に阻まれてしまっている。


 休む間を与えず、再び一条が“エムワン”に迫る。他の誰よりも重装備にも関わらず、彼は軽々と跳躍すると右手に携えた「山祇(やまつみ)(つるぎ)」を振りかぶった。

 その時、“エムワン”の身体を守るようにあの黒い球が複数空中に出現した。得体(えたい)の知れない黒風船を前に、一条の表情がこわばる。


「あぶねぇ!」


 豪の叫び声とともに、一条の身体は急に横へと吹き飛んだ。その直後、黒風船が次々と破裂し、黒い蟲たちが空中に飛び散った。

 重厚な鎧に身を包んだ壮年の騎士は、空中で体勢を立て直すと地響きとともに着地した。


「助かったぞ、豪!」

「一条さん、ちょっとばかし太ったんでねーの? 地面揺れたぜ、今」

「お前さんはどうしてそうイヤミったらしいんだ。素直に『どういたしまして』で良いんだよ、そこは」


 説教臭い物言いに言い返そうとした豪だったが、黒い閃光が空中を走ったのを見て口をつぐんだ。先ほどまで“エムワン”がいた場所には、黒い残光が漂っている。


「やつが()()()ぞ!」


 チャット内で路唯(ロイ)の注意が伝わったのとほぼ同時に、怪物が僕の前に姿を現した。あれほどの攻撃を受けているにも関わらず、まるでダメージが入っている兆しがない。


 “エムワン”は1歩前に踏み出そうとしたが、僕の前に立ちふさがるサラマンの剣技の方が素早かった。両手持ちの大剣が空を切り裂き、鋭い風の波を呼び起こす。その刀身は確かにやつの体躯を両断していたが、ぼろ切れに身を包む生白い顔に変化はない。


 斬りかかったサラマンは更なる一撃を加えようと踏み込んだが、前触れなくその身体がぐらりと傾いた。


「サラマンさん?!」


 僕の呼び声に応じず、彼は倒れそうになる身体を剣で支えた。呼吸が荒く、足取りもおぼついていない。


 この現象は一体なんなのだろう。“エムワン”に近づくだけで、身体は重くなり、(チート)を使い過ぎた時のようなひどい頭痛が僕たちを苦しめる。これがサラマンの言っていた「書き換え」の効果なのだろうか。


「下がって!」


 頭の中に響いた声に我に返る。グループチャットから聞こえてきた宇羅(うら)の声に従い、僕は目の前でふらつくサラマンの首根っこをむんずと掴むと、思い切り後方に飛びのいた。


 間一髪(かんいっぱつ)のところで、巨大な氷の壁が“エムワン”と僕たちを分断した。

 そのあまりの大きさに、思わずてっぺんを見上げてしまう。これほどの大きさのオブジェクトを瞬時に創り上げるとは、恐るべき演算性能と言わざるを得ない。


 壁はかなり分厚いようだったが、まるでガラスのように向こうの様子が見通せる。


 透き通った氷壁(ひょうへき)の向こう側の“エムワン”を、空中から生えた幾本(いくほん)もの巨大な氷槍(ひょうそう)が文字通りメッタ刺しにしていた。1本1本がまるで象牙のような大きさだ。

 それに続いて、今度はやつの身体の()()から無数の氷の剣が生えてきた。その光を失った眼窩(がんか)からも、無機質に開いた口からも、身にまとった汚らしい黒いぼろ切れからも――ありとあらゆる箇所から、冷気を宿した刀身がその身を内側から貫いた。


「しめくくりだよ」


 充分過ぎるほど苛烈(かれつ)な攻撃だったが、宇羅は手を緩めない。彼女が腕を天に掲げると、先ほどの一条の着地とは比較できないほどの地響きが僕たちを襲った。


「……なんという」


 僕のわきにいたサラマンの口から、驚愕の声が漏れる。普段は飄々(ひょうひょう)とした様子の彼だが、目の前の光景には開いた口がふさがらないらしい。


 分厚い氷の城壁が、ゆっくりと倒れていく。全体が巨大すぎて、凄まじい速度が出ているはずなのにそう錯覚するのだ。

 あんなものの下にいては、とても無事では済まないだろう。


「このバカッ、俺たち殺す気かよッ」


 壁の真下にいた豪が悲鳴をあげたが、宇羅の返事はのんきなものだった。


「何いってるの、豪君。決闘モード始まってないんだから、きっと大丈夫だよ」

「そんな確証ねぇだろうが!」

「そんなに心配なら、後で豪君で確認してあげるね!」

「絶対にやめてくれ」


 氷の壁がばらばらに崩れながら、“エムワン”へと降り注ぐ。小さな塊でも乗用車ほどの大きさがありそうだ。氷塊が地面に激突する度、巨人が足踏みするような地の揺れと同時に、モウモウとした土煙が間断(かんだん)なくあがる。


 これでは、どちらが化け物か分からない。


 あたり一面を覆っていた土煙が風に乗って消えるには、少々の時間を要した。巻き上げられた砂塵が風に吹かれて地に還り、徐々に周囲の様子が明らかになってくる。


「これは……」


 僕は無意識の内にそうつぶやいていた。思わず声が出てしまうほどに、目に映った光景は衝撃的だった。


 最初に目についたのは、その色だった。青々とした下草に覆われていたはずの大地は無残にえぐられ、茶色い姿をさらけ出している。そこかしこに爆発でもあったかのようなクレーター痕が残っており、深い場所では3メートル近くも地表が削り取られていた。


 後には何も残っていない。あの場にいたものは何であれ、粉微塵(こなみじん)に粉砕されたのだ。


「まったく、どんな出力しとるんだ、お前」


 一条は驚きを通りこして呆れていた。他の面々も、圧倒的な光景を前にして言葉も出ない。

 そんな僕たちの反応を楽しんでいるように、宇羅はちょっぴり笑いながら返した。


「ちょっぴり本気だしたからね。

 ……でも、やっぱダメか」


 彼女の言葉に耳を疑ったが、次の瞬間、僕の目は更地の中央からむくりと立ち上がる黒い影を確かにとらえた。今までと同じように、特にこれといった反応も見せず、“エムワン”は周囲をうかがうように首をめぐらせ始めた。


 チャットから豪のぼやきが聞こえてくる。


「サラマン、こんなことやって意味あるのかよ。やっぱPK禁止ルールでダメージ入ってないんじゃねぇのか」


 確かに、これでは徒労感ばかりが勝り先が見えない。わずかでもダメージが入っているならまだしも、まったく無意味な攻撃を続けても意味はないのではないか。


 サラマンが答えるより前に、アルクトスの声が割って入る。


「わかんないけど、たぶんダメは入ってるんじゃないかな? 当たるとちゃんと手応えあるし」

「はあ? お前には聞いてねぇよ」


 豪はすぐにかみついたが、続く一条の発言に黙って耳を傾ける。


「坊やの言う通り、確かに()()()はあるんだがな。見ての通りやつはピンピンしてる。どうにも宙ぶらりんで気持ちわりいぜ、これは」

「ほらぁ。だから言ったじゃん、豆小僧君」

「ケッ。うるせぇよ。

 仮にダメージが入ってるんならとっとと倒せよ。()()最強」


 豪のあおりに険悪なムードが漂い始めたが、サラマンの一言が一同の注意を引いた。


「正直な話、ダメージが入っていようがいまいが、あまり関係はありません」

「……またわけわからんこと言いだしたな。どういうことだよ」

「この闘いの目的は“エムワン”を倒すことではありません」

「何だと?」

「これほど派手に(チート)をぶつけ合ってるんです。まず間違いなく、運営かゲームマスターが介入してくるはずだ。やつらがやってくれば、流石の“エムワン”も沈黙させられる」


 つまり、更なる強者にこの場を調停してもらおうというわけか。

 最初は想定外の方針に驚きはしたものの、言われてみるとそれ以外の打開策はないように思えてくる。あの怪物を倒せれば大金星だが、それが途方もなく困難であることはこれまでの闘いで身にしみている。


 納得しかけたが、以前茜が口にした言葉を思い出し、僕はサラマンに尋ねる。


「でも僕が聞いた話だと、運営ってすぐに駆けつけてくるんじゃないんですか? し……流王さんと闘ってた時だって来なかったですし、今だって結構時間が経ってると思うんですが」

「ええ。多分彼らは今様子を見てるんだと思います。何せ、『転回者』の管理は基本的にはゲームマスターの管轄ですから」

「その、さっきからちょくちょく出てくるゲームマスターって何者なんですか?」

「簡単に言えば、この世界の現場監督者のようなものですかね。正直な話、私も姿を見たことはほとんどありませんが」


 何だそれは。“エムワン”よりよほど都市伝説っぽいではないか。そんなぼんやりした存在に、僕たちの行く末をあずけてしまって本当に良いものだろうか。


 僕に続いて、不安そうな声の阿羅が質問を続けた。


「言うなればそいつら現実世界の警察みたいな連中なんでしょ? 私らもだいぶルール違反しちまってるけど、逆にこっちがしょっぴかれたりとかしないわけ?」


 至極最もな質問だったが、サラマンは何をいまさら、といった口調だった。


「まあ、ありえますね」

「ハァ?! それじゃ意味ないじゃん!」

「安心してください。何らかのペナルティは課される可能性はありますが、処分なんて話にはならないはずだ。この場から抜け出せるなら別に構わないでしょう」

「そ、それはそうだけど……」


 阿羅は納得いかなそうだったが、動きだした“エムワン”を見て口をつぐんだ。どれだけ不平を言ったところで、この状況が変わるわけではない。あの小さな黒い化け物と闘い続けない限り、僕たちの活路は開けないのだ。


 チャット内が静かになったところで、覚悟を決めたサラマンの声が響いた。


「やつの影響かは分かりませんが、アイテムも利用できない絶望的な状況です。だが、このままやつと闘うほか我々に残された道はない。

 先も言いましたが、撤退戦を試みるには相手が悪すぎる。私のわきにいる『怪物ホイホイ』を全員でお守りしながら、あわよくばあの黒い怪物を倒してしまいましょう」


 彼の宣言が終わったところで、1人チャットに入っていないアルクトスの声があたりに響いた。それこそゲームを始める前のような軽い調子で言い放つ。


「ねえ、内緒話終わった? さっさと続きをやろうよ」

「ちょうど今そういう話になったとこだよ! このちんちくりんが!」

「豆小僧君の方が僕よりちんちくりんじゃんか」


 豪とアルクトスの相性の悪さはどうやら阿羅以上のようだ。彼らの性格を(かんが)みるに分からないではないが。


 2人のやり取りにげんなりしながら、僕はサラマンに最も気になっていた質問をぶつけてみた。


「あの、何で今回の闘いに参加したんですか? 聞いた話だと、サラマンさんたちの方からオファーを出してきたとか。“エムワン”の力を知っていながら、なぜ挑もうなんて考えを」

「……アル君が闘いたがってたので、つい軽い気持ちで」

「そんなことだろうと思いましたよ」


 この男、賢いのかバカなのか。

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