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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第22話:灯りの形

「クソッ、勝手に先走るなッ」


 森の中から野太い怒鳴り声が聞こえたかと思うと、続いて疲れ切った顔をした一条が姿を現した。その後ろには、路唯(ロイ)宇羅(うら)の姿も見える。

 宇羅の姿が見えた時、思わず口元がにやけてしまったのは誰にも秘密だ。


 一条は僕たちの姿を認めると、驚きもつかの間、破顔とともに大声で叫んだ。


「豪、阿羅(あら)、それに丈坊(たけぼう)! 無事だったか」

「一条さんたちこそ! 良かった!」


 中心に“エムワン”を挟んで会話をするのは何とも妙だったが、僕は仲間に会えた喜びと安堵に身を震わせた。豪と阿羅も珍しく2人で顔を見合わせて、はにかむような笑みを浮かべている。


 再開の喜びもそこそこに、僕はすぐさまメニュー画面からグループチャットを作成すると一条に尋ねた。


「“エムワン”とは接敵しましたか? それから、茜ちゃんの姿が見えないような……」

「最初はこっそり後をつけてたんだがな、あのバカが余計なことをしたせいで気づかれちまった。それから茜には万一のために後方で待機してもらってる。

 そっちこそ、流王さんはどうした? 急に連絡が取れなくなるから心配したぞ」


 どう答えるべきか悩んだが、すべてを話すには時間が足りない。

 “エムワン”の動きには注意を払いながらも、僕は注意深く言葉を選んだ。


「結論から言うと、流王さんとサラマンは裏切りました」

「……何だと?」


 一拍遅れて聞こえてきた一条の声は動揺していたが、僕はあえて続けた。


「僕たちと戦闘状態になって、“エムワン”の登場とともに姿を消しました。今どこにいるかは分かりません。詳しくは後から説明しますが、とりあえず今は、ここから逃げ出すことを考えましょう」

「……す、すまん、ちょっと待ってくれ。どうにも頭が混乱して……」


 一条の声音からは困惑が伝わってくる。事態を把握しようと努めているようだったが、あまりにも予想外で考えがうまくまとまらないらしい。宇羅と路唯の声は聞こえないが、彼らにしても状況をすんなりと飲みこめているわけではないだろう。


 それは勿論分かっている……分かっているが、目前に“エムワン”という新たな脅威を目の前にしている今、判断の遅れは致命的だ。


 “エムワン”は森から現れた一条たちに注意を向けている。今は様子をうかがっているようだが、数秒後には誰かに襲いかかっているかも分からない。


 どのようにして皆を納得させるか思案していると、予想に反して路唯と宇羅からはすぐに反応が返ってきた。


「何を悩むことがある。やつが消えたのなら、そもそもの計画も一旦白紙だろう」

「元々あんまり皆乗り気じゃなかったし、ちょうど良いんじゃないかな?」


 あまりにすんなりと受け入れられて、逆に僕が若干戸惑った。

 いくら何でも飲み込みが早すぎるだろう。というか、こんなとんでもないことをさらりと受け入れるなんて、どれだけ肝っ玉がすわってるんだ。


 しかし、自分自身が言った通り判断の遅れは許されない。2人の後押しを受けて、すぐさま一条を説得にかかった。


 勢いにも押され、最終的には一条も「グウム」という良く分からない声で了承した。完全に納得したわけではなさそうだが、一条に限って後から文句を言うようなことはないだろう。


 話がまとまり安心しかけた僕だったが、何かに気づいたような一条の「オイ!」という怒鳴り声で再び緊張の糸がピンと張る。あまりのボリュームにチャット内で叫んだのかと思ったが、どうやら地声だったらしい。


 見れば、1人の人影が“エムワン”に近づいていっているところだった。チャットでの説得に意識をかたむけすぎていて、気づくのに遅れたのだ。


 一体誰がと思ったのもつかの間、すぐにこんな真似をするやからは1人しかいないことに行き当たる。プレイヤーだからといって、グループチャットからはじいたのは失敗だったか。


 忸怩(じくじ)たる思いの僕をよそに、TCK最強の称号をもつ男は薄笑いを浮かべたまま“エムワン”の目と鼻の先で向かい合っていた。


「やっと会えたね、『都市伝説』野郎」

「……」

「なんだ、だんまりか。……まぁ良いや。せいぜい、噂にたがわぬ力を見せてよ」


 言うが早いか、アルクトスは両腕にたずさえた双大剣を軽々と振りかぶると、ためらいなく“エムワン”の身体を真っ二つにしようとした。


「?!」


 驚きのあまり、声にならない音が口から漏れる。

 その場にいた誰もが、僕とまったく同じ気持ちだったに違いない。何しろ斬りかかった当の本人さえ、想像外の出来事にぽかんと口をあけていたのだから。


 “エムワン”は何の素振りもみせず、アルクトスの剣撃をモロに身体で受けていた。四肢欠損や流血描写がないとはいえ、身の丈ほどもある巨大な鉄の塊が人を突き抜けていく光景には鳥肌が立つ思いだが、“エムワン”は蚊が止まったほどの反応すら見せていない。


「お前、何のつもりだ?」


 顔を引きつらせるアルクトスに、“エムワン”は興味さえ示していないようだった。亀のように首をめぐらして、僕たちをじゅんぐりに確認していくようなそぶりをしている。目の前に立つ男など、視界に入っていないと言わんばかりだ。


 PK禁止ルールが実装されているとはいえ、普通の人間であればこれほどあからさまな挑発に心中穏やかでいられるはずがない。それに、痛みがないとはいえ迫りくる剣のリアルさは現実のそれと変わらないのだ。反射的によけてしまうのが自然というべきだろう。


 アルクトスにとっては初めての経験に違いない。圧倒的なセンスでプレイヤー最強の座に長らく君臨してきた男にとって、この扱いはとても容認できるものではないだろう。


「……まさかこの僕を無視とはね。ハッハッハ、流石都市伝説と呼ばれるだけはある」


 だがしかし、アルクトスは心底愉快そうに高笑いをすると、再び双大剣を構えた。無視されたことにいら立つわけでもなく、ただ純粋な期待に瞳をきらめかせながら、彼はいたずらっ子のような笑みを見せている。


「でも妙だね、君。今確かに、()()()があったよ。……もう1回、試して良いかな?」


 手応え――彼はそう言った。PK禁止ルール下において、手応えを感じたと。

 そんなことがあり得るのか? 頭の片隅でほこりをかぶっていた、ずいぶん前の記憶が蘇る。TCKに来たばかりの頃、安原に腹を殴られた時の、あの感覚。


 あの時、僕は――


 意識は腕を振り上げるアルクトスをに釘づけになっていたが、チャットから聞こえてきた路唯の声で我に返った。


「おい、何をボーっと突っ立ってる。あの戦闘狂がボランティアやってる間に、さっさとこの場を離れるぞ」


 言われてみれば確かに、考えてみればこれは絶好の機会だ。

 アルクトスは“サンプル”ではないから死ぬことはないし、何より彼自身が闘いたがっている。何を遠慮することがあるというのか。


 豪がいち早く反応を返す。


「路唯の言う通りだ。やつがアルクトスを振り切って追いかけてきた場合に備えて、全員で固まって離脱しよう」


 考えの整理がついたのか、一条の声にも迷いはない。


「賛成だ。俺たちが通ってきた道をそのまま引き返す形にしよう。途中で茜をピックアップしていきたい」

「了解。俺たち3人もすぐにそっちへ行く」


 豪と阿羅、そして僕は互いに顔を見合わせると、“エムワン”にもう1度斬りかからんとするアルクトスを横目に一条たちがいる方向へと走った。


 耳ざわりな声がその場にいる誰しもの耳に届いたのは、まさにその時だった。


「覚エダ」


 声の方を一瞥(いちべつ)すると、“エムワン”がじっとこちらを見ていた。僕の動きに合わせて、ゆっくりと首を動かしている。正面にいるアルクトスが振り下ろす巨大な刃がスローモーションのようにゆっくりと、そのぼろ切れに包まれた小さな身体に迫っているにも関わらず、やつの視界にその脅威は映し出されてはいないようだった。


 その目はフードに隠れて確認できない。

 しかし、身体の奥底からわきあがる悪寒は本物だ。理解はできずとも、太古よりDNAに刻まれた本能(シックス・センス)が、肌がぴりつく危険信号を発信し続けている。


 “エムワン”は今――僕を()()()()


「?!」


 再びアルクトスから声にならない叫びが上がる。

 黒い閃光(せんこう)が次元の割れ目のように世界を切り裂き、僕たち3人と一条たちの間に濃く深い溝を作った。


「あそこから、かわした……?」


 アルクトスがもらしたつぶやきが耳に入ってくるが、僕の意識は彼の言葉を拾いはしなかった。

 目の前に姿を現した怪物の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに全神経が集中している。外界の情報をすべて遮断し、目前の悪魔に注がれた意識が、その口元の動きを捉えた。


「モウ、(マギ)レン」

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