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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第11話:世界の餌

 獅子旗(ししはた)が右手を天に(かか)げると、彼の背後の空間から1本の巨大な黒い腕が出現した。指は8本あり、その先には人の顔のような影が(うごめ)いている。


「さぁ、もぐらたたきだ」


 獅子旗が怖気(おぞけ)もよおすような笑いを浮かべると同時に、小さな家屋ほどもある(こぶし)が僕らのもとへ降り注ぐ。すんでのところで(かわ)したが、地面に小さなクレーターができているのを目の当たりにして、僕はゾッとせざるを得なかった。


「半端ねぇ威力だな……まるでちっさい隕石(いんせき)だ」


 豪の表情は厳しく、眉間(みけん)のしわの深さが絶望の大きさを示しているようだった。


「あれ、『混沌(カオス)の隻腕』でしょ?! δ(デルタ)2クラスの術式をあんなにあっさりと使うなんて、どんな処理能力してんのよ」

「ちょっと予想外のものが出てきたくらいで騒ぐなよ、阿羅(あら)。とりあえず、固まってたら良い的だ。散会して、三方向から同時に仕掛けるぞ!」


 豪のかけ声とともに、僕たち3人は等間隔に獅子旗を取り囲んだ。

 獅子旗は相変わらず余裕をもった表情で、中空より現れた巨大な拳で、僕らを叩きつぶさんとしてくる。


 だが、分散したことによって1人当たりへの攻撃頻度は顕著(けんちょ)に減少していた。獅子旗は特に豪を早く始末したいらしく、彼の周りの地面だけが既にひび割れだらけになっていた。


「このバカが俺にかかりきりになってる間に、さっさとダメージ入れろ! タコ助!」


 持ち前のスピードで小隕石の間を縫いながら、豪が叫ぶ。


「言われなくても分かってるっての!」


 阿羅は叫ぶとともに、両手を真っ直ぐ獅子旗の方へと向けた。彼女の掌から眩い紅蓮(ぐれん)の炎が吹き出したかと思うと、目にも止まらぬ速さで獅子旗へと突き進んでいく。


 彼女の攻勢に合わせて、僕もやつとの距離を詰めた。盾はもたず、両手で木剣を握ったまま、僕は獅子旗に向かって地面を蹴る。

 阿羅の攻撃と同時に、やつの身体に「騎士長の直剣」を叩き込んでやる。大振りは狙わず、あくまで確実にHP(ヒットポイント)を削るのだ。


 多勢に無勢。


 現実世界を忠実に再現したTCKのPvPにおいては、数は則ち力だ。低レベル帯プレイヤーであっても、5人集まれば高レベルプレイヤー1人を圧倒することだってできる。対複数の決闘を挑まれた場合、取りうる方法は2つに限られる。


 自分も相手と同数かそれ以上の仲間を集めて受けて立つか……それができないのであれば潔く身を引くか、である。


 ただ非常に稀なケースではあるが、3つ目の選択肢――つまり対複数での決闘を受けて立つことがある。

 それはほとんどにおいて、自分より相手が圧倒的に格下である場合だ。闘う前から勝負が見えているような、天と地ほどの力の差がある場合に限って、プレイヤーはその自尊心を満足させるために、目の前に表示されたOKボタンを押下する。


 獅子旗にとって、僕たちは羽虫同然なのだろう。だからこそ、やつは対複数であるにも関わらず、自らこの闘いを始めたのだ。


 ……そして、その自信の源がどこにあるのかを探るのが、僕の最初の一手というわけだ。


 聞こえているか。背後から迫る僕の刃の叫び声が。

 感じ取れているか。側面でたぎる阿羅の豪炎の熱が。


 お前は一体、どう対処しようというんだ。


 背を向けている彼の頭上の空気から、バスケットボールほどの黒い球体が2つ溶けだしてきた。気味の悪い球体は生物のように微かな震えを見せてから、中心からぱっくりと裂けた。

 それは、瞳であった。1つの球体が、1つの眼球なのだった。見開かれた(まなこ)宵闇(よいやみ)より黒々としており、(つや)のない眼球をギョロギョロと動かしている。


 片方の瞳が、ぐるりと回って僕の姿を捉えた。


「丈嗣、気をつけろッ」


 分かってる。

 あれは、「悪魔(デーモン)の邪眼」――術者と視界を共有する魔術。獅子旗には、僕の姿が()()()()()


 阿羅の忠告に心で応えるのとほぼ同時に、「混沌(カオス)の隻腕」の一撃が僕を見舞った。既に見切っていた攻撃だったため、割とあっさり避けることができたが、同時に目の前で何十もの「氷礫(ヘイルストーン)」が生成されているのを見た時には、一気に背筋が寒くなった。


 背負っていた盾を構えた瞬間、文字通り氷の(つぶて)頭蓋骨(ずがいこつ)を砕かんばかりの勢いで降り注ぐ。α(アルファ)2クラスの魔術であれど、まともに受けては無事では済まない。幸い、瞬時に「大隊長の抗魔盾」を投影させたため、被弾は最小限に抑えることができた。


 しかし、衝撃のあまりすぐに立ち上がることができない。


 視界の端に映る阿羅は、苦しそうに(あえ)いでいた。彼女はふらつきながらも、ありったけの豪炎を放っていたが、獅子旗の側面に現れた「羅刹天(らせつてん)の獄門」はその全てを軽々と飲み込んでいる。


「その程度の(チート)じゃ、そこらの上級魔術師とそう変わらないな。全く驚くほど凡庸だね、君は」


 獅子旗はせせら笑いながら、振り向くことさえしなかった。豪の相手をしながらも、その流暢(りゅうちょう)な口ぶりは淀まない。


「演算性能が低い上に、『視る』という原始的な座標指定すら少々難儀(なんぎ)な君の攻撃を防ぐことなんて、陸を()う亀を捉えるがごとく容易なことだ。身体的(フィジカル)な面ではてんで役に立たないってのに、お得意の(チート)すらお遊戯会レベルとは……何で君がこのパーティにいるのか最初から疑問だったよ」

「……うるせぇ!」

「その強い口調は、不安の裏返しなんだろう? 良く分かるよ。

 似たような(チート)を授かった姉の方は、次の『転回者』候補と呼ばれるほどの逸材だったというのに」


 その言葉に、阿羅がぎりりと唇を引き絞る音が聞こえる気がした。徐々に、腕から巻き起こる炎の柱が力なくやせ細っていく。

 阿羅の額にはいつの間にか、玉のような汗がいくつも浮かんでいる。


(チート)の継続的な使用は脳に負担をかける――君のように性能の低いマシンを積んだポンコツは、特にね」


 その言葉を聞いた途端、身体が勝手に動いていた。


 何故かは分からない。いや、分からなくても良かった。

 動く理由なんて、目の前にいるこの男が、大切な仲間を(おとし)めたというだけで充分過ぎる。


 両腕に剣と盾を構え獅子旗に向かって突っ込もうとしたが、彼の魔術は容易に僕を間合いの中へは入れなかった。

 地面から岩石の槍が次々に飛び出してくるのを、僕は何とか(かわ)し続けた。何とか距離を詰めても、すんでの所で「混沌(カオス)の隻腕」が飛んでくる。


「クソッ、近づけねぇっ」


 豪が飛び退くのと同時に、僕も一旦獅子旗と距離を取った。


 彼の表情や仕草に、とてつもない嫌悪感を感じる。他人のことを憎いと感じたのは、これが初めてだ。


 この男は(ガン)だ。見つからぬよう世界に潜み、歩くだけで草木を枯らし、空気を腐らせる。(まと)った悪意で他人を傷つけ、人の善意を(もてあそ)び、あまつさえその命さえも刈り取る。


「何故……殺したんだ」


 気づかぬ内に、そんな言葉が口から漏れていた。


「どうしたんです、急に」

「流王さんや園子さん、ツカサ、それ何人もの“サンプル”を、どうして」

「ライフワークですよ」


 サラリと言ってのける獅子旗に、金槌(かなづち)で頭を殴られた気分になる。


「……ライフワークだと」

「ええ。

 さっき豪君も言った通り、私には模倣(コピー)のの(チート)があります。プレイヤーの剣技や魔術だけじゃなく、アバターの容姿や、果ては記憶だって吸いだせる。

 ただ、君たちの(チート)は『模倣(コピー)』するには少々データ量が大きすぎるんです。PvPで勝ったところで、下らない消費アイテムと『着せ替えアバター』がちっとばかし増えるだけだ」

「だったら、何故」

「ここまで聞いてもまだ分からないんですか?

 ライフワークだと言っているでしょう。愉快だからですよ」


 高笑いが、獅子旗の口から天に向かって放たれる。

 どんな顔をして良いのか分からないでいると、獅子旗は眉尻を下げ、目を細めた。


「大袈裟な顔はやめて下さい。君たちなんて、TCK(ここ)にきている時点で半分死人のようなものじゃないですか」


 一拍遅れて、ふつふつと自分の中で激情がたぎり始める。僕はきっと獅子旗を睨みつけると、地鳴りのような低い声で言った。


「何だよ、それ……ふざけるなよ。“サンプル”だって、全員が自分の運命に絶望してるわけじゃない」

「おやおや、自分たちに自由意思が認められるとでも思ってるんですか? 貴方たちは、この世界と私たちの餌に過ぎないというのに」

「餌……? どういう意味だ、それ」


 彼の意味深な笑みに、僕は眉をひそめた。


 獅子旗は何でもないことのように、さらりと口にした。


「自分たちが何故集められたか、考えたことはありますか」


 その言葉は、一瞬にして時の流れを止めた。

 世界はカラーから白黒(モノクロ)へと変化し、全ての音はその場で地面へぽとりと落ちた。うるさいほどの静寂が、耳の奥でキーンと鳴っている。


 僕も豪も阿羅も、ただ目を見開いて、じっと目の前の男に視線を注いでいた。


 彼は今、この世界の忌まわしき秘密を語ろうとしていた。

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