第8話:Room Number
豪の雄叫びにも似た怒鳴り声に、流王も阿羅も、そしてサラマンも僕も、揃って動きをぴたりと止めた。
「阿羅、ちょっとこっちこい」
「はあ?!」
「いいからこいッ!!!」
「いきなり何言ってんのよ、頭に虫でもわいたんじゃ――」
「早く、こいッ!!!!!」
豪の剣幕に驚いたのか、阿羅は口をへの字に曲げながらもこちらに歩み寄ってきた。彼女は息がかかるほど近くまで豪に顔を寄せると、その横っ面を睨みつける。
「で、何よ」
「お前に用はねぇ」
「……おちょくってんの、あんた?!」
「良いからちょっと黙ってろ」
豪はゆっくりと深呼吸をすると、決意を秘めた眼差しで手を天に掲げた。
「俺が用があるのは――あんただ」
そう言って豪が指さしたのは、他ならぬ流王その人だった。
「え?」
ご指名をもらった流王も面喰っているのか、二の句が継げないでいるようだ。豆鉄砲を喰らった鳩のような顔で、恐る恐る豪に尋ねる。
「……何かな、豪君」
しかし、豪はこれ以上ないというほど真剣そのものだった。その口調は、とても冗談を言うようなそれではない。
「いつまでとぼけるつもりだよ。もうオママゴトは終いだ」
流王の目が、困ったように細められる。
「ごめん、ちょっと何言ってるか分からないんだけど」
苦笑いしながらこちらに目で助けを乞う流王に、僕は心底同情した。
何だってこんな場面で、豪のやつは訳の分からないことを言いだすのだろう。仲間の命が首の皮一枚つながったところに、いきなり爆弾を放り込みやがって。
流王にしても、本当は腹が立っているに違いない。
あまりの傍若無人ぶりに我慢できず、僕は思わず口を挟んだ。
「おいおい、いきなり何言ってんだよ豪。流王さんもびっくりしてるだろ」
「今使った魔術は何だよ、おい」
完全無視かよ。
流王は頭をかきながら、
「何って、『土砂棺』だけど」
「普通のことですが何か、みたいな口調で俺が騙されるとでも思ってんのか?」
「だって、何も特別なことはないだろ? ただのありふれた魔術さ」
そこで、僕は阿羅の顔に一瞬疑念の色が浮かんだのに気づいた。
豪はふんと鼻で笑うと、両腕を広げゆるゆると首を振った。
「おいおい、あまりにお粗末だな。丈嗣と阿羅だけだったらそれで丸め込めてたかもしれねぇけど、俺にそんな小手先の言い訳が通じるかよ。
剣技や体術と違って、“サンプル”が魔術を身につけるのは至難の業だ。自分の身体を動かすのはイメージが湧きやすいが、魔術なんてのは現実世界には存在してない。自身の力を除いて、俺たち“サンプル”が魔術を習得するのは実質不可能と言って良い。
あんた自身が言ってたことだ」
「……ああ、確かに言ったかもしれないな。ただ、それはあくまで一般論に過ぎない。
俺は少々特別で、その一般論が当てはまらなかっただけのことさ」
「へえ。それじゃ、いつから気づいてたんだ?」
「え?」
「だから、いつから気づいてたんだって。 10秒以内に答えろ」
「……そんな急に言わたって、すぐには思い出せんよ」
「へぇ。それじゃ、どんなシチュエーションだったかでも良い。あんた、最近は前線に出てないはずだろう。あんな攻撃用の術式、闘いの最中じゃなけりゃ使いっこないはずだよな? 日向ぼっこしてる間に偶然発動しちゃったとでも言うつもりか?」
「それは……」
「それに、何だってそのことを俺たちに黙ってたんだ? 今回みたいに下手すりゃ死んじまうかもしれない状況で、仲間に手の内を見せなかった理由は何だ。 5秒で答えろ」
「……」
流王は応えない。腕を組み、顔を少し伏せている。
嘘だ。そんなこと、あってたまるか。ただ、豪の質問があまりに矢継ぎ早だから、返事をする暇がないだけに決まっている。
「それに、さっきの顔はなんだ。しまった、って顔してたな。“蟲堕ち”に首刈り取られそうになってる場面で、えらく余裕じゃねぇか。
うっかり魔術使っちまって、ヤベェって思ったんだろ?」
流王は尚も反論しようとはしなかった。
それどころか、薄ら笑いを浮かべたまま豪の話に聞き入っているように見える。
そんな彼の様子を見ている内に、僕の心中にはモヤモヤとした霧が立ち込めてきた。その霧は僕が今まで信じてきた世界を、ことごとく灰色に塗りつぶしていく。窓に灯った明かりは全て覆い隠され、いつしか僕は、真っ暗な街中を1人さまよっているような心細さに襲われた。
今まで確たる信頼を寄せてきた流王の顔が、見も知らぬ赤の他人のように見えてくる。
「確かに、流王さんって隠密系の力だったはず……あんな力、今まで一緒にいて1度だって見たことない」
そう漏らしたのは阿羅だ。
「それに豪も言ってたけど、戻ってきてからの流王さん、何だかおかしかった。
それまでは何か起きると真っ先に飛び出して行ってたのに、最近は私たちを向かわせるだけで、拠点の部屋に閉じこもって考え事してることが多くなった気がする。暑苦しくもなくなったけど、何ていうか、ちょっと冷たいっていうか。
私はてっきり、ツカサ君を追った先で何かひどいものを見たせいだとばかり……」
確かに、豪はいつも言っていた。
最近の流王の様子が以前までとは違っていると。
まさか、本当に――。
霧はますます濃くなり、胸の内の灯台の光はほとんど見えない。
「自分の道は、自分で拓かなくてはな」
いつも自分を元気づけてくれた彼の言葉が、見る見る内に色あせていく。
瑞々しかった言葉が、あっという間に枯れていく。
黙っている流王から視線を外さないまま、豪は続けた。
「だが、正直これだけじゃ確信には至らなかった。
あんた、まだTCKに来たばかりの丈嗣に言ったそうだな……現実世界での部屋番号が分かったら、1番に自分に教えるようにって。思えば、その時から保険を張ってたんだな、あんたは」
「……」
「惜しかったな。要は、タイミングの問題だった。あんたより先に、このボンクラが俺に話しちまったがために、あんたの張っておいた保険は無駄になった。
今、教えてやるよ。あんたが知りたがってた、このボンクラの番号を。
……丈嗣、お前の番号は、何番だ」
急に話を振られて驚いたが、僕は咄嗟に答えた。
「え、M-47。それが僕の番号です。
ついこの間、思い出したんだ」
番号を聞いた瞬間、阿羅の顔が目に見えて引きつった。
彼女は僕と流王を交互に見やると、前触れもなくがたがたと震え始めた。両腕で自分の身体を抱きながら、ゆっくりと流王から遠ざかる。
次に豪が口にした言葉を聞いて、僕はようやくその阿羅の行動の意味が分かった。
同時に、頭の中が真っ白になる。
「M47は――流王さんの番号だ。
……お前、一体誰だよ」
流王と呼ばれていた男の唇が、ついと歪んだ。




