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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第7話:虎の爪

 流王(るおう)(チート)がどんなものなのか、詳細に聞いたことはない。以前豪から少しだけ聞き出した時には、隠密(カモフラージュ)系統だと言っていた。てっきり豪や一条のように前線向きの力だと思っていたから、意外に感じたのを良く覚えている。


 ただ、ここ(しばら)くの流王は何故か(チート)が自由に使えなくなっているようだ。僕がTCKにやってくる以前、ツカサと獅子旗(ししはた)を単独で追っていたそうだが、帰って来てからというもの、今まで戦闘で1度も力を使ったことはなかったらしい。


 というか、そもそも闘いに出ることがなくなった、という話だ。


 理由は分からない。

 もしかしたら、ひどく痛めつけられたことがトラウマになったのかもしれないし、心境の変化があったのかもしれない。


 いずれにせよ、流王は今、満足に闘えない状態にある。

 ……その背後から、死の危険が迫っている時だとしても。


 意識が現実に引き戻される。


 何だか、全てがスローモーションに見えた。

 叫ぶ阿羅(あら)の顔、驚きに目を丸くする豪の表情、ただ1人こんな時でも表情を変えないサラマン。映画のワンシーンのように1秒が1時間に引き伸ばされたような光景が目の前には広がっていた。


 流王の顔は見えない。彼は迫りくる“蟲堕(むしお)ち”の方を見ている。

 一体今、どんな顔をしているのだろう。


 意識だけは光のように早いのに、身体は鉄のようにずっしり重い。もどかしさのあまり、叫びたくなる。


 一撃で即死ということはないかもしれない。ただそれでも、軽傷では済まないだろう。流王が重傷を負えば、作戦は中止せざるを得ない……いや、そんなことどうだって良い!


 仲間が死んでしまうのだけは、絶対に嫌だ。


 しかし、僕がどれだけ強く叫ぼうとも、迫りくる“蟲堕ち”が消えることはない。流王に一歩ずつ迫る、死の足音をかき消す(すべ)ももっていない。


 虎のように鋭い爪が生えた“蟲堕ち”の手が、流王の首筋を捉える。防具で(おお)われていない急所を正確に狙っているのだ。その一撃に凄まじい威力が秘められていることを、僕の第六感が告げている。

 もうあとコンマ数秒で、流王はボロ雑巾(ぞうきん)のように吹き飛ばされる。


 見ていることしかできない……非力な自分を、僕は呪った。


 しかしその時、突如感じたことのないほどの地鳴りが身体を揺すった。


「?!」


 地面の下から巨大な(つち)で突き上げられたような凄まじい縦揺れに、立っていることができない。見ると、全員が呆然として様子をうかがっている。


「な、何が起きた?!」

「知るかよ! そんなことより、流王さんは無事か?!」


 しゃがみ込んだ阿羅が、はっと息を呑む。


「……あ、あれ見て」


 そう言って彼女が指差した先には、異様な光景が広がっていた。


 タケノコのような形の塊が、地面を食い破るようにして出現していた。大きさは丁度、人が3人分入るくらい。雑居ビルの少し大きめのエレベーターくらいの大きさだ。表面はつるつると滑らかで、大理石のように照り輝いている。

 最初は魔物が出現したのかと焦ったが、どうやら違うらしい。魔術を使った時特有の空気が揺らぐようなエフェクトがかすかに残っていた。

 

 “蟲堕ち”は、その中にすっぽりと収まってしまっているようだった。流王に向けて振り下ろされた腕だけが、滑らかな表面からまるで新芽のようににょっきりと生えている。


 流王はその奇妙なオブジェの前で、これまでに見たことがないような顔をしていた。その表情を見て、僕はおやと思う。


 その顔つきは、決して死を目前にした者のそれではなかった。

 まるで、楽しみにとっておいたお菓子の場所を家族に知られてしまった時のような――


「あれは……『土砂棺(ソイル・コフィン)』」


 豪のかすれた声が耳に届いた。その顔は何故か、ひどく険しい。


「何だよ、それ」

δ(デルタ)1クラスの拘束術式だ。一定時間対象を捕縛(ほばく)し、自由を奪うことができる……ただ、それだけじゃねぇはずだ」

「?」

「『土砂棺』単体で完全に自由を奪うことができるのは中位の魔物まで。“蟲堕ち”の動きを封じることは不可能に近い。一体どうやって……」


 豪は必死に考えているようだったが、僕はそんなことどうでも良かった。


 流王が助かったのだ。まさか魔術まで使いこなせるとは驚きだが、“エムワン”が控える今となっては嬉しい誤算以外の何物でもないではないか。


「いや、何にせよ助かったんだから良いじゃないか」

「……そう単純な問題じゃねぇ。むしろ、もっとややこしくなった」

「はあ? 何をそんな難しい顔を――」

「ちょっと黙ってろッ」


 豪のあまりの迫力にたじろいでしまいそうになる。

 急に怒鳴り声を上げるなんて、いくら危なかったとはいえ気分が悪い。


 何をそんなにナーバスになっているのだろう、この坊主頭は。


「流王さん、大丈夫ですか?!」


 見ると、阿羅が流王に駆け寄っていくところだった。遠目ではっきりしないが、心なしか瞳が(うる)んでいるように見える。


「フーッ、本当に危なかった。ヒヤッとしたよ」


 彼はおちゃらけて(ひたい)の汗を拭うふりをしてみせてから、白い歯を見せてニカッと笑った。どうやらダメージは負っていないらしい。“蟲堕ち”に襲われたのは災難だったが、不幸中の幸いだった。


 流王が微笑みながら阿羅の方へ一歩踏み出そうとした。


 その時。


「誰も動くなッ!!!」


 突然、豪があらん限りの怒鳴り声を上げた。

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