第6話:埋まった頭
「クソッタレ、最悪だ!」
豪は舌打ちをすると、迎撃態勢を取りながら流王に進言した。
「流王さん、“蟲堕ち”だ! 一旦退こう」
しかし、流王からの返答は予想外だった。
「駄目だ」
「ハアッ?! 何言ってんだよ、あんた」
「すぐそこに“エムワン”がいる。今退いたって同じことだ。どのみちやつらを突破しなければ道はない」
「じゃあどうすんだよ! このままじゃ全員死ぬぞ!」
言い争っている間にも、“蟲堕ち”は着実に距離を縮めてきている。暗がりから出てきた彼らの顔を見て、僕はぞっとした。
目は血走り、口からは涎が溢れている。狂犬病に罹患した犬の映像が一瞬脳裏にフラッシュバックした。
「あれは……間違いない。『青虎』のメンバーだ」
サラマンの口から漏れたギルド名に聞き覚えがある。
「『青虎』って、確かナラキア郊外で失踪したとかいう……」
「ええ。あの1番右端の男に見覚えがあります。『ナナクサ』とかいうハンドルを使っていた」
「どういうことだ……まさか、“エムワン”の力で“蟲堕ち”に……」
「とりあえず目の前の彼らは何とかしないと。やれますか、丈嗣君」
僕は頷く代わりに目配せをしてから、サラマンに顔は向けないまま口を動かした。
「サラマンさん、1つ注意して欲しいことがあります。
“蟲堕ち”には、こちらの攻撃は通りません。ダメージを与えようとしても無駄なので、できるだけ距離を取るように気を付けて下さい」
「……分かりました。ちょっと苦労しそうですね」
言うが早いか、彼は“蟲堕ち”に向かって飛び出していく。
「危ないッ」
だがサラマンの身のこなしは軽快だった。襲い掛かる“蟲堕ち”の攻撃を容易く避けながら、熊の顎でも砕けそうな威力の体術を見舞っている。剣術では相手を吹き飛ばせないことは既に分かっているようだった。
「私、遠隔魔法が使えるわけでもないので、こうするしかないんですよ」
闘いの最中にも関わらずはにかむ余裕があるとは、恐ろしい男だ。
「わ、私も闘う! こっちには敵の気配もないし」
「阿羅はやめときなって! 相性悪いんだから」
「やってみなきゃ分からないでしょ! どけっ」
阿羅は僕を押しのけると、両手を顔の前に構えた。掌を敵に向けて、何かしら小声で唱える。
次の瞬間、1体の“蟲堕ち”が真っ赤な火炎に包まれる。阿羅が唇を動かす度、次々に“蟲堕ち”たちは乾いた木枝のように燃え上がった。
「よし!」
だが、やつらは一瞬動きを止めただけで、まるで何事もなかったかのように動き続けた。燃えていることなど些細なことだと言わんばかりに、僕らに襲いかかってくる。
「ええっ、何で?!」
「だから言ったろ! やつらにはこっちのダメージは通用しないんだぞ。阿羅だって分かってるはずだろう」
「そ、そんな……話は聞いてたけど、本当に、まさか、そんなっ」
うろたえる阿羅の前に、見覚えのある丸い頭が飛び出す。
「失せろ、きもちわりい!」
間一髪のところで豪の力が炸裂し、2体の“蟲堕ち”は10メートル近く後方へ吹き飛ばされた。
こちらを振り返った豪の表情は真剣そのものだ。
「下手にでしゃばってんじゃねぇぞ、阿羅!」
「ご、ごめん……」
「ケッ、謝ってんじゃねぇよ、気持ちわりい。おら、お前は後ろ下がってろ」
珍しく素直に引き下がる阿羅を後目に、僕は豪に尋ねた。
「どうするんだよ、これじゃきりがない」
「知るかよ、流王さんは後ろで縮こまって突破するしかねぇの一点張りだしよ。……やっぱりおかしいぜ」
「何がおかいしんだ?」
「……いや、こっちの話だ。気にすんな」
豪は軽く唇を噛むと、
「暫くは俺とサラマンの野郎でやつらの相手してるから、その間にお前らで何か策を練れ」
「そ、そんな! 僕、作戦立案とかできるタイプじゃ――」
「それ以上に、やつらの相手できんの俺たちだけだろうが! おら、さっさと何か考えろよ!」
そう残して、豪は“蟲堕ち”を止めるために最前線へと駆けていく。
どうする、このままじゃ豪の言う通り最悪全滅の危機だ。本来であれば撤退すべきなんだろうが、要の流王がそれを認めていないとなると、何とかして切り抜けるしかない。
流王に相談したいが、彼にも特段良いアイデアは思いついていないようだし、阿羅にしても、今は少しパニックになってしまっている。僕1人で何か捻りだすより他はない。
“蟲堕ち”の特性――それは、こちらからの攻撃が一切通らない、つまりダメージを与えることができないということだ。もしかしたら倒す方法があるのかもしれないが、それを今この場で見つけ出すのは難しいだろう。
だとすると、方法は1つ。倒さずに無力化するしかない。逃げるだけじゃ駄目だ。
……あれを、やるしかない。だがやるには、6体を同じ場所に集めないと。僕の力には限りがあるし、できれば一発で終わらせたい。
それから、一瞬足止めをする必要がある。ほんのわずかな時間で良いから、やつらの足をその場に釘付けにするのだ。
僕はすぐさまメニューボードを開くと、豪とサラマン、阿羅の3人と音声チャットをつないだ。豪とサラマンの荒い息遣いが、闘いの激しさを物語っている。
3人に作戦を説明すると、即座に全員から返事があった。
「それしかねぇんだな! 仕方ねぇ」
「分かりました」
「や、やってやるわ!」
「よし、じゃあ準備してくれ。この作戦はタイミングが命だから、注意してくれよ」
返事はないが、2人の闘い方を見て僕のメッセージが伝わっていることはすぐに分かった。サラマンも豪も、できるだけ敵を自分に引き付けている。
「良いぞ、その調子! 合図したら手はず通り頼む。
阿羅も、準備はできた?」
「勿論よ」
「……深呼吸しなくて良い?」
「し、失礼ね! ちょっとばかし前まではもやしみたいにひょろっちかったくせに、急にリーダーぶっちゃって」
憎まれ口を叩きつつも、彼女はちゃっかり大きく口を開けて深呼吸していた。
やれやれ、もっと楽にコミュニケーションが取れないものか。
僕もすぐに力を発動できるよう、意識を内面へと集中する。投影するものの質感を、肌に触れているくらいリアルにイメージして――
「3、2、1……今だ!」
僕の声と同時に、サラマンと豪は一斉に“蟲堕ち” をこちらに向かって吹き飛ばした。おぞましい6体の元プレイヤーが、ほぼ同時に目の前に吹き飛んでくる。
「阿羅!」
「任せて!」
“蟲堕ち”が地面に叩きつけられた瞬間、阿羅によって生み出された炎の渦がやつらの周りを一斉に取り囲んだ。ダメージを与えることはできないかもしれないが、これで動きが少しだけ鈍るはず。
そしてここからが最終仕上げ。僕の番だ。
液体のイメージは既に充分すぎるほど練り上げている。
僕は地面に手をつくと、頭の中で音を立てる液体の質感を素早く掌に投影した。まるで湧水が自分の中を伝っていくような不思議な錯覚に少しだけ戸惑う。
ちりちりと、脳が燃えるような感覚。ウォッカを直接胃袋にぶち込まれたような悪辣な酔い。
この妙な感じにも、もうだいぶ慣れてきた。
「沈め」
言葉と同時に、確かな手応えがあった。
それでも、すぐに力の解放はやめない。念には念を入れて、可能な限り力を持続させる。
「よし、阿羅、もう力を解いて良いよ」
天まで届くような赤色の柱が消えると、そこに“蟲堕ち”の姿はなかった。代わりに、奇妙な形をしたキノコのような物体がいくつか生えている。
「おい、やったのか?!」
「安心しろよ、成功だ」
「姿が見えないようですが……」
「いや、あれがやつらですよ」
僕が指さした先には、あの妙な形のキノコが生えている。
訳が分からず眉間にしわを寄せるサラマンに、
「僕のチー……力で、やつらを地面に沈めました。もう自力では出れないはずです」
「ああ、あれは彼らの頭、ということですか。だとしても、おかしいですね」
「はい?」
「あそこに見えるのは、全部で5つ。1つ頭が足りません。『ナナクサ』がいないようです」
以前、“蟲堕ち”から命からがら逃げだした時のことを思い出す。
あの時も確か、こんな展開があったような――
僕が振り向いた時には既に、元「ナナクサ」が流王の背後に迫っていた。
気配に気づいた流王も振り返るが、もう“蟲堕ち”はあと少し手を伸ばせば届く距離にいる。彼がどんな顔をしているのか、僕には見えない。
近すぎる。あれじゃ、避けられない。
「流王さん!!」
阿羅の叫び声が、静かな森の中にこだました。




