第5話:悪い夢
流王の判断により、突入班は2つに分けられた。
一方はリーダーの流王を筆頭に、サラマン、豪、そして阿羅に僕を加えた5人だ。
もう片方の班ではリーダーに一条を据え、アルクトス、路唯、宇羅、茜のこれまた5人。
どういった基準で分けられたかは定かでないが、僕は良く見知った豪と阿羅と同じ班で正直ほっとしていた。唯一サラマンだけが気がかりだが、別にピクニックに行くわけではないのだから、必要最低限しか話さなければ問題ないだろう。
「その麻袋、何か久しぶりに見た気がするよ」
別れ際に茜に声をかけると、彼女は照れたような笑みを浮かべた。
「何だか恥ずかしいな、この格好」
「そんなことないよ。『ナラキア』までの道中を思い出す」
「いやあ、色んなことがあったよねぇ。私は最初のデスワーム戦が1番印象に残ってるの。丈嗣君と息ピッタリ合ってたから」
茜は懐かしむように目を細めたが、ふと思いつめた表情になった。
「本音を言うと、あんまり行きたくないんだ」
少しうつむき加減で、そうこぼす彼女の声はか細い。生来優しい茜にしてみれば、“エムワン”討伐などやりたくないに決まっている。
きつく握られた小さな拳が小刻みに震えているのが目に入り、僕の心はちくりと痛んだ。
「こんなこと言うと、何1人だけ勝手なこと言ってるんだって、怒られるかもしれないけど……」
「そんなことないさ。僕だって乗り気じゃない。
いざ“エムワン”を前にして、全力で闘えるか自信がないんだ。もし“エムワン”のHPがゼロになったらと思うとゾッとするし、何より自分にも危険が降りかかった時、気持ちの糸を切らさない自信がないよ。
情けない話だよね」
自嘲気味な僕の言葉に、茜は首を横に振った。
「そんなことない。丈嗣君は芯の強い人だよ。私、知ってるから」
そう言って、力強く頷いてくれた。
彼女のそんな一言に、今まで幾度となく助けられてきた。どんな時であっても相手のことを第一に考える――それが布施茜という女の子がもつ、最も強い力であるような気がした。
「茜ちゃんだって、無理しなくて良いよ。大丈夫、ピンチになっても、一条さんや宇羅ちゃんがいるから、きっと助けてもらえるさ」
「……うん、そうだよね! ありがとう、丈嗣君」
彼女に背を向けて歩きながら、僕はひっそりと唇をかみしめた。
大丈夫、僕が守るから。
そう言えなかったことが、少しだけ悔しい。
******
「いやぁ、ドキドキするなぁ。このドキドキが楽しみからくるのか恐怖からくるのか……君はどっちからだと思いますか?」
「……私に話しかけてんの? あの童顔の金魚の糞なんかと話したくないんだけど」
「ハッハッハ、辛辣ですねぇ」
片腹痛くなるようなやり取りをする阿羅とサラマンの少し後ろを歩きながら、僕は豪に声をかけた。
「ちょっと、話があるんだけど」
「何だよ? こんな時に」
怪訝そうに首を傾げる豪の耳元に、僕は口を近づけた。
「番号、思い出した」
「番号って……まさか、お前の部屋の番号か?」
「うん。昨日やっと思い出したんだ」
みるみる内に豪の顔に驚きが広がる。
「マジかよ。何番だ」
「M-47」
その番号を口にした途端、豪は幽霊でも見たかのような表情になった。顔は青ざめ、頬が引きつっている。
「どうしたんだよ、そんな顔して」
「間違いじゃないだろうな」
「ああ……本当にどうしたんだ? ツカサの番号ではないだろ?」
「それはそうだけどよ……」
豪は暫く黙り込んでいたが、
「俺以外のやつに何かこのことは喋ったか?」
「いや、まだ豪だけだ」
「そしたら、ちょっとこのことは黙っとけ。流王さんにも言うな。良いな?」
豪の口調の真剣さに少し気圧されたが、僕はとりあえず首を縦に振った。
******
「オダバの森」は鬱蒼とした樹々に覆われ、どことなく陰鬱な空気が漂っていた。豪が話した通り、このエリアでは魔物は発生しない。回復アイテムの原料となる薬草や、山羊などの魔物ではない動物が生息しているだけだ。
流王を先頭に、僕たち5人は“エムワン”の痕跡を探しながら森の中心部へと向かっていた。メッセージを見る限り、一条の班も森の中へと入ったらしい。
「本当にここで合ってるの? セーフリームニルの足跡もないみたいだし」
阿羅は不満顔だが、少しほっとしているようにも見える。以前の「始まりの魔窟」に向かうまでの一件で彼女のか弱い一面にも触れている僕には、彼女が無理をしているように見えた。
不安を押し隠すように、彼女は喋ることを止めない。
「そもそも、何でよりによってここなの。セーフリームニルの発生場所は少し離れた場所のはずだし、魔物が勝手に立ち寄るとも思えない」
ぶつぶつと独り言を呟く彼女に対して、優しさからなのかサラマンが声をかける。
「不思議ですよねぇ。私も是非この謎を解き明かしたい……阿羅さんと一緒に」
「あんたは黙ってて。大体、何で鳳凰騎士団のメンバーなんかがついてきてんのよ。そもそも、聞く話によれば“サンプル”らし――」
「シッ、静かに」
突然真剣な眼差しのサラマンに人差し指を口に当てられ、阿羅は押し黙る。顔が赤くなっているところを見ると、一端に照れているらしい。口さえ開かなければ大層モテるであろうこの男に急に近寄られれば、並みの女性であれば恋に落ちてしまいそうになるのも頷ける話だ。
ただし、それが平和な現実世界ならの話だが。
サラマンの警告に、全員が即座に反応した。背中合わせに1点に集まり、死角を作らないようにする。
「何かが動いている。森の奥――数は5……いや6か」
「セーフリームニルかな?」
僕の問いかけに、サラマンは口を歪める。
「いや、もっと大きい。かなりの速度です。
来ますよ!」
耳をすますと、風のざわめきの中に切れ切れに異音が聞こえる。
地面から生える下草を刈り取りながら進むかすかな音。その音が徐々に大きくなる。
樹々が広げた枝に遮られ、森の中は見通しが悪い。数10メートル先は薄闇に包まれ、仮に魔物が潜んでいても簡単には気づかない。
緊張のあまり、じっとりと湿った汗が背中を濡らしていく。
ややもすると忘れてしまう真実――この世界での死は、コンティニューが効かないのだ。
意識を前方に集中すると同時に、肩の力を抜いた。両手に備えた木剣と木盾の重みを感じながら、僕はその時を待った。
暗がりから、6つの影がぼんやりと浮かび上がってくる。
そのシルエットは、まるで人のようで――
「オイオイ、悪い夢でも見てんのかよ。もうウンザリだぜ」
すぐ隣で豪が溜息をつく。
「おい、丈嗣、何がきてるんだ?!」
背中合わせ阿羅の問いかけに対して、僕は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「あれは……“蟲堕ち”だ」




