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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第4話:決断

流石(さすが)豪君! こんなにも早くやつの居所をつかむなんて」

「まだ分かんねぇだろ、良いのかよ、全員集めちまって」


 豪は(あき)れているようだったが、流王(るおう)は気にも()めていないようだった。(あふ)れんばかりの笑みを(たた)え、彼は(うなず)く。

 流王の後ろには、調査に出ていた全員が勢揃(せいぞろ)いしていた。勿論、鳳凰騎士団の2人の姿もある。


「絶対に大丈夫だ! 俺の直観が叫んでいる――“エムワン”はここにいると!

 それに誰かさんにも言われたが、1人でお茶してるのはもう飽き飽きしたんでね」


 出がけに豪に言われた皮肉を引きずっているらしい。流王は見た目からもさっぱりした性格だと思っていたが、意外に執念深いのかもしれない。


 一歩前に出た阿羅(あら)が、豪に顔を近づける。阿羅の方が背が高いため、彼女が豪を見下ろす形だ。


「どうも怪しいんだよねぇ。こんなにあっさり手がかりが見つかるなんて。

 それにここ、『オダバの森』じゃない。“エムワン”どころか、魔物の影すら見えないけど」

「泣き言ばっかり並べやがって。そんなに怖いなら帰っていいぜ、デカ女」

「ほんっと口悪いわね、この卵は。私の(チート)でゆで卵にしてやろうか?」

「はっ、最初は低級な魔物と闘う時すら身体ガタガタ震えてた弱虫が良く言うようになったもんだな」


 この2人、やはり相性(あいしょう)は最悪のようだ。まるでライオンのように歯をむき出しにする阿羅と豪の間に、宇羅(うら)が割って入る。


「こらこら、阿羅は言葉が汚いよ。豪君も、すぐにカッとなっちゃだめだって」

「ハッハッハ、全く2人とも元気よのお」

「一条さんも、笑ってないで仲裁(ちゅうさい)して下さいってば!」


 宇羅の懇願(こんがん)もどこ吹く風と、一条はおかしそうに向かい合う2人を眺めている。この中では年齢的には最も「大人」のはずだが、少年のように悪戯(いたずら)っぽい光が瞳から放たれていた。


 この人、絶対昔ヤンチャしてたんだろうな。


「ねえ、こんなとこで油売ってないで、さっさと突入しようよ!」


 能天気(のうてんき)な声の主に全員の視線が集まる。

 アルクトスは既に待ちきれないのか、(かたわ)らに(ひか)えるサラマンが時折押しとどめなければ、すぐにでも森の中へと駆け込んでいきそうな勢いだ。


「部外者は黙って――」

「はい、豪君もちょっと静かに。

 アルクトスさんの言う通りです。ただ、突入する前に大まかな動き方だけは決めておきたくって」

「そもそも、他のプレイヤーや“サンプル”に入ってこられると面倒だ。仮にここに“エムワン”が潜んでいたとして、プレイヤーの目にでも触れたりしたらすぐに運営が飛んでくるぞ」


 路唯(ロイ)の指摘に、流王は自信ありげに己の胸を叩いてみせた。


「大丈夫、それならもう仕掛けはしておいたから」

「それは……この辺りのエリア全域に隠密(カモフラージュ)をかけたってことか」

「まあ、正確には違うけど、似たようなもんかな。よほどのことがない限り、見破ることはできないはずだよ」


 普段は表情を滅多(めった)に変えることのない路唯の顔に、うっすらと驚愕(きょうがく)が広がる。ほとんど唇を動かさず、路唯は(つぶや)いた。


「チッ、やっぱりバケモンだな」

「ん、何か言った?」

「いや、気にしないでくれ。

 それより、班分けはどうするつもりだ? まさか一方向から全員で突入ってわけにはいかないだろう」


 我が意を得たりとばかりに、流王はぱんと手を叩いた。


「その通りだ。ただ、今回はどうしようかひどく迷ってね。

 ベストな方法を取るなら、まず突入班と待機班に分けて、四方向から攻めるのが良いんだけど、今回は人数も少ないからそんな贅沢(ぜいたく)なことは言っていられない。

 だから、今回は突入班だけで、それも二方向から同時に挟み込む形にしたいと考えてる」


 そこで、(あかね)がおずおずと手を挙げた。全員の視線を浴びて顔を赤らめているが、視線は真っ直ぐ流王の方を向いている。


「どうぞ」

「二方向だけだと、“エムワン”に逃げられる可能性はないんですか?」

「さっきも言ったけど、人数に余裕がないからね。全員でぶつかってさえ五分(ごぶ)に闘えるか分からない相手を前に、戦力を分散させすぎるのはあまり得策じゃないと思うんだ。

 それに……」

「それに?」

「これは完全に俺の勘だけど、“エムワン”は逃げないんじゃないかな。俺たちとは天と地ほども戦力差がある相手だ。まさか会って早々逃げ出すなんてことはないはずさ」

「今更なんですけど……そんなに、その、強いんですか?」


 不安そうに肩を抱く茜に向かって、流王は珍しく厳しい顔をした。


「ああ。野ウサギを捕まえるのとはわけが違う。気を引き締めないと、それこそ全滅なんてことにもなりかねない」

「でも、通常はPK禁止ルールが働いているはずですよね? 決闘さえしなければ大丈夫なんじゃないんですか?」

「何度も伝えている通り、“エムワン”はα(アルファ)版からTCKにいるとんでもないやつだ。正直、どんな(チート)を持ってるか想像もつかない。絶対はないと思った方が良い。

 加えて聞いている話によれば、やつは飢えた(おおかみ)のように攻撃的だそうだ。温和に話し合いだけで済まない可能性が高い」


 いつもの物腰柔らかな流王が発したとは思えない言葉に、全員少なからず動揺しているようだった。宇羅は見たことがないほど真剣な眼差しだし、一条も心なしか普段の落ち着きが失われているように見える。


「で、そんなバケモン相手にどうやってTCK脱出の手がかりを聞き出すんだよ」


 半ばヤケになったような豪の問いかけに、流王は顔を(くも)らせる。


「正直、話し合いは難しいだろう。こんな言い方は嫌だけど、決闘で追い詰めて口を割らせるしかないな」

「オイオイ、流石にそれは乱暴じゃねぇのか?」


 これまた、流王らしからぬ過激な発言だ。僕同様、ほとんどのメンバーの表情が固くなっている。


「あんまりこいつに賛同はしたくないけど、私も豪に賛成です。確かにこの世界から脱出したいけど、だからってそんなやり方は……」

「私も、阿羅と同じかな。丈嗣(たけつぐ)君は?」

「阿羅と宇羅ちゃんと同じく、僕もそんな乱暴な手はあまり取りたくないです。僕たちの身にも危険が及びますし、何とか穏便(おんびん)な解決策を取れないでしょうか」


 そう訴えた僕だったが、こちらに視線を向けた流王の表情に(こお)りつきそうになる。


 その顔に、感情と呼べるものは残っていなかった。目的を達成するためには手段など選んではいられない――倫理観(りんりかん)や情といった人間味が、丸々ごっそり抜け落ちてしまったその顔は、無機質な鉄を連想させた。


 今まで、こんなに恐ろしい顔をした流王を見たことがあっただろうか。


「丈嗣君、君はリスクとリターンのバランスが分かっていないようだ」

「……突然、何の話ですか」

「リスクとリターンは釣り合っている……そう思うかい?」


 予想外の問いかけに呆気(あっけ)に取られながらも、僕は何とか頷く。


 流王は人差し指を立てると、チ、チ、と舌を鳴らしながら指を振った。


「それは、誤りだ」

「え……?」

「多くの人が勘違いをしている。無意識の前提を置いてしまっているんだ。

 良いかい、この2つを天秤(てんびん)にかけた時、いつだってリスクの方に棒は傾く。負ったリスクと同等のものが得られることなど皆無(かいむ)と言って良い。

 確かにやり方に問題はあるかもしれない。だけど、これが唯一の希望の光なんだ」

「流王さん……」

「今回のこと、俺だってひどい考えなのは分かってる。軽蔑(けいべつ)してくれたって構わない。

 でも、ようやく見つけた手がかりなんだ。長いこと“サンプル”たちに色々話を聞いて、(わら)にもすがる想いで(つか)んだ蜘蛛(くも)の糸なんだ」


 流王は1人1人と目を合わせながら、必死で僕たちに語りかけた。いつの間にか鉄のような無機質さは消え、普段通りの顔つきに戻っている。


「これが最後でも構わないから、協力してくれないか。俺1人じゃ到底成し遂げられない。皆の力が必要なんだ」


 彼の熱のこもった演説は、僕の心に強く訴えかけてきた。思わず、分かりましたという言葉が口から飛び出ていきそうになる。

 しかし、一方の理性的な僕がそれを必死に止めていた。


 本当に、そんな方法しかないんだろうか。

 同じ境遇(きょうぐう)の“サンプル”同士なのに、身内で争うような真似をするしかないのか。


 沈黙の中、最初に口を開いたのは意外にも茜だった。

 声は少し震えていたが、確固(かっこ)たる意志の強さが言葉の端々(はしばし)に聞いて取れる。


「……分かりました。私だって、この世界から抜け出すための鍵を見つけたい」


 茜に続き、豪も渋々といった様子で、


「仕方ねぇな。でも、いきなり(おそ)うのはなしだぜ。どうしようもなかったら、その時は、本気で闘う」

「僕はもともとやる気満々だよ! というか、闘わないなんて状況になったら真っ先に帰ることにするよ」

「私はアル君に従います」


 鳳凰騎士団の2人も、意気軒昂(いきけんこう)といった様子だ。まあ、元々アルクトスは闘うために参加しているようなものだから仕方がない。

 ただ、彼はきっと知らないのだ――負けた“サンプル”がその後現実でどうなるかなんてことは。


「今回きり。今回きりなら、参加する」

「う、宇羅がそう言うなら、私だって参加する」

「やだ、無理しちゃって。良いんだよ、私たちに任せても」


 珍しく姉っぽく(さと)す宇羅に、阿羅は首を振る。


「ここまできてそんなこと言ってられない……それに流王さんの言った通り、やっと見つけた手がかりだ。簡単には(あきら)められない」

「皆、ありがとう。

 丈嗣君……君はどうする?」


 全員の耳目(じもく)が僕に集まる。


 正直、完全に納得したわけじゃない。いくら貴重な手がかりと言っても、他人の犠牲(ぎせい)の上に獲得(かくとく)した真実なんて、きっとろくなものじゃない。


 それに、僕には他人の人生を背負って生きるだけの覚悟(かくご)だってない。1度ツカサを殺そうとした時はっきりと感じた。僕には、重すぎる。


 ――でも、今は。


「やりましょう」


 僕の一言に、全員が力強く頷いた。

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