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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第3話:蟲の知らせ

「にしても、何だってこんな数のセーフリームニルが……(いく)ら何でも多すぎる」


 豪は(あご)に手をあてながら、足元で(うめ)き声をあげる瀕死(ひんし)のセーフリームニルを足でつついた。


「何かのイベントデーかな?」

猪祭(いのししフェス)なんてねぇだろ。そんなしょうもないイベント、リースブレインがやるかよ……ちょっと待て、何かおかしいぞこいつ」


 転がったセーフリームニルの白い腹に、何かが(うごめ)いている。僕と豪はしゃがみ込むと、魔獣の腹に顔を近づけた。何やら黒い(むし)のようなグラフィックが、チカチカと明滅(めいめつ)を繰り返す。


「この不気味なグラフィック、どこかで見たような……」


 (いぶか)しげに眉根(まゆね)を寄せる豪に、


「まるで“蟲堕(むしお)ち”みたいだ」

「なに?」

「前に遭遇(そうぐう)した時、一瞬だけど、“蟲堕ち”の姿を近くで見ることができたんだ。その時見えた蟲みたいなグラフィックに似てる」

「そういうことか……妙に見覚えがあると思ったら」


 豪は立ち上がると、「よし」とかけ声のようなものを上げた。


「こいつらの出所を探そう。もしかしたら“エムワン”と関係しているかもしれねぇ」

「出所って……そこらで()いてきたんじゃないのか? どうやって探すつもりだよ」

「いや、セーフリームニルの出現場所はここから少し離れた場所のはずだ。

 群れで移動してきたのなら、まだ足跡が残ってるはずだぜ」

「わざわざ移動してきたってのか? そもそも、普通魔物が自身の出現エリアを離れるなんてことがあるのかよ」

「ったく、お前は相変わらず質問ばっかだな。そんなんだから一条さんにも『丈坊(たけぼう)』呼ばわりされんだよ。

 普通なんて考えたって仕方ねぇだろ。そもそも俺たちだってチーターなんだぜ? 何でもありなんだよ、もう」

「……豪って割り切るって決めた時の割り切り方が(すご)いよね。ある意味、尊敬するよ」

「うるせぇよ。ほら、油売ってないで行くぞ」


 さっさと歩きだす豪に追いつこうと、僕が腰を上げようとした時、


「……タ……ザ」


 (かす)れた(つぶや)きがすぐ近くで聞こえた。

 すかさず豪に声をかけようと思ったが、既に彼はかなり先まで歩いていってしまっていた。


「?! 誰だ」

「ミ……ゲ……メ……ル……」


 まるで音割れしたマイクのように聞き取りづらい声だ。声質からは、男か女かの検討もつかない。不思議な声だった。


 幻聴(げんちょう)か……?


 しかし、次の一言ははっきりと僕の耳へ届いた。


「ミ……ミヅケダ……メ、変性者(メタモルフォーザ)


 この声、聞いたことがある。

 背筋に氷柱(つらら)を差し込まれたような悪寒(おかん)が走る。


 あの時だ。豪と茜とツカサを追っていたあの時。突如出現した“蟲堕ち”から僕たちは命からがら逃げ出して――。


 声は、ほんの目と鼻の先から聞こえてきた。


「ミエル……オマエガミエル……イマ、ゾゴニイルノガ」


 嘘だ。こんなこと、あり得るはずがない。


 今確かに、瀕死だったセーフリームニルの口が動いていた。発せられる言葉に合わせ、もごもごと、砂浜のように白い牙を見え隠れさせながら、この魔獣は言葉を発していた。

 そしてその目にはいつの間にか光が宿り、てらてらと濡れる瞳の奥には、僕の像がくっきりと映り込んでいる。


 まるで――人間のような光が、この魔獣の瞳には(たた)えられていた。

 狂人の瞳の色。


「何だよ、これ」


 僕は思わずその場で尻餅(しりもち)をついた。

 頭の上を燦然(さんぜん)と照らしているはずの太陽に、突如赤いベールがかかったような錯覚(さっかく)(おちい)る。心臓が身体の中心から抜け出そうと、暴れ馬のように跳ねまわる。


 これは、セーフリームニルがしゃべっているのではない。

 向こう側にいる何者かが、この魔獣の身体を通じて僕を「視て」いる。

 根拠なんてない。僕の第六感がそう叫んでいる。


「そ、そこにいるのは、誰だ」


 声を震わせまいとしながらの僕の質問にはしかし、誰も返事を返さなかった。


 既に魔獣の瞳からは光が失われていた。そこにはただ、僕によって(ほふ)られた猪の死骸(しがい)が残っているだけだった。


「何だったんだ、今の」


 黙っていると怖くなってくる気がして、そう(ひと)ちる。


 幻聴などでは断じてない。僕ははっきりと、目前の魔獣が言葉を発するのをこの耳で聞いた。

 それにしても、何なのだろう、こいつは。先ほどの言葉といい、まるで(けもの)が“蟲堕ち”にでもなったようだった。


 そうえいば、青虎(ブルータイガー)のプレイヤーたちはどこへ行ったのだろう。流王は失踪したとしか口にしなかったが、もしかして――。


「おーい、何してんだよ。こいつらの足跡を見つけた。さっさと来いよ、消えちまうだろうが」


 遠くから豪が呼ぶ声が聞こえる。


 このことは、豪に話すべきだろうか――話しても良いが、信じてもらえるかどうか自信がない。幻聴だと一笑に付される可能性もある。TCKの魔物がしゃべるだなんて荒唐無稽(こうとうむけい)な話、僕だって他人から聞かされたらとても信じる気にはなれない。


「あ、ああ! 今行く」


 立ち上がって豪のもとへと()け寄る間、妙なものが視界の(はし)に入った。

 セーフリームニルの死骸が砂塵(さじん)のように()き消えるその刹那(せつな)、何か白いものがちらりと垣間(かいま)見えたのだ。


 ……あれは――見間違いか?


 自分の目に映った光景が信じれられなかったが、瞬きする間に魔獣の身体は空気中に()けてしまっていた。


******


 セーフリームニルの足跡を追っていくと、やがて鬱蒼(うっそう)とした森に辿(たど)り着いた。


「なんだよ、『オダバの森』じゃねぇか」

「豪、知ってるの?」

「ああ。まだ(チート)がうまく使えなかった頃、よくここで練習してたんだ。

 にしても、おかしいな」

「何が?」


 豪は考え込むような顔つきのまま、ぽつりと()らした。


「このエリアに、魔物はいねぇんだ」

「え?!」

「間違いない。ここには薬草やらの採集アイテムと、鹿だ山羊だの草食動物しかいないはずだ」

「でも、足跡は確かにこの森から続いてきているみたいだ」


 森の奥は、樹々に日光が(さえぎ)られて見通すことができない。魔物が出ないという割には、嫌におどろおどろしい雰囲気のエリアだ。


「それじゃ豪、一旦中に――」


 早速中へと踏み込もうとする僕の上着のフードを、豪がはっしと掴む。


「馬鹿、まずは流王さんに報告だろうが」

「だって、まだ“エムワン”かどうかも分かんないんだろ? まずは僕らで調査した方が良いんじゃないか」

「こういうのはな、小出しに状況を報告しといた方が絶対に良いんだよ。流王さんにしか見えてないものだってきっとある。現場の人間が勝手に判断すんな」


 まるで社会人のような口をきく坊主頭に向かって、僕はこっそり舌を出した。

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