第2話:応用力
“エムワン”捜索は2人1組で行われた。
僕と豪は、ナラキア近郊の平原エリアを任されている。先日、青虎というギルドが壊滅した現場からは少し離れているが、“エムワン”ほど強力な力の持ち主であれば、痕跡が見つかる可能性は低くはないはずだ……と思っていたのだが。
実際には、手がかりはなかなか見つけることができなかった。プレイヤーもおらず、目撃談を聞くこともできない。
「あれさ、使えないの?」
「どれだよ」
「前にほら……ツカサを追っかけた時に使った無線機みたいなやつ」
ツカサの名前を出すのはおっかなびっくりだったが、豪は少し眉をひそめただけだった。
「言ったろ、あんな玩具通じないって」
「試しに使ってみても良いじゃんか。どうせこんなだだっ広い平原をただ歩くだけってのもあれだし」
「歩いてるだけじゃねえ。ちゃんと痕跡探してんだよ、馬鹿」
毒づきながらも、豪はバックパックの中から無線機のような機器を取り出した。
「ほらよ」
以前豪がやった通りにアンテナを伸ばそうとすると、手の中の無線機からは既に巨大なノイズが流れてきていた。
「何だよ、動作しているじゃないか!」
「……どこがだよ」
「この音を辿れば良いんだろ? こんだけはっきり聞こえたら楽勝じゃんか」
しかし、すぐに豪の言っていた言葉の意味が分かった。アンテナをいじっても、辺りを歩き回ってもノイズは壊れたラジオのように最大音量で流れ続けた。
「『ナラキア』の街ん中も変わんねえ。力がでかすぎて、ここら一帯はどこもこんな調子だ」
無線機をしまうと、豪は立ち上がる。
「ま、こんだけデカい力が使えるなら、痕跡だって目に見える形で残ってるだろ」
「でも、何も見当たらないぞ?」
「まだほとんど探してねーだろが。ちっとは本気出せよ」
確かに最もな気もするが、こんな広い平原でそんな痕跡を探すなんて、藁の山から1本の針を見つけ出すようなものだ。本当にこんなことをやっていて、“エムワン”に辿り着けるのか……。
その時、ふと今朝方の夢のことが頭に浮かんだ。
自分の番号――M-47。流王からは、番号が分かった時には真っ先に自分に教えるよう言われていた。だが、出発するまですっかり忘れてしまっていたのだ。
初めて魔物と闘い、歓待を受けた日の夜を思い出す。
あの日――豪に腹が立って、彼を追いかけた先で耳にした言葉が蘇る。
「丈嗣の野郎は一体何番なんだよ、流王さん」
「クソッ、何でそんなことも覚えてねぇんだ……せめて何十番台かだけでも分かれば」
豪が僕の番号を知りたがっていた理由は、今なら容易に推測できる。以前、ベッドの中でこの考えにいきついた時、暫く眠れなかったのを覚えている。
彼は知りたかったのだ。唯一無二のの親友であるツカサが、まだ死んでいないことを。僕と同じ番号でないことを。
結果的に、ツカサは生きていたから良かったものの、一応伝えておいても良いかもしれない。もしかしたら、この番号がまた別の意味を含んでいる可能性もある。
目線を下に向け、目を凝らしながら歩く豪に声をかけようとした時、僕は何かが草を踏みしめる音をはっきりと聞いた。すぐそこの茂みが、わさわさと不自然に揺れている。
「豪! 横に跳べ!」
叫ぶと同時に、僕は茂みに向かって「聖騎士の片手剣」を投影した剣を振るった。この辺りの平原に魔物が出ることは知っていた。魔物への追加ダメージが見込める「聖騎士」系武具の効果は高い。
案の定、確かな手応えがあった。
耳をつんざくような、不気味な断末魔が茂みから発せされる。
「この鳴き声……セーフリームニルか」
直後、茂みから猪のような魔物――というより猪そのものだと表現してもしっくりくる――がよろよろと出てくると、その場でばったりと息絶えた。
「おいおい、大げさ過ぎだって。雑魚じゃんかよ」
わざわざ助けてやったのに鼻で笑う豪にカチンときたが、同時に恥ずかしさで顔が火照った。豪の言う通り、この猪のような見た目の魔物は低レベルプレイヤーのための「養分」とも言うべき存在だ。
油断は禁物ではあるものの、豪や僕の敵ではない。
敵ではないが――
「にしても、ちょっと多すぎだな」
先ほどの断末魔に誘われて集まった群れを目にし、豪の顔が少し歪んだ。
例え「養分」でも、100体近い数の魔物が目の前を覆いつくしている光景というのは、なかなかどうして背筋が寒くなるものだ。
先ほどまで青々しかった平原はあっという間に焦げ茶色に染まり、所々から白く輝く牙が幾つも覗いている。
モニターに映し出されているのではない――圧倒的な現実感を伴って、目の前に本当にいることの迫力。
「しかしまあ、結構骨が折れそうだな、こりゃ」
「完全に作業ゲーだね」
「お前、さっきギャーギャー騒いでたくせに急に落ち着き払ったふりすんなよ。サムいぜ」
「あんまり茶化すと、ピンチになっても助けてやんないよ。豪の力はタイマンなら最強かもしれないけど、1度に沢山の魔物相手にするのには向いてないの、自分でも分かってるだろ?」
「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ」
豪は軽口を叩きながら、拳鍔を両手にはめた。
「油断はするなよ」
「分かってる」
セーフリームニルの群れが一斉に突進してくる。空気を震わす地響きを轟かせながら。
度重なる闘いを経て、僕は自身の力が着実に磨かれてきているのを感じていた。流王が以前言っていた通り、僕の脳がこの世界に適応してきている証拠なのかもしれない。
自身の成長のためにも、ここで1つ試してやる。
僕はしゃがみ込むと、地面に転がっている石礫を何個か拾った。
「何遊んでんだよ、馬鹿」
豪の声を無視し、掌の中に意識を集中する。
近づいてくるセーフリームニルの群れのことは頭から消え、ただ手の上にのっている数個の石礫の手触りだけが感じられる。
自分の中のイメージを、丁寧に石礫に流し込んでいく。
「おい、もうそこまできてる! 目え開けろ!」
焦りそうになるのをグッと堪える。
今回投影するイメージは複雑だ。下手をすれば、僕や豪がダメージを負うことになりかねない。慎重に、しかし可能な限り素早く、僕は掌を伝う感触に精神を集中した。
「クソッ、馬鹿丈嗣ッ、早く目を開けろって言ってんだろ!」
豪が叫ぶのと同時に、僕は目を開けた。
彼が言った通り、すぐ目前にセーフリームニルの群れが迫っていた。1頭1頭の顔つきや体格、身体中を覆う毛の質感が分かるほどの距離に、魔獣たちはいた。
「どけっ、雑魚どもがっ」
豪が睨みつけると、群れの一角が突如として吹き飛んだ。何頭もの魔獣たちが宙に舞う。まるで見えない竜巻が吹き荒れているがごとく、魔獣たちは次々に後方へと吹き飛ばされた。
「囲まれたらまずい。
俺が力でやつらを吹き飛ばすから、お前はさっさと木剣構えて――」
「その必要はないよ」
僕は豪の横に立つと、手に持っていた石礫を、1つずつ目の前の群れに向かって投げつけた。全部で5個あった石礫は、丁度群れの中心あたりに吸い込まれていき、焦げ茶色の群れに飲まれた。
「おい、ここまできて何ふざけてんだ?! 油断するなってあれほど言っただろ」
「油断してないよ。ほら、もうすぐだ」
「何言って――」
直後、大気が割れるような爆発音が立て続けに鳴り響いた。轟音とともに、もうもうとした煙がセーフリームニルの群れの中心から立ち昇る。
「何だ?!」
突然の爆発に神経を尖らせる豪の肩に、僕は手を置いた。
「大丈夫、僕がやったんだ」
「……どういうことだ。さっき投げてた石礫か?」
「うん。『祝福の榴弾』を投影したんだ。イメージするのが大変だったけど、何とかうまくいったみたいだ。
群れの中心で爆発させたから、端っこのやつも死んではないにしても、飛散した聖粉で動きは鈍くなってるはずだよ」
煙が収まると、僕と豪の眼前にはおびただしい数の茶色い魔獣が白目をむいて転がっていた。




