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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第4章:“エムワン”討伐編
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第1話:バケモノ捜し

 長く続くその廊下を、僕はゆっくりと歩いていた。


 床も壁も天井も、一面白無垢(しろむく)だった。天井から吊るされた蛍光灯の灯りもまっ白で、僕はその光に消毒されている気分になった。社会の隙間に落ち込んだ僕のような(くず)には、きっと数多の雑菌がこびりついていることだろう。


 ……ああ、何だか既視感がある。僕はもう、この景色を何度も目にしている。


「急いで。時間がないの」


 聞き覚えがある。声のした方に顔を向けると、そこには眉尻(まゆじり)がナイフのように鋭い女が立っていた。

 女は僕の視線に気づくと、ついてこいと目で合図し、再び足早に歩き始めた。


 床材にハイヒールが突き刺さるコツコツという硬質な音が、長い廊下(ろうか)のずっと向こうまで響いていく。


 ある部屋の前で、女は立ち止まる。


「ここよ」


 何が「ここよ」なのだ。この中に入れということなのか。


 部屋の扉を眺めると、白地のプレートが貼りつけてあるのに気づいた。アルファベットと番号の組合せで番号が印字されている。


「M-47」


 それが僕の、番号なのか。

 まるで囚人のようだ。こんな狭い部屋に入れられて、番号で管理される。


「M-47」


 突然、部屋の中から声がした。


「だ、誰か中にいますよ」


 驚いて女の方を振り返ったが、いつの間にか誰もいなくなっていた。先ほどまで明るく清潔に見えた廊下は、よく見るとそこかしこに茶色い汚れがこびりつき、蛍光灯は死にかけの(せみ)の羽ばたきのように、不規則な明滅(めいめつ)を繰り返している。


「M-47」


 再び男の声が聞こえると同時に、扉に何かが強く当たる音がした。

 僕は思わず身体をのけぞらせ、一歩扉から後退した。


 しかし……何だろう。妙に聞き覚えのある声のような気がする。


「……だ、誰だ。そこにいるのは」


 僕の問いかけに、部屋の奥からは扉を強く叩く音が返ってくる。


 ドン。

 ドンドンドンドン。


「返事をしろ。誰なんだ、一体」


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン――。


 突然、音がぴたりとやんだ。


 息を潜めていると、(かす)かに鉄のきしむ音が聞こえる。耳の中に届く甲高い音が、ゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。


 扉が開いていく。

 暗闇の中から、1本の腕が差し出される。


 扉が開いていく。

 暗闇の中に、うすぼんやりとした人影が見え隠れする。


 先ほどとは打って変わって(かす)れた声が、その人影から発せられた。


「俺は、既に――」


******


 豪がなかなかベッドから出てこず、少し出遅れる形になった。

 他のメンバーは既に、“エムワン”の痕跡(こんせき)を辿るための探索に出ている。


「それじゃ、2人も宜しく頼むよ」

 

柔和な笑顔で拠点から僕らを送り出そうとする流王だったが、出かけに豪が()みついた。


「あんたは何してんだよ」

「え、俺? そりゃ皆の報告もらって、“エムワン”の潜伏先を予測したりとか、地形に応じて戦略考えたりとか――」

「要は、俺たちが足で稼いでる間、ここで吞気(のんき)にお茶してるってことだろ?」

「ちょ、ちょっとその言い方はひどいな。安心してよ、いざ居場所が分かったら俺だって加わるんだからさぁ」

「はっ、うまいとこだけかっさらおうって魂胆(こんたん)かよ。とことん性根(しょうね)が腐ってるな」


 流王の(ひたい)に、ミミズのように太い青筋がゆっくりと浮かび上がる。

 笑いながら青筋を立てるだなんて器用なこと、僕には絶対にできない。


「前々から思っていたんだけど……豪君、君はちっと礼儀がなってなさすぎやしないか」

「今更気づいたのかよ。鈍いんだな」


 青筋2本目。普段から優しげな表情をしているから忘れがちだが、流王の顔つきはかなり男らしい。怒った顔は今まで見たことがあまりないが、その恐ろしさは()して知るべし、だ。


「そんなに言うなら分かったよ、俺も出ようじゃないか。そのかわり、豪君には俺の代わりを――」

「ははっ、何本気(マジ)になっちゃってるの流王さん。こんな茶番してる暇ないんだってば。

 ほら、行こうぜ丈嗣」


 散々自分から(あお)っておきながら、豪は身をひるがえすとさっさと歩き去ってしまった。

 恐る恐る振り返ると、何とか柔和な笑顔を取り(つくろ)おうとしながらも、般若面のような形相の流王と目が合った。


「……ヒッ」


 流王はその鬼のような形相を維持したまま、ぎこちなく手を振っている。


「い、行ってきますッ」


 僕もぎこちなく手を振り返すと、一目散(いちもくさん)に前を歩く豪に駆け寄った。


「何怒らせてんだよ、馬鹿」

「別に。図星だったからあんなに怒ったんだろ」


 豪は気に留めていないような口ぶりだったが、


「昔はあんなじゃなかったのに」

「え?」

「もっと責任感があったというか、熱かったというか」

「今だって責任感はあるんじゃないの? 司令塔が現場まで出張ってきちゃったら回るもんも回らないだろ」

「そんな正論が聞きたいわけじゃねーよ」


 豪はどこか遠くを見据(みす)えていたが、すぐに気を取り直すと、


「んじゃ、早速バケモノ退治始めるか!」


 といつもの笑顔を見せた。

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