第20話:異物
何故、彼らがここにいるのだ。
突如リビングに現れた彼らを見て、危うく僕の心臓は止まりそうになった。先ほど別れたばかりだったはずなのに……いや、そもそもこの拠点は“サンプル”ですら限られたメンバーしか知らないはずだ。
アルクトスとサラマン。
2人の騎士は、物珍しそうにリビングを見回している。
僕と目が合うと、アルクトスは悪戯っ子のようにこちらにウインクしてみせた。
「……どちら様だい」
一条がゆっくりと腰を上げた。
人の良さそうな笑みは掻き消え、額に刻まれた皺の彫りが深くなる。
「一条さん、こいつ、鳳凰騎士団のアルクトスだ。この間チョモランマで会った」
先ほどまで談笑していた阿羅も、打って変わって厳しい顔つきでソファから身を起こした。
「そうみたいだな。それにしても、どうやって中まで入ってきたんだ」
その時、彼らの背後からふわりともう1人が姿を見せた。
「そんな怖い顔するなよ、一条さん」
「路唯! どういうことだ、説明しろよッ」
「ふぅ……阿羅ちゃん、君は一度アンガーマネジメントについて学んだ方が良い。そんなんだと、いつまでたっても人間関係に苦労するよ」
「ハア?! 余計なお世話だっつの!」
声を張り上げる阿羅の肩に、一条の分厚い掌が静かに置かれた。
「阿羅ちゃん、落ち着いて」
「一条さんまでッ。あの野郎、前から怪しいと――」
「こらこら。疑心は暗鬼を生むよ。
路唯が彼らをここまで連れてきたのには何か訳があるんだろう。それに、既に流王さんにはこのことはもう伝えているはず。
そうだろう?」
「有難う、一条さんは話が早くて助かるよ。……そこのやたらとかしましいお嬢さんと違って」
「テメェ、黙って聞いてりゃ好き放題言いやが――」
湯沸かし器のように顔を真っ赤にした阿羅の肩に、再び一条の手が置かれる。
「一言余計だな。人間関係云々言うなら、君もその皮肉癖をどうにかしないと」
一条の言葉に路唯は悪びれた様子もなく頭をかいた。
「全くもってその通りだ。
さて、すぐに流王さんから全員に集合するよう伝達がいくはずだ。それまで、俺は彼らの道案内でもしているよ」
「待て、路唯君。1つだけ聞かせてくれ。
何のために、彼らをここに連れてきた」
「? 決まってるじゃないか」
路唯は呆れたように首をふると、アルクトスとサラマンを振り返った。
「怪物退治を助太刀願うのさ」
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「さっき解散したばかりなのに、また呼び立てしてしまって申し訳ない。
さて、用件だが……まあ何となく、皆見当がついていると思うけど」
少し手狭な流王の部屋に、全員が一堂に会していた。
勿論、アルクトスとサラマンの2人も含めてだ。あからさまに流王の座る席の真横に立っているので、嫌でも目に入ってくる。
「何で鳳凰騎士団の連中がここにいるんですか」
1番に口火を切ったのは豪だった。その額には、うっすらと青筋が立っている。
特にアルクトスが気に入らないのか、まるで親の仇でも見るような憎々し気な眼差しで睨みつけている。
「それは今からせつめ――」
「また会ったな、豆小僧君!」
喋りかけていた流王を遮り、アルクトスは豪を指差した。
一同の視線が、一斉に若き鳳凰騎士へと注がれる。
「指さすんじゃねぇよ。それに、今流王さんが話してただろうが」
豪の怒りをにじませた唸り声も、アルクトスは全く気にかけていない。
「本当なら闘いの続きをしたいとこだけど、それは今サー君に禁じられているからね。またの機会にするよ。
僕がここに来た理由は、そう――それは――何でなんだっけ、サー君?」
大丈夫か、この人。
改めてまじまじと見ると、闘っている時以外はおバカな青年にしか見えない。
困り顔のアルクトスの言を、サラマンが自然な形で引き継ぐ。
「助太刀にきました。“エムワン”と呼ばれる化け物退治に、ね。
申し遅れました。私は鳳凰騎士団第4序次のサラマンと申します。こちらは鳳凰騎士団第1序次アルクトスです」
サラマンは如才なく挨拶をすると、流王に向かって軽く頭を下げた。
「今回は無理を言ってしまい申し訳ありません。できるだけ力になれるよう、精一杯サポートさせてもらいます」
流王もそれに応え、軽く会釈を返した。
「こちらこそ、力添え有難うございます。お二方の話は他のメンバーからも聞いていますよ。頼もしい限りです」
口では丁寧な言葉をかけあっているものの、2人とも目は笑っていなかった。恐らく双方に思惑があるのだろうが、傍観者である僕には彼らの思惑の一端も窺い知ることはできない。
形式的な挨拶が済むと、流王は正面に向き直った。
「既にサラマン氏から説明があったかと思うが、“エムワン”討伐には彼ら2人にも同行してもらう」
その瞬間、その場にいた誰もが驚きに顔を見合わせた。
僕にしても、呆気に取られたというのが正直なところだった。
何故こんなことになったのかさっぱりだ。確かに彼らの強さは折り紙付きだが、それにしても今回の提携は予想外だし、急すぎる。それにサラマンはまだしも、アルクトスはただのβ版プレイヤーなのだ。
「恐らく、各々思うところはあるだろうが、これは決定事項だ。覆ることはない」
珍しく、流王の語気は強かった。普段であればメンバーの意見も尊重する彼らしからぬ口調に、僕は微かな違和感を覚えた。
「以上だ。それじゃ、解散」
半ば強引に紹介は終わり、各々考え込んだような表情で部屋へと帰っていった。
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その後、流王から“サンプル”全員に向けてメッセージが届いた。
1つ目に、今回の提携の経緯について記されていた。簡単に言えば、戦力不足を補うために路唯を通じて打診したという内容だったが、どうにも言葉通りに受け取ることができなかった。
このタイミングでの発表というのが、どうにも解せない。僕たちと闘ったその日に提携だなんて、あまりに話が出来過ぎているというのが、正直な感想だった。
それに、そもそも“エムワン”を倒すなんて話は、最初僕が聞いた時にはなかったはずだ。あくまで“エムワン”を探す目的は、TCKからの脱出の手がかりを得るためだったはず。
いつの間にか目的がすり替わっていることに、他のメンバーは気づいていないのだろうか。
2つ目に、アルクトスとサラマンには、不用意にこちらの情報を流さないように注意するように書いてあった。
彼らは鳳凰騎士団の有名人――言わば表側の人間であり、あまりこちらの事情を知られては都合が悪い、というのがその理由だった。
こちらについては特に疑問はなかったものの、それだったらそもそも提携しない方が良かったのではないか、という考えが頭を掠めた。
折角脱出の手がかりを見つけたはずが、新たな疑問はいつまでも染みのように頭から消えない。
胸にもやもやとしたしこりを抱えたまま、僕の思考はいつまでも同じ場所をぐるぐると廻り続けていた。




