第18話:追う者たち
ナラキア郊外に向かいながら、アルクトスはぶつぶつと愚痴をもらしていた。
「あ~あ、マジで良いところだったのになぁ。マジデイイトコロダッタノニナァ」
「……顔を近づけるのやめてもらえますか」
「サー君のせいで、すっかり頭の中も色褪せちゃったよ。これで空振りだったら、許さないからな」
「今回ばかりは確かなはずです。何しろ、実際に体験した者が複数人いるとか。青虎というギルドの所属員らしいんですが」
サラマンの説明にも、アルクトスは芳しい反応を見せようとはしない。
「実際に事件が起きたのは昨夜だろ? 話聞くだけだったら、何も急ぐ必要ないじゃんか」
「それが、実は首謀者と思しき男を見つけまして。今ある団員が尾行しているところです」
「……マジで?」
途端にアルクトスの口元に笑みが広がる。彼は瞳を輝かせ、サラマンを振り返った。
「何ちんたらしてる! 急ぐぞ、都市伝説とお目見えだ!」
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リビングに入ると、そこには既にメンバーが勢揃いしていた。4人の視線が、僕たち3人に一斉に注がれる。
「お、ようやく来たね」
流王が立ち上がり、僕らを座るように促す。
宇羅は阿羅の隣に、僕と豪は茜の隣に腰を下ろした。
「すいません、緊急時なのに遅れてしまって」
流王は僕の謝罪に小さく頷くと、宇羅と豪にも顔を向けた。
「おおよその事情は茜ちゃんから聞いたし、先ほど宇羅ちゃんからの報告も聞いている。どうやら、厄介なのに目をつけられたらしいね」
「ごめんなさい、流王さん。報告もせず勝手に出て行ったりして」
しおらしく目を伏せる宇羅に、流王は優しい声音で、
「今回は仕方なかったんだろう。宇羅ちゃんも豪君も、それに丈嗣君だって、何も考えず無茶するようなタイプじゃないことは分かってるよ。
ただ、次からは事前に連絡が欲しいかな。柄にもなく心配しちゃったよ」
ばつが悪くなり、僕も宇羅同様俯いた。横に座る豪をちらりと盗み見たが、彼は普段と変わらず少し怒ったような顔をしているだけだった。
「良いんだ。良いんだ。
それより、宇羅ちゃんからの報告だと、ちょっと変わったやつがいたみたいだね」
そこで、唐突に豪が口を開いた。
「“サンプル”がいた」
「何?」
「サラマンとか呼ばれてた。鳳凰騎士団の第4序次で、アルクトスに心酔してる」
「どういうことだ?“サンプル”がプレイヤーと行動と共にしてるってのか?」
一条からの問いかけに、豪は頷きを返す。
「第4序次って言やあ、『獣のライクオット』じゃなかったか?サラマンなんて聞いたことないぞ」
「俺も初めて見た。恐らく最近の昇格戦で成り上がってきたんだろう」
「そいつ、強いのか?」
阿羅の質問に、一瞬豪はぐっと詰まった。一拍の間をおいて、吐き捨てるように呟く。
「ああ、とんでもなく強い。やつはマルチタレントだ」
その言葉に、一同ははっと息をのんだ。
阿羅が呆然とした様子で、独り言のように呟く。
「実在したのか、そんなもん。それこそ噂話の類かと思ってた」
「俺だって、今日まではそう思ってたよ。
しかも、透過と瞬間移動っつうとんでもチートな上に、剣術、体術どれを取っても一級品だ」
「……豪、勝ったの?」
「ああ」
「げっ、あんたってムカつくけど、本当決闘では負け知らずだよね」
「いや、あの野郎が途中で勝手に降伏しただけだ」
「ハァ?!何それ意味わかんない」
興奮する阿羅を、隣にいる宇羅がなだめすかす。
続いて、流王が質問者にバトンタッチした。
「で、『鳳凰騎士アルクトス』はどうだった?」
「やつもバケモンだ。剣技や体術だと、一条さんとタメ張るか……もしかしたらそれ以上かも。その上魔術まで使いがやる。少なくともδクラス」
「それは末恐ろしいな。魔術だけでも、そこらの魔術師じゃ手も足も出ないだろう」
「でも、それだけじゃねぇ」
「まだ何かあるのか」
「……力を使える可能性がある」
その言葉に、全員が目を見開いた。あの流王ですら、動揺ですぐに言葉が出てこないようだった。
「悪いんだけど、どんな力使われたかは分からなかった。戦闘中違和感はあったんだが、正体ははっきり掴めてない」
「それと、彼は――どうやら、リースブレイン社の関係者らしいんです」
思わず口を挟んでしまったが、全員の視線が一挙に集まり、僕は少し身体を強張らせた。
「……本当に“サンプル”ではないのか?」
疑わし気に眉根を寄せる流王に向かって、僕は頷く。
「はい。裏取りはできていませんが、アルクトス本人、そしてサラマンも彼はれっきとしたβ版プレイヤーだと言っていました」
「リースブレイン社の関係者ってことは、私たち“サンプル”の秘密も知っているのかな」
「いえ、それについては詳しく知らないようです。創業者の縁遠い親類らしいのですが、あくまでちょっとしたコネで人より早く遊ばせてもらっていただけみたいですね」
別れ際のアルクトスの表情を思い出す。
彼は本当に、ただ純粋にTCKの世界観を楽しんでいるだけのようだった。僕たちのようなTCKの「秘密」など、何も知らないし、立ち入る気もなさそうだった。
「力を行使する最強プレイヤーか。いやはや、私たちよりよっぽど『チーター』だね。
以前からアルクトスはマークしていたが、まさかそんな秘密を抱えていたとは」
参ったな、と独りごちながら、流王は顔を歪めた。
「いずれにせよ、今後アルクトスはこれまで以上に要マークだな。ただ、不用意に情報は与えたくない。できるだけ近づかないようにね。
それじゃ共有はこれくらいにして、早速本題に入りたいんだけど――」
その時、茜が言いにくそうにおずおずと口を開いた。
「あのお……そういえば、路唯さんはどこに?」
「ああ、そういえば……」
「あの野郎、またふいっといなくなりやがって!折角全員揃ったってのに」
阿羅が毒づくのを、脇に座る宇羅が再び苦笑しながらなだめる。
「仕方ないね。時間が惜しいから、路唯には後で共有するとして、一旦今後の方針について早急に皆に共有しようと思う。
聞いての通り、昨晩、“エムワン”がナラキア郊外に出現したとの情報を得た。青虎というギルドの一部メンバーが失踪して……」
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「あいつです」
団員の指差す先を物陰から覗くと、黒い襤褸切れをまとった怪しげなプレイヤーの姿が見えた。まばらな建物の間を、ゆっくりと向こうに歩いて行く。
「間違いないか」
「事件のあった場所の付近をフラフラとうろついてました。
それにあんな襤褸をまとっているの、TCKにそういやしません」
「サー君、どう思う」
「んん、いずれにせよ、確認してみた方が良いかもしれませんねえ」
サラマンの反応は思わせぶりだったが、アルクトスはもう完全に団員の報告を信じ込んでいた。都市伝説を目の前にして、鳳凰騎士の異名をもつ男の身体に武者震いが走る。
「気づかれてないよな?」
「恐らく、大丈夫です」
「よし、逃げられないように、サー君は迂回してやつの正面に回れ」
「分かりました」
「あ、あの……私はどうすれば?」
さも2人の仲間入りでもしたかのように目を輝かせる平団員だったが、
「ん、ああ、君はもう用済みだ。帰って良いよ」
というアルクトスのどぎつい一言をもらい、とぼとぼとナラキアへと帰っていった。
「ちょっと、そこの君」
タイミングを見計らいアルクトスが声をかけると、襤褸をまとった男はゆっくりと振り返った。フードの奥に顔は見通せず、不気味な雰囲気を漂わせている。
「少し話を聞かせてくれないか。何、怪しいもんじゃない。何たって――」
そこまで言ったところで、アルクトスの目に、正面からサラマンが悠然と歩み寄ってくる様子が飛び込んできた。先ほどの会話では、やつが逃げ出すまでは身を隠しているよう伝えたはずなのに。
(何してる! 戻れ!)
そう手でジェスチャーをしようとしたところで、あろうことかサラマンは大きく口を開けた。
「久しぶりじゃあないですか。こんなところで何油売ってるんですか……路唯さん」
その声に、襤褸をまとった男の動きはぴたりと止まった。




