第14話:太陽とお星さま
目の前にいる拳闘士の放つ紅色の輝きを反射し、騎士王の瞳は輝いている。
「とっておきを見せよう。君には」
「御託は良い。さっさと来いよ」
「ああ……加減はしないよ」
アルクトスは双大剣を構えると、ゆっくりとした足取りで豪へと歩み寄っていく。彼が醸し出す雰囲気とその両手に輝く剣のコントラストが観る者に違和感を抱かせる。
豪は黄金色の拳鍔を強く握った。
本当にこの男、サラマンの野郎より強いのか。
だとしたら、力を出し惜しみする必要は――
ぞわり、と髪の毛が逆立つ。アニメの演出のような派手なものではない。あるのかないのか分からないような細い毛が、束になって一斉に騒ぎ出したような落ち着かない感じ。
アルクトスの背後の空気が揺らめく。
見えないが、何かある。
何故見えない。それは……隠されているからだ。
何故隠されているのだ。それは……俺に露見しない方が都合が良いからだ。いや、例え露見したとしても、見えにくい方が都合が良いからだ。
アルクトスは、まだ豪の力の及ぶ領域の外にいる。
ここからでは、あの男には届かない。
「あ、そうそう。あの虹色ボーイ、弱かったけど良いこと言ってたな」
「虹色ボーイって丈嗣のことか」
「うん。そう。
彼、言ってただろ。『思い込みは怖い』って」
アルクトスの口元がにやりと吊り上がるのと、彼の背後から不可視の「何か」が放たれたのはほぼ同時だった。
凄まじい速度で近づいてくるその「何か」からは、周囲の空気を痺れさせる禍々しい瘴気が放たれている気がした。
すんでのところで身を躱す。耳元を掠めた時、バチバチという弾けるような音が鼓膜を揺らした。それが地面に突き刺さった瞬間、目も眩むほどの閃光が辺りを包み、直後に草の燃える特徴的な臭いが豪の鼻に届いた。
「これは……魔術だな。見たとこ雷系統のδ1相当。しかもこんな良質な隠密重ねながらとか、化け物じみた演算性能だ。
それにてめぇ、その両腕に持ってるのは玩具か何かか。鳳凰騎士団の名が泣くな」
豪の挑発にも、アルクトスは応じない。一定の距離を保ったまま、近づいてくる気配はない。
「喋ってる暇ないよ、豆小僧君」
再びアルクトスの背後の空気が陽炎のように歪んだ。
「どんな色を放つのか、見せてくれ」
空気に紛れて、命を刈り取る雷槍が迫る。威圧的な吠え声を上げながら、その牙をこの身に突き刺さんと駆けてくる。
豪は素早く息を大きく吸うと、トーントーンとリズミカルにステップを刻み始めた。
機動性を重視したこの軽装備では、あの槍は受け止め切れない。いや、それは今までも同じこと。
俺に防御なんてものはない。
ただ、恐れず前に出るのみ。
3度目のステップと同時に豪は動いた。雷槍がもうそこまで来ていることが、微かな空気の揺らぎと音から分かる。
一歩一歩を踏みしめながら、豪は前を向いていた。迫りくる雷の牙をすんでのところで躱しつつ、着実にアルクトスとの距離を詰める。
不意に、アルクトスが口を開いた。
「技を使わない……そうか君、魔術は苦手か。物理攻撃にはあの妙な技が使えるが、魔術は全て躱している。
それなら、僕は近づかなければ良いだけのこと」
そう言うと、アルクトスは尚も雷槍を放ちながらも、闘技場の端へと後退していく。
「馬鹿が。逃がさねえよ」
「近づけば近づくほど、反応速度を上げなければならないよ。ついてこれるかな」
「はっ……お前みたいな軟弱野郎は、俺の大好物なんだよ!」
飛んでくる槍の数が格段に増した。しかし、流石のアルクトスでも全てに隠密をかけることは難しいらしい。空中を走る黄色い閃光が豪の目にも映る。
「量だけ増やせば当たるとでも思ったかよ。それで隠密解いてちゃ世話ねぇなあ」
「いや、そんなに君を侮ってはいない。ちょっとした仕込みがあるんだ」
「くだらねぇ。その口、今から叩き潰し――ッ?!」
鋭さと熱さがない交ぜになった、しかし痛みのない奇妙な感覚を肩口に感じた。
一瞬やられたかと思ったが、どうやら掠っただけらしい。すぐさまHPを確認するが、支障が出るほどのダメージは受けていない。
アルクトスは微笑むと、まるでピクニックにでも来たようなのんびりとした口調で言った。
「昼間は星が見えない。何故だと思う」
「……はあ?」
「何故だと思う」
「イカレたのか、お前」
「何故だと思う」
あまりのしつこさに、豪は渋々と言った形で応じた。
「……太陽の光が強すぎるからだよ」
「そう。そしてこれは僕と君の関係に似ている」
アルクトスの口にした意味が分からず、豪は眉間に皺を寄せる。その様子を、騎士王は穏やかに微笑みながら見ていた。
「豆小僧君、君は確かに大層強いんだろう。僕は本気で魔術を使ったのに、君はまだ立っている。驚くべきことだ。
でも……太陽を前にしては、星々もその煌きを失う。例え君が一等星だとしても、僕がいる間君は息を潜めて空気のように振舞わなければならない」
「抜かせ」
しかし、またもやアルクトスの雷槍が身体を掠った。そのほとんどを肉眼で捉え切ることができているのに、何故攻撃が当たるのか。
倒されることはないだろうが、こうした細かい削りが戦局に影響することもある。
特に……力が拮抗した者同士の闘いでは。
壁を背にしているはずなのに、アルクトスの表情に怯えはない。
次々に雷槍を降らせながら、彼は思い出したように手を叩いた。
「そうだ!さっきの話、続きがあるんだ」
「……」
「ま、返事はしなくて良いよ。そんな余裕もないだろうし。
昼間に星が見えない話、実はもう1つ意味があるんだ。今君が、何故だか僕の攻撃を避け切れなくなってきている理由なんだけど。
人間ってさ、どうしても目立つやつに目がいっちゃうじゃない。太陽は眩しすぎて見えないけど、1等星だったらそれなりにみんな注目するよね。その脇にある6等星なんて、誰も見向きもしない」
「……」
アルクトスは俯くと、陰気にふふと笑った。
「でもさ、怖いよね。そんな空気みたいなやつが、実は鞄に包丁忍ばせてたら。
不良みたいに目立つ輩なら警戒できるけど、その横にいる空気みたいなやつが突然サクッと……避けられないよね。だって、君は不良ばっかり見てるから。脇に立ってる地味なクラスメイトは見えてるはずなのに、見ようとしてないから」
「……!」
豪の頭に電球が灯る。
そうか。
アルクトスは隠密をかけられなかったのではない。
敢えてかけなかったのだ。
俺は目にみえる攻撃ばかりに目がいって、そこに紛れた不可視の刃に気づくのが遅れた。さっきまで確かに見えていたはずなのに、よりはっきり見えるようになったせいで、逆に見えなくなった。
敵ながら天晴と思ってしまう。そんな自分がおかしくて、豪は誰にも気づかれぬほどの小さな笑みをちらりと覗かせた。
「お前、なかなかやるな」
「何で上から目線?」
「それは……俺こそが太陽だからさ」
アルクトスの顔のパーツ1つ1つが動く様が、微細に見て取れる。少し太い眉毛、眉間に刻まれ始めた皺、驚きに見開く目元、「あ」と声を上げそうな口。
そんな細かな表情の動きが見て取れるほどに、豪はアルクトスとの距離を縮めていた。
「もうここは――俺の領域だぜ」
2つの太陽が、その拳から輝きを放った。




