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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第3章︰鳳凰騎士団編
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第14話:太陽とお星さま

 目の前にいる拳闘士の放つ紅色の輝きを反射し、騎士王の瞳は輝いている。


「とっておきを見せよう。君には」

御託(ごたく)は良い。さっさと来いよ」

「ああ……加減はしないよ」


 アルクトスは双大剣を構えると、ゆっくりとした足取りで豪へと歩み寄っていく。彼が醸し出す雰囲気とその両手に輝く(つるぎ)のコントラストが観る者に違和感を抱かせる。


 (ごう)は黄金色の拳鍔(ナックルダスター)を強く握った。


 本当にこの男、サラマンの野郎より強いのか。

 だとしたら、(チート)を出し惜しみする必要は――


 ぞわり、と髪の毛が逆立つ。アニメの演出のような派手なものではない。あるのかないのか分からないような細い毛が、束になって一斉に騒ぎ出したような落ち着かない感じ。


 アルクトスの背後の空気が揺らめく。

 見えないが、()()()()

 何故見えない。それは……隠されているからだ。

 何故隠されているのだ。それは……俺に露見しない方が都合が良いからだ。いや、例え露見したとしても、見えにくい方が都合が良いからだ。


 アルクトスは、まだ豪の(チート)の及ぶ領域(テリトリー)の外にいる。

 ここからでは、あの男には届かない。


「あ、そうそう。あの虹色ボーイ、弱かったけど良いこと言ってたな」

「虹色ボーイって丈嗣(たけつぐ)のことか」

「うん。そう。

 彼、言ってただろ。『思い込みは怖い』って」


 アルクトスの口元がにやりと吊り上がるのと、彼の背後から不可視の「何か」が放たれたのはほぼ同時だった。

 凄まじい速度で近づいてくるその「何か」からは、周囲の空気を痺れさせる禍々しい瘴気(しょうき)が放たれている気がした。


 すんでのところで身を(かわ)す。耳元を掠めた時、バチバチという弾けるような音が鼓膜を揺らした。それが地面に突き刺さった瞬間、目も(くら)むほどの閃光が辺りを包み、直後に草の燃える特徴的な臭いが豪の鼻に届いた。


「これは……魔術だな。見たとこ雷系統のδ(デルタ)1相当。しかもこんな良質な隠密(カモフラージュ)重ねながらとか、化け物じみた演算性能だ。

 それにてめぇ、その両腕に持ってるのは玩具か何かか。鳳凰騎士団の名が泣くな」


 豪の挑発にも、アルクトスは応じない。一定の距離を保ったまま、近づいてくる気配はない。


「喋ってる暇ないよ、豆小僧君」


 再びアルクトスの背後の空気が陽炎(かげろう)のように歪んだ。


「どんな色を放つのか、見せてくれ」


 空気に紛れて、命を刈り取る雷槍が迫る。威圧的な吠え声を上げながら、その牙をこの身に突き刺さんと駆けてくる。


 豪は素早く息を大きく吸うと、トーントーンとリズミカルにステップを刻み始めた。


 機動性を重視したこの軽装備では、あの槍は受け止め切れない。いや、それは今までも同じこと。


 俺に防御なんてものはない。

 ただ、恐れず前に出るのみ。


 3度目のステップと同時に豪は動いた。雷槍がもうそこまで来ていることが、微かな空気の揺らぎと音から分かる。

 一歩一歩を踏みしめながら、豪は前を向いていた。迫りくる雷の牙をすんでのところで躱しつつ、着実にアルクトスとの距離を詰める。


 不意に、アルクトスが口を開いた。


(トリック)を使わない……そうか君、魔術は苦手か。物理攻撃にはあの妙な(トリック)が使えるが、魔術は全て躱している。

 それなら、僕は近づかなければ良いだけのこと」


 そう言うと、アルクトスは尚も雷槍を放ちながらも、闘技場の端へと後退していく。


「馬鹿が。逃がさねえよ」

「近づけば近づくほど、反応速度を上げなければならないよ。ついてこれるかな」

「はっ……お前みたいな軟弱野郎は、俺の大好物なんだよ!」


 飛んでくる槍の数が格段に増した。しかし、流石のアルクトスでも全てに隠密(カモフラージュ)をかけることは難しいらしい。空中を走る黄色い閃光が豪の目にも映る。


「量だけ増やせば当たるとでも思ったかよ。それで隠密(カモフラージュ)解いてちゃ世話ねぇなあ」

「いや、そんなに君を侮ってはいない。ちょっとした仕込みがあるんだ」

「くだらねぇ。その口、今から叩き潰し――ッ?!」


 鋭さと熱さがない交ぜになった、しかし痛みのない奇妙な感覚を肩口に感じた。

 一瞬やられたかと思ったが、どうやら掠っただけらしい。すぐさまHPを確認するが、支障が出るほどのダメージは受けていない。


 アルクトスは微笑むと、まるでピクニックにでも来たようなのんびりとした口調で言った。


「昼間は星が見えない。何故だと思う」

「……はあ?」

「何故だと思う」

「イカレたのか、お前」

「何故だと思う」


 あまりのしつこさに、豪は渋々と言った形で応じた。


「……太陽の光が強すぎるからだよ」

「そう。そしてこれは僕と君の関係に似ている」


 アルクトスの口にした意味が分からず、豪は眉間に皺を寄せる。その様子を、騎士王は穏やかに微笑みながら見ていた。


「豆小僧君、君は確かに大層強いんだろう。僕は本気で魔術を使ったのに、君はまだ立っている。驚くべきことだ。

 でも……太陽を前にしては、星々もその(きらめ)きを失う。例え君が一等星だとしても、僕がいる間君は息を潜めて空気のように振舞わなければならない」

「抜かせ」


 しかし、またもやアルクトスの雷槍が身体を掠った。そのほとんどを肉眼で捉え切ることができているのに、何故攻撃が当たるのか。

 倒されることはないだろうが、こうした細かい削りが戦局に影響することもある。


 特に……力が拮抗した者同士の闘いでは。


 壁を背にしているはずなのに、アルクトスの表情に怯えはない。

 次々に雷槍を降らせながら、彼は思い出したように手を叩いた。


「そうだ!さっきの話、続きがあるんだ」

「……」

「ま、返事はしなくて良いよ。そんな余裕もないだろうし。

 昼間に星が見えない話、実はもう1つ意味があるんだ。今君が、何故だか僕の攻撃を避け切れなくなってきている理由なんだけど。

 人間ってさ、どうしても目立つやつに目がいっちゃうじゃない。太陽は眩しすぎて見えないけど、1等星だったらそれなりにみんな注目するよね。その脇にある6等星なんて、誰も見向きもしない」

「……」


 アルクトスは(うつむ)くと、陰気にふふと笑った。


「でもさ、怖いよね。そんな空気みたいなやつが、実は鞄に包丁忍ばせてたら。

 不良みたいに目立つ輩なら警戒できるけど、その横にいる空気みたいなやつが突然サクッと……避けられないよね。だって、君は不良ばっかり見てるから。脇に立ってる地味なクラスメイトは見えてるはずなのに、見ようとしてないから」

「……!」


 豪の頭に電球が灯る。

 

 そうか。

 アルクトスは隠密(カモフラージュ)をかけられなかったのではない。

 敢えて()()()()()()のだ。


 俺は目にみえる攻撃ばかりに目がいって、そこに紛れた不可視の刃に気づくのが遅れた。さっきまで確かに見えていたはずなのに、よりはっきり見えるようになったせいで、逆に()()()()()()()


 敵ながら天晴(あっぱれ)と思ってしまう。そんな自分がおかしくて、豪は誰にも気づかれぬほどの小さな笑みをちらりと覗かせた。


「お前、なかなかやるな」

「何で上から目線?」

「それは……俺こそが太陽だからさ」


 アルクトスの顔のパーツ1つ1つが動く様が、微細に見て取れる。少し太い眉毛、眉間に刻まれ始めた皺、驚きに見開く目元、「あ」と声を上げそうな口。


 そんな細かな表情の動きが見て取れるほどに、豪はアルクトスとの距離を縮めていた。


「もうここは――俺の領域(テリトリー)だぜ」


 2つの太陽が、その拳から輝きを放った。

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